第12話 うるふせんせー 

 魔物達の襲撃から一年と数ヶ月。

 僕の異世界生活は、四年目を迎えていた。


 魔物達の襲撃があってからというもの、特に大きな事件が起きることも無く、ごくごく平穏な日常を送らせて貰っている。


 まあ実際には、オークとゴブリンが結界内へと迷い込み、敷地内に姿を見せたことが何回かあったので、まったく事件が無かったといえば嘘になるのだが……正直、僕の中ではあまり印象に残ることは無かった。 


 それよりも印象に残ったのは、メーテとウルフの対応。



「ふむ。良かったなアル? 丁度良いところに教材が届いたようだぞ?」


「わっふ!」



 魔物が現れる度にそのような言葉を口にし、実際に実技の教材――主に魔法の的として扱うのだから思わず頬を引き攣らせてしまう。

 それに加えてだ。



「流石に魔石の回収にも慣れてきたんじゃないか?

ほらアル。一人で魔石回収をやってみるんだ」


「わふわっふ!」


「は、ははは……」



 事後処理は僕の役目となっており、魔物の臓物と血にまみれながら魔石回収をしなければいけないのだから、僕の精神を擦り減らし、深く印象に残ることとなった。


 ……まあ、それはさて置き。

 大きな事件が起きることも無く、平穏な日常を送っていたからだろう。

 滞りなく魔法の授業は進められており、その甲斐もあってか、魔法に関しては随分と進展があったように思える。

 

 それもそうだろう……

 週末には休日を設けているものの、それ以外の日は朝から晩まで、魔法漬けの日々を送っていたのだ。

 進展が無い方が問題だし、進展が無ければとっくに心が折れていたに違いない。


 では、どれ程の進展があったかというと?

 まず【基本五属性】についてなのだが、基礎魔法や初級魔法と呼ばれるものは難なく扱えるようになっている。

 今は中級魔法に取り組んでいる最中なのだが、【雷属性魔法】と【水属性魔法】に限っては、何種類かの中級魔法を扱えるというのが現状だ。


 他の属性に関しては、中級魔法を扱えるようになるまでもう少し時間が掛かりそうという状況ではあるのだが……

 それでも、徐々に感覚が掴めてきたような気がするので、数カ月もあれば扱えるようになるでは?といった根拠のない自信があったりもする。


 そして、魔力の総量。

 魔力の総量に関しても、以前よりも格段に増えたという実感があった。

 

 以前であれば、初級魔法の復習をしている内に、魔力枯渇することも多かったのだが、最近では魔力枯渇することも無いので、魔力の総量に随分と余裕ができたということなのだろう。

 

 なので、魔力枯渇にも一区切りがついたかな?

 などと考えたのだが……

 


「まあ、中級魔法の数発でも放てば、問題無く魔力枯渇するだろ?

ということで【雷閃】【水槍】【雷閃】の順番で、遠慮なく放つがいい」


「あ、うん、