第14話 ウルフの実践授業
ウルフの実践授業が午後の授業に組み込まれてから数か月経った。
この世界にも一週間と言う概念は存在しており、前世と同じように七日間で区切られ、週末に休日があると言うのも同様で。
僕の授業もそれに当て嵌めて日程が組まれており、週末は休日として休息を取り、
それ以外の六日間でメーテの授業が行われていたのだが。
ウルフの実践授業が授業内容に組み込まれてからは、一日おきに担当の先生が変わるという仕組みを採用し、メーテの魔法授業があった翌日はウルフの実践授業と言う感じで、週の三日間を互いの先生が受け持つ形で授業は行われていた。
そして、肝心の授業内容は?と言うと。
始めにウルフが言っていた通り、僕は結構な無茶をさせられていた。
実践授業の主な内容は、基本的にウルフとの組手がメインになるのだが、実践授業と言うだけあって只の組手では無く、様々な状況を想定した上で組手をしなければいけなかった。
例えば、利き腕を怪我して使えないと言う状況。
脚を怪我して碌に動かす事が出来ないと言う状況。
重い荷物を背負いながら戦わなければいけないと言う状況。
挙句の果てには両手両足が使えないと言う状況と、その設定は多々あるが、それを再現するように、状況に合わせて身体の一部を縛りあげられ、その状態で組手をしなければならない。
流石に両手足を縛りあげられた時は組手ってなんだっけ?
と言う疑問が浮かんだが、そんな疑問にウルフは答えてくれることも無く、只ひたすら地面を転がり、ウルフの攻撃を避け続ける地獄を味わう羽目に合った。
この時点でかなり無茶な気もするのだが、それに加え。
水辺や岩場、それに森の中と言った環境でそれをやれと言われるのだから、思わず渇いた笑いの一つも漏れてしまう。
そう言った組手以外にも、素の身体能力の向上までウルフの授業に組み込まれているのだから、
無茶だと断言してしまうのも仕方の無いことだと思う。
大雑把な授業の流れとしては、まずは柔軟運動から始まり。
次にランニングとして庭の外周を4周。
恐らくだが体感で1周が1キロ程度だと思うので約4キロ。
それが終わったら筋力トレーニングをした後に、色々な場面を想定したウルフとの組手。
最後に柔軟運動をして授業が終わる。
と言う具合に授業は進められていた訳だ。
だが、これで授業が終わる訳では無かった。
初めてウルフの授業が行われた日の事。
これらの授業内容を終え、身体が悲鳴を上げた僕は地面に寝転がってたいた。
授業の過酷さを体感し、まさに満身創痍と言う感じだったのだが。
そうしていると、授業が終了したのを確認しに来たのであろうメーテが姿を見せた。
授業が始まる前に、メーテはウルフに対して「無茶をするな」と言っていたので、もしかしたら、僕の様子を見て、授業の内容を少しぐらい軽いものにしてくれるように言ってくれるかも?
なんて甘い考えが過ったのだが、メーテの口から出た言葉は信じられないものだった。
「アルお疲れ様。
じゃあ、ウルフの授業も終わった事だし、いつも通り魔力を枯渇するまで使おうか?」
悲しい事に、座学の時と打って変わり、実技系の授業の時は甘さの欠片もないようで、酷な注文をするメーテ。
流石にメーテなりの冗談だろう?とも思ったのだが。
殆ど動かない身体でメーテに視線を向けて見れば、その目は至って真剣で。
「どうした?早く始めたらどうだ?」と言った感じの視線を僕に向けていた。
そんなメーテを見た僕は半ばヤケクソ気味に中級魔法を連発すると、無理やり魔力枯渇状態にし、
倦怠感と身体の疲労によって文字通り指一本動かせない状態になると。
そこから動けるようになるまで魔素に干渉し続け、漸く身体が動かせるようになった所で今度こそ本当に授業終了となった。
大体ウルフの実践授業のある日はこのような一日を送っており。
それが週三日間、メーテの魔法の授業を入れると週六日間。
そんな苦行とも呼べる一週間を数か月単位で送っていた訳である。
そして、今日はウルフの実践授業の日。
この日、いつもと違っていたのは珍しくメーテが見学していたと言う事。
ウルフに任せると言った言葉に偽りは無く、ウルフの授業の時は読書などをして過ごしていたはずなのだが、今日はウルフとの組手の様子をじっくりと観察している。
そんなメーテの様子が気になりながらも、気を引き締め直すと、身体強化を施しながらウルフと打ち合う。
脚に魔力を留め、身体強化を施すと、四歳児とは思えない動きで一気にウルフの懐に飛び込み、加速の勢いそのままに、胴へと蹴りを放つ。
ウルフは「動きがまる見えよ?」と言わんばかりに紙一重の距離でかわすが。
僕の動きはここで終わりでは無く、右足を振りぬいた勢いをそのままに、遠心力を利用して左の回し蹴りを放つ。
だが。
「その動きも予想済みよ?」
ウルフはそう言うとひらりと回し蹴りをかわして見せた。
(今のは上手く言ったと思ったんだけどな……)
思った成果が得られなかった事に胸の内でそうぼやいたのだが。
しかし、良く良く見ると、ウルフの着ているシャツに、少しだけ、ほんの少しだけだが、何かが掠ったような跡が残っていた。
それを見た僕は思わず「はじめてあたった!」と声をあげる。
そう、この数カ月、ウルフに触れること以前に、衣服にさえ掠りもしなかったのだ。
自分の中での快挙に、喜びを押さえ切れないでいると。
「隙だらけよ?」
次の瞬間には投げられ、天を仰いでいた。
「服に掠っただけで喜び過ぎよ? 油断しすぎ」
ウルフはそう言って注意はするものの、その表情は柔らかく、そっと手を差し伸べると、倒れた僕を引き起こしてくれる。
ウルフと僕がそんなやり取りをしていると。
「魔力による身体強化は順調のようだな。
服とは言えウルフに掠ったのは大したものだ」
黙って様子を窺っていたメーテが称賛の言葉を口にした。
その言葉を素直に嬉しく思い、まだまだ2人は追い付いていないんだろうけど、少しは近づけたのかな?
