第15話 課外授業

 魔物討伐の課外授業をすると言う衝撃の発言から数日。

 僕達は森の中に居た。



 出発前に「いくの? ほんとにいくの?」と、若干の駄々を捏ねてみたのだが。



「いくぞ?」


「いくわよ?」



 二人はそんな一言でバッサリと切って見せた。


 そんな訳で僕は2人に連れられ、森の中を散策中だと言う訳だ。


 何故森を散策しているかと言うと、言うまでもなく、魔物と遭遇する為。


 正直、目的が魔物でさえなければこの散策は楽しいものだと思う。


 今日は天気が良い為、木々の隙間からは陽が差し込み。

 そよ風が木々の香りを運び、木々のざわめきと共に小鳥達が音色を奏でている。

 メーテの手にはバスケットが握られており、その中には、昼食用のサンドイッチやフルーツに飲み物なんかが入っていた。


 本当、魔物を狩ることが目的でなければ、ちょっとしたピクニックと言う感じなだけに残念としか言い様が無い。


 そんな事を考えながら歩いていると、前方の草むらがガサガサと揺れた。


 魔物か!?

 そう思い、腰に提げてあるナイフに手を添え、いつでもナイフを抜けるようにして警戒する。


 数秒の沈黙の後。

 その草むらから飛び出してきたのは一羽の兎だった。


 耳がぴょこんと揺らし、鼻をヒクヒクさせる仕草が愛らしく。

 その愛らしに思わず頬を緩めるてしまい、穏やかな気分にさせられたのだが……



「あら、おいしそうな兎」


「うむ、実においしそうな兎だな」



 そう言ったメーテが紫電を放つと、うさぎは「キュッ」と言う鳴き声を上げ動かなくなった。


 そして、ウルフがそのうさぎをひょいと掴みあげると、背負っていたバックパックに投げ入れる。


 そんな様子を見て、穏やかな気分は霧散すると、それと同時に弱肉強食の世の中は無情である。

 そう実感させられた。






 そんな出来事はあったものの、いまだ魔物は姿を現さない。


 途中キノコや木の実などを見掛けては、それを拾ったりしながら歩いているので、本当にピクニックをしに来たのではないか?と勘違いしそうになってしまう。


 そして、魔物に遭遇することもないまま時間は経過し、太陽が真上に昇ったと言う事もあって川辺で昼食を取る事になった。



 川辺の大きな石に腰掛けながら3人並んでサンドイッチを食べる。


 ふと水面を覗けば、淡水魚がスイスイと泳いでいる姿が見え。

 サンドイッチをもぐもぐと咀嚼しながら、なんとなしに淡水魚の姿を目で追いかける。


 そうして淡水魚の姿を目で追いかけ。

 視界から外れるとまた違う淡水魚を目で追いかけ始める。


 そんな事をしていると、ウルフがサンドイッチで頬を膨らませながら。



「たまにはこう言う食事も良いけどやっぱりお肉が一番ね」



 そんな事を言い、メーテはウルフの発言に対して苦言を呈する。



「ウルフはもっと野菜も食べた方が良い」



 だが、メーテの苦言を受けてウルフはフンッと鼻で笑うと、



「メーテはお肉食べないから胸小さいのよ」



 何故かメーテを煽る様な事を言う。



「はぁ? な、何を言ってるんだか! まったく意味が分からんな!」



 メーテは知らぬ存ぜぬを貫き通そうとしているが、明らかに動揺した様子を見せており、そんな様子を見て、やっぱり女性は気にするものなのかな~?と他人事な感想を浮かべる。


 そんな呑気な会話を聞きながら、再び水面に視線を向けると。


 ぴょんと魚が跳ねるのが見えた。




 うん。

 もうそろそろピクニックと断言してしまって良いんではないだろうか?



