第16話 ゴブリンとの戦闘

 そして、一匹のゴブリンに向けて僕は駆け出した。




 身体強化で強化された僕の脚は、ゴブリンの懐へと容易に身体を運び。

 一瞬で懐へと入られたことに目を見開いたゴブリンは、慌てた様子で得物を振り上げ、その得物を僕の脳天へと振り下ろそうとする。


 だが、ゴブリンがそうするよりも速く。

 僕は右手に握ったナイフをゴブリンの首に狙いを定めて横に振る。


 プツンと皮膚を貫く感触とヌメッとした肉を割く感触。

 それと骨に引っかかる様な、削る様な感触が右手へと伝わり。

 その独特な感触に嫌悪感を感じながらもナイフを振り抜くと、ゴブリンの首がパクリと開き、真っ赤な血をドクドクと垂れ流し始め、数瞬もしない内にゴブリンは膝から崩れ落ちることとなった。


 血だまりの中で息絶えるゴブリンの姿にチラリと視線をやると、魔物とは言え、人の形に似た生き物を殺したと言う事実に、精神的な苦痛を感じてしまう。


 だが、始めてしまったからには終わらせるしかないだろう。

 そう考えると、気持ちを切り替える為に心の中で声を上げた。


 まずは一匹!



 次の瞬間。


 右手から飛びかかってくるゴブリンをかわすと、僕はそのゴブリンの胴に蹴りをぶち込む。


 その蹴りに因ってゴブリンは口から血を吐き出したが、それを手の甲で拭うと体勢を立て直し、再度飛びかかる。


 手には錆びたナイフが握られていて、それを突き刺そうとゴブリンは右手を伸ばす。


 しかし、僕が右に避けたことでナイフは空を切ることになった。


 空を切った事によりバランスを崩したゴブリン。


 丁度、右手が伸びきっていた為に心臓のある位置ががら空きになっており。

 僕は心臓めがけて身体強化した前蹴りを思い切りぶち込むと、ゴブリンは蹴り飛ばされ、周囲に居た数体のゴブリン巻き込み、土煙りを上げ地面へと転がる。


 ゴブリンを蹴った右足には骨が砕ける感触と肉が潰れる感触が残り、先程とまた違った感触に思わず顔を顰めてしまうが、すぐに取り繕うと、蹴り飛ばされたゴブリンに視線を向ける。


 蹴り飛ばされたゴブリンは他のゴブリンを巻き込んで倒れたようだが。

 他のゴブリンが立ちあがる中、一匹だけ赤い泡を口から溢れさせ、ピクリともしないことから、恐らく絶命したのだろうと判断した。


 ニ匹目!



 さらに左手からゴブリンが迫る。

 以前メーテがやっていた様に、心臓付近に狙いを定めて紫電を放つ。

 その一瞬で心臓を焼かれたゴブリンは、口の端から黒煙を吐きだすと、そのまま地面に倒れ絶命した。


 三匹目!



 左手に意識を集中したせいで、右から迫るゴブリンに肉薄される。

 振り下ろされた剣をナイフで受け止め、鍔迫り合いのような形になるが、まだ五匹も居るのだ。

 こいつに長い間構ってやる事は出来ない。


 ゴブリンの膝に蹴りを入れると、簡単に膝は逆方向を向き。

 立って居られないゴブリンの頭は、丁度僕の腰の高さにくる。


 僕はその頭に向かって回し蹴りを放つと、ゴブリンの上顎と下顎は別れを告げることとなった。


 四匹目!