そんな事を考え少しだけ頬を緩ませる。
「それと、ひとつ試してもらいたいんだが、
身体強化をしながら魔法を使ってみてくれないか?」
そうして頬を緩ませているとメーテに注文され、一体何の意味があるのだろう?
と疑問に思いはしたが、この場面で意味の無いことは言わないだろうと判断すると、メーテに言われた事を試してみることにした。
身体強化を施し、そして魔法を使う。
使う魔法は水の攻撃魔法の『水球』を使う事にした。
身体強化を施しながらの魔法使用は魔力の流れが引っかかるような違和感があったが、木に向かって『水球』を放つと、問題なく木に当たり、『水球』が着弾した場所は手のひら程の抉れた痕が残る。
その様子を見ていたメーテとウルフなのだが。
「くふっ……流石アル」
「ワォ―――ン!」
一人はニヤニヤし、もう一人は遠吠えを上げる。
何処にそうなる要素があったのか分からなかったので、メーテがニヤニヤし終わるのを待った後で「なにかうれしいことあったの?」と尋ねた。
「うむ、順調以上に成長している事が嬉しくてな。」
僕の質問にメーテはそう答え、言葉通り嬉しそうな表情を浮かべると説明を始めた。
「今回ウルフに任せたのは、
身体能力の向上や、身体強化を使用した実践技術の向上。
そう言った名目もあったのだが、それと同時に魔力の流れを理解する。
と言うのも一つの目的だった。
ウルフがやっていた身体の一部を使用しない組手と言うのも、魔力の流れを知る為の一環だった訳だ。
だが、正直に言ってしまえば、ただ単に身体強化を使うのであればこれらの行為は必要ない。
とまでがは言わないが、別にやらなくても良いことだ。
本来、身体強化と言うのは全身に魔力を留めると言うやり方が、一番簡単で覚えやすい方法だからな」
そこまでメーテの話を聞いて、じゃあ何で遠回りな方法をする必要があったのだろう?
そう疑問に思い尋ねてみた。
「それは身体強化と魔法の相性が良くないと言うのが理由だな。
まず身体強化を使ってしまうとその場に魔力が留まってしまう。
そうすると魔法を使う際に、その留まりの所為でスムーズな魔法の行使が出来なくなってしまう。
だから普通の魔法使いなんかは、魔法を使う際には身体強化を解いてから魔法を使う。
当然その間は身体強化が出来ていないのだから非常に脆い。
まぁ、魔法使いが後衛と言われる所以だろうな。
そして、ここからが本題だ。」
メーテはパンッと一つ手を叩くと、嬉々として説明し始める。
「そこで、身体強化と魔法を両立するにはどうすれば良いか。そう言う話になってくる。
魔力を留めなければ身体強化が使えない。
魔力を留めると魔法がうまく使えない。
じゃあどうすれば良い?
その答えが『循環する身体強化』だ。
アルには少し難しいかもしれないから掻い摘んで話すが。
要するに、魔力を循環させ、必要な場所に必要な量を流す事で、身体強化と同じ効果が得られ、身体強化も魔法もお互いに阻害し合うことなく同時に使えると言う訳だ。
そして、アルはこの数カ月。
ウルフとの実践授業の結果、魔力の流れを理解し、無意識の内に循環する身体強化を覚え。
そして、実際にソレをやってみせた。
そんな姿を見せられては、嬉しく思わないと言ったら嘘になるだろう?
なぁ? ウルフ?」
その問いかけにウルフは一つ頷くと、
「そうね。アルの予想以上の成長には、いつも驚かされるし、せんせーの立場から見て、その成長が嬉しいわ」
そう言う二人の姿は本当に嬉しそうで、釣られて僕も笑顔になってしまう。
その姿を見る事が出来ただけでも頑張った甲斐があり。
そんな二人の姿が見れるなら、これからも頑張っていけそうだ。
そんな風に思っていると……
「これで次の段階にいけるわね」
「うむ、魔物討伐の課外授業が始められるな」
その言葉で、早くも前言撤回したい気持ちに駆られるのだった。
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