 そうして、ほのぼのとした食事の時間も終わり、後片付けを終えた所で。



「さてゴブリンを狩りに行くとするか」



 どうやらピクニックで終わってくれないようだ……




 それから暫く歩くと、岩肌にぽっかりと口を開けた、薄気味悪い洞窟への前へと辿り着く。


 洞窟からはヒューと言う、風が通り抜ける音が聞こえ、薄気味悪さに拍車をかけていた。


 背の低い木々の隙間から、そんな洞窟の姿を眺めていると。



「確か、ゴブリン達はここを塒にしていた筈なんだが……

姿が見えないな……奥に引っ込んでいるのか?」



 メーテはそう言うと、何を思ったのか洞窟の入り口付近めがけて、火属性魔法の『爆炎』を炸裂させた。


 突然の行動に、何を考えているんだと思い、抗議の言葉を口にしようとしたのだが。


 「ドン!」と言う爆破による重低音が胃に響き。

 その衝撃によって、出かかった言葉は喉の奥へと落ちていくことになった。



 そして、爆発音が響くと共に洞窟の奥の方が騒がしくなり。

「キーキー」「ギーギ―」と言う声が洞窟の反響音と共に耳に届き始める。


 それは、不快感を刺激する声であったが。

 僕はこの声を今までに合計で3度聞いた経験があり、その経験から声の主を察することが出来た。


 この声は、紛れも無くゴブリンの物である。

 そう確信すると同時に、爆炎による煙の中から一匹のゴブリンが飛び出した。


 いや、一匹だけでは無い。

 ニ匹、いや三匹と爆炎の中から次々とゴブリンが飛び出し、それに続くように更に複数のゴブリンが飛び出してくる。


 最終的に僕の目に映るゴブリンの数は合計で八匹にもなり。

 そんなゴブリンの集団が並ぶと、初めてオークやゴブリンを見た時の恐怖を思い出してしまい、思わず一歩後ずさんでしまった。


 そんな僕の心境を知ってか知らずか、メーテは僕の肩をぽんと叩き。



「それではアル、一人でやってみようか?」



 その発言に呆然を通り越し、苦笑いを浮かべてしまう。


 僕の想像していた魔物討伐と言うのは、二人がある程度ゴブリンを狩ってもらった状態で、精々一匹やニ匹と言ったゴブリンの相手をするものだとばかり思っていた。


 だが、メーテの口振りからすれば、八匹全部相手にしろと言っているように聞こえる。


 いや、流石に嘘でしょ?

 と思い、メーテに視線を向けて見れば、実に真剣な表情をしており、どうやら伊達や酔狂で言っている訳ではない事が分かる。


 それでも一縷の望みに掛け、恐る恐るといった様子でメーテに尋ねて見る。



「いっぴきだけでいいんだよね?」



 そう尋ねたのだが、メーテから返ってきた言葉は……



「違うぞ全部だ。合計で八匹だな」



 中々に絶望を感じさせる言葉で、一瞬頭がクラっとするのが分かった。


 そして。



「アル! 頑張ってね!」



 ウルフは追い打ちを掛けるようにそう言うと、パチリとウィンクなどを送ってくる。


 どうやら、僕に逃げ場はないようだ……




 僕は説得を諦めると、どうにか前向きに考えるように努力し、恐怖を抑えて一歩踏み出そうとするのだが、思うように脚が前に出ない。


 どうしても思い出してしまう。

 初めて魔物と会った時の恐怖と言う感情を。

 醜悪な魔物の集団に恐怖する事しか出来ず、ただ震える事しか出来なかった自分の無力さを。



 しかし、そこまで考えた時に同時に思い出す。


 確かに魔物は怖かった。

 でも、それ以上に力になれない事が辛かったと言う事を。


 そう思い至った瞬間。

 僕は自分の頬を両手でパシンと叩くと気持ちを切り替える。


 思い出す。何のために強くなろうと決意したのかを。


 そして、自分を鼓舞するように声を張る。



「ふたりをまもれるくらいつよくなるんだ!」



 そう言って一歩脚を踏み出す。



「ききき、聞いたかウルフ!? アルが私達を守るって!

くふっくふふふふ」



「ワォーーーーーーーーーーン!」



 背後では今だかつてないほど盛り上がっていたが。

 どうにかその声を聞き流し、身体強化を施すとゴブリンの前へと立つ。



 そして、一匹のゴブリンに向かい僕は駆けだした。

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