 どうにか半分倒せた所で、一旦落ち着こうと考え、軽く深呼吸をする。


 その際、目の前の惨状と血生臭さの所為で、喉の奥に酸っぱいものを感じることになったが。

 それをどうにか我慢すると、目の前に居る四匹のゴブリンに視線を向ける。



 僕とゴブリンの間に張りつめた空気が流れる。



 しかし、その空気は一瞬。



「グギャグギャギャアアアァアアアア!」



 一匹のゴブリンの叫び声により場の空気は掻き消された。


 叫び声を上げたゴブリンは僕に向かって飛びかかると、手に持った木槌のような物を、脳天にめがけて振り下ろす。


 叫び声に驚いてしまった為に反応が遅れてしまい、避けると言う選択では無く、ナイフで受け止めると言う選択をすることになったのだが。 

 それが失敗だった。


 木槌のような重量のある物を、ナイフで受け止めてしまった結果。

 僕は木槌を支えきれずにバランスを崩してしまう。


 そんな僕の姿を見て、後ろに控えてたゴブリン達は好機と判断したのか、その瞳に凶悪な光を宿す。


 そして、凶悪な光を宿し、各々が武器を強く握り飛びかかる。



 ……筈だったのだが、それは叶わない。


 何故なら三匹のゴブリンの脚元は氷で固められており、飛びかかるどころか、動くことすらままならない状態であったからだ。



 そして、その様子を後ろから見ていたメーテとウルフ。



「見ろウルフ! あれは私がやっていたやつだぞ! ……くふふ」



「でも一匹目のは私が殺ったときと似てたわよ! ……わふふ」



 などと言い合っており、緊張感は皆無のようだ。



 そんな2人の会話は兎も角。


 バランスを崩したものの、落ち着いて対応した事で、木槌を持ったゴブリンの追撃を喰らう事も無く捌き切ると。

 木槌を振り下ろしきった、その瞬間の隙を狙いナイフを首にねじ込む。


 それで事切れたゴブリンは木槌を握ったまま、頭から地面に倒れ込んだ。


 五匹目。



 そして残り三匹。


 残りの三匹は脚元が氷で固められている為に身動きが取れないでいる。

 必死にもがいてはいるが、恐らくゴブリン達では逃れる事が出来ないだろう。


 要するに、このゴブリン達の現状はある意味無抵抗と同義であった。



 そこで考えたのが魔物とは言え、無抵抗の命を奪う事は正しいのかと言う事。


 自分達で襲撃を掛けておいて、今更こんな事を考えるなんて言うのは、偽善にしか過ぎないと言う事は理解しているのだが。

 そんな事を考え出してしまった為に殺せないでいた。



 ゴブリンを前にして手を出さない僕の姿を見て、メーテは見兼ねたのだろう、声を掛けてくる。



「どうしたアル? 止めを刺さないのか?」


「……まものだからって、ころしていいのかな? っておもったんだ」



 そう答えるとメーテは諭すように言葉を口にする。



「アル、命を大事に思うのは美徳だと思うが、魔物に関して言えば、その美徳は余計なものだ。

魔物と言う生き物の大半は、奪って、食べて、繁殖する。それくらいの知恵しかない。

もしここでアルが見逃したとしたら、他の誰かが犠牲になる可能性がある。

例えば、その剣の本当の持ち主のようにな」



 メーテが向けた視線の先には、血で錆びついた剣があり。

 その視線の意味に僕の背中に冷たいものが流れる。


 もしここで僕がゴブリン達を見逃してしまえば、剣の本当の持ち主のように、どこかの誰かが血を流す事になるかも知れない。


 ゴブリン程度なら万が一にも無いとは思うが。

 その血を流すのが、もしもメーテやウルフだったら……



 そう考えた今、この瞬間。

 僕の中で魔物の命の重さが決定づけられた。



 もう一度身動きが取れなくなったゴブリンに向き合うと。



「ごめんね」



 そう一言だけ伝えると魔法を放つ。



『すいじん』



 これは僕のオリジナル魔法『水刃』。

 前世のウォータジェットを参考に編み出した魔法だ。


 圧縮した水を凄い速さで水魔法で打ちだし、

 さらに研磨剤として石の粒子を土魔法で加えた混合魔法。


 慰めにもならないとは思うが、この魔法であれば、痛みも殆ど感じることも無いだろう。

 そう思い『水刃』を放つ。


 そして、次の瞬間。

 ゴブリン三匹の首はゴロンと地面に転がることになった。


 ……八匹目。






 こうして初めての魔物討伐は無事、誰も怪我をする事も無く終える事が出来た。


 想像以上に戦えた自分には驚いたが。

 正直に言えば、肉を斬る感触や、骨を砕く感触、それに血の臭い。

 そう言ったものの方が強く印象に残り。

 ゴブリン達を討伐出来たと言う達成感よりは、こう言った感触に慣れるようになる時が来るのかな?

 そんな不安の方が大きく、素直に喜ぶことが出来なかった。


 しかし、魔物が居る事によって、誰かが泣く事になるのなら。

 慣れていかなければ行けないんだろうな……


 そんなことをぼんやりと考えていると。



「アル! 今の魔法どうやったんだ? なぁ? どうやったんだ?」



 メーテに捕まった。



「えっと、みずまほうとつちまほう――」



 そこまで伝えた所で。



「そうか! 土魔法か!

さっきの感じだとこんな感じか? いや、こんな感じか!?」



 そう言いながら何度か試し打ちした後。



「そうか! これだな! この感じだな!」



 岩肌に向かい『水刃』を放つと、一直線に亀裂が入った。



「おお〜これは凄い威力だな。

アルの発想は凄いな! 教えてくれて感謝だ!」



 メーテは魔法の威力に満足したのだろう。嬉しそうな表情を浮かべる。


 実際、水魔法と土魔法しか言ってないのに、何度か練習しただけで使えるようになるメーテさんの方が凄いです。


 そうも思ったのだが。

 僕自身何度も練習して漸く使えるようになったので、悔しいからその言葉は口にしないでおいた。




 その後、皆でゴブリンの魔石を回収をし。

 残された死体に火を着けて、燃え尽き、鎮火するのを見届けると、帰宅することになった。


 そして、その帰り道。



「さっきは魔法に夢中になって言いそびれてしまったが、アル、良く頑張ったな」


「アル、中々格好良かったわよ」



 2人はそう言うと、僕の頭をクシャクシャと撫でる。


 先程は色々考えて素直に喜べなかったが。

 そんな二人の言葉と姿を見て、今更ながらに達成感を感じると、そのことを素直に喜び、僕は頬を緩ませる。



 こうして、僕の初めての課外授業は幕を下ろすのであった。

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