第13話 身体強化

 ウルフが女性で女性がウルフで……


 どうにか状況を整理しようと混乱する頭を働かせるが、混乱が大き過ぎてどうあがいても整理できそうにない。

 自分の中でそう結論付けた時。


 玄関の扉を開き、獣耳の生えた黒髪の女性が庭へと出てくる。


 その姿は先程までと違ってしっかりと服を着ており。

 シャツにパンツスタイルと言うラフな格好であったが、裸では無い事にひとまずは胸を撫で下ろした。


 何故か胸元が挑発的に開け放たれてはいたが……


 まぁ、それでも裸であるよりは幾分マシだろう。そう自分を無理やり納得させることにした。



「前をしっかり締めろ! 私に対するあてつけか!」



 メーテには怒られていたけど。






 未だ頭の中は混乱状態であったが、幾分気持ちが落ち着いた所で獣耳の女性に声を掛けられた。



「この姿でははじめましてよね。

こんな姿だけどウルフだから今まで通り接してね」



 その言葉を聞いて「ああ、本当にウルフなんだ」そう確信したのだが。

 それと同時に今までのウルフとの接し方を思い出してしまい、羞恥で顔が真っ赤に染まる。


 それも仕方が無いだろう。

 狼姿のウルフとどのように接してきたかと言えば、一緒にお風呂入ったり、抱きついたり、背中に乗ったり、お腹に顔埋めたりと、結構なスキンシップを持って接した来たのだ。


 狼姿の時はなんともない事ではあったが、それらの行為を目の前に居るウルフと置き換えてみると……


 中々にとんでもないことやっていた事に気付いてしまい、そう言った理由で顔が真っ赤に染まってしまった訳なのだが。

 そんな風に顔を赤くしていると、ウルフはニヤニヤとした表情を僕に向ける。


 その表情に内心が見抜かれてしまったように感じてしまい、再び顔が赤くなっていくの感じてしまった僕は、授業で習った事を頭の中で反芻して、それをどうにか落ちつけようと試みてみたのだが。



「アルは何を想像してたのかしら?」



 ウルフが僕の耳元でそう囁くと、努力空しく顔を真っ赤に染め上げてしまうのだった。






 そんな僕とウルフのやり取りを見ていたメーテは、「やれやれ」と言った表情をした後に、ウルフの頭にポコンと手刀を入れ。

 それを受けたウルフは「いた~い」と言うと大袈裟に頭を抱えて見せる。



「何すんのよメーテ!」


「ウルフ、あまりアルをからかってやるな。

それに、このままだと話が進まないだろ?」


「んもぅ、ちょっとした冗談じゃない?」



 ウルフは少しだけ拗ねた様子を見せたが、どうやらメーテに従うことにしたようで、僕から離れるとテーブルへと腰を下ろす。


 メーテはそれを見届けると。



「では、改めての自己紹介も済んだようだし話を進めようか」



 場の雰囲気を切り替えるようにパンッと一つ手を打った後に話を始めた。



「さて、今回何故ウルフに人化してもらったかと言うと、その理由はアルの実践訓練の為だ。


私もそれなりには格闘術を使う事が出来るが、それでも純粋な格闘技術で言えばウルフには及ばない。

なので、そう言った格闘技術はウルフに任せたいと思ったんだが、流石に狼の姿のままでは、意志疎通もままならないし、何かと不便だと思ってな。


それならば、と考えた結果。

ウルフには人化の術を使って貰い、人の姿をした状態でアルの事を鍛えてもらおう。そう考えた訳だ」



 続けてウルフが喋る。



「そう言うこと。

人化の術は結構な魔力を消費するから少し疲れるし、正直言えば狼の姿の方が動きやすいんだけどね。


でも、アルに教えるには人の姿の方が便利だし、なによりこっちの姿だとアルとお喋り出来るから嬉しいわね」



 そう言うとウルフは笑って見せ、見慣れないその笑顔に思わずドキッとしてしまう。



「そう言う訳だ。では、どうする? 早速授業に入るか?」



 メーテの言葉に、ウルフが「ええ」とだけ返す。



「わかった。それではウルフ、後は任せたぞ」



 メーテは椅子に腰を下ろし、テーブルに置いてあった本へと手を伸ばすと、ページをめくり始める。


 そんなメーテの姿を見ながら、実践授業とやらにメーテは同行しないのかな?

 そう疑問に思い、それを訪ねようとしたのだが。



「ああ、ちなみにだが、

身体強化の実践授業はウルフに一任してあるから、私は同行しないぞ。


まぁ、私は私でやることがあるんだが、今日の所は読書でもさせて貰うことにするよ。

……ウルフ、あまり無茶はするなよ?」



 先んじて疑問に答えると、そう言えばと言ッた様子ででウルフに釘を刺す。



「あら、メーテがそれを言うの?

メーテの授業だって結構無茶な内容なんだから説得力無いわよ?」



 ウルフはメーテの言葉を受けて、肩を竦めながら皮肉ぽく言うと、メーテはバツが悪そうに苦笑いを浮かべるのだった。








「まずは、身体強化を覚えればこういうことが出来る、って言うのを見せてあげるわ」



 そう言ったウルフに案内された場所は、家がある空間の端、僕達が庭と呼んでいる場所と森の境目だった。


 そして、そんな森に目をやれば、陽の光が木々の間から差し込み、なんとも暖かな印象を与えられ、ピクニックや森林浴をしたら気持ち良いんだろうな。そう思わせた。


 しかし、その反面。

 更に森の奥に目をやれば、陽の出ている時間だと言うのに薄暗く、同じ森と言う場所だと言うのにまったく違う印象を与えられ。

 生い茂る草木やそれに絡まる蔦のシルエットがなんとなく不気味なものに感じてしまう。


 森の奥に視線を向けながら、樹海て言うのはあんな感じなのだろうか?

 そんな事を考えていると、ウルフは一本の立木の前で立ち止まり。

 そして何かを確認するように、ペタペタと何度か触る。



「これぐらいが手ごろかしらね? じゃあしっかりと見ててね?」



 ウルフ目の前には立木があり、直径で50センチ程だろうか?

 割としっかりとした印象を受ける立木で、一体何を見ればいいのだろう?

 そんな疑問を浮かべている間にも、ウルフは軽い柔軟を終わらせる。


 そして――



「ふっ!」



 ウルフは短く息を吐くと、立木に向かって腰の入った上段蹴りを放った。


 その瞬間。

 バチンともベキッとも言えない形容しがたい音が周囲に響くと共に、上段蹴りを受けた木はメキメキと音を立てて森の中へ沈んで行く。


 前世でバットを折ると言うパフォーマンスは見て驚いた記憶があるが、ソレを数倍の体積がある立木でやって見せたのだ。

 あまりの光景に開いた口が塞がらず、思わず呆けてしまう。



「流石にコレをすぐに出来るようになるとは言えないけど、身体強化を極めて行けばコレくらいのことは出来るようになるわ。

まぁ、私くらいになれば簡単なんだけどね。私くらいにな れ ば ね!」




 何故か語尾を強調し、チラチラとなんか言って欲しそうな視線を向けるウルフ。

 恐らく褒めて欲しいのだろうが、強要されているように感じてしまい、素直に褒める事に抵抗を覚えてしまう。


 だが、確かに驚いたのも凄いと思ったのも事実なので。



「うるふせんせーすごい」



 抵抗を覚えながらもそう伝えると。



「ワォーーーン!」



 黒髪の美女が吠えた。


 見た目は黒髪の美女なので、その光景になんとも言えないギャップを感じたのだが。

 それはあまり良いギャップに思えず、良い方向に働かないギャップと言うのはこう言うことなんだろうな。

 そう一人で納得していると。



「あ、あらごめんなさい。

狼の姿が長いせいか、感情が昂るとつい遠吠えがでちゃうみたい」



 ウルフは恥ずかしかったようで少し頬を染めた。


 メーテもそうだが、どうやら僕の先生達は感情表現が下手くそらしい。



 ウルフは恥ずかしさを誤魔化すように「こほん」と一つ咳払いをし話題を変える。



「魔法を主体にするのか? それとも近接を主体にするのか?

それは今後の自分と向き合って、自分にあったスタイルを見つければ良いと思うわ。


でも、魔法を選んだとしても、近接を選んだとしても、戦いの中では選択肢が多い方が良いと私は思うの。


魔法使いでありながら近接にも対応できる。剣士でありながら遠距離攻撃も出来る。

そう言う選択肢の多さが、将来のアルの為になると私は思っているわ。


だから――」




 ウルフはそこまで伝えると、肉食獣本来の鋭さをその瞳に宿す。



「メーテは無茶するなって言ったけど、無茶をしていくからよろしくね?」



 そう言ったウルフの顔には薄い笑みが張りついており。


 その笑顔をみた僕は、瞬間的にこれから行われていく実践授業は地獄なのだろう……

 そんな確信をさせられるのだった。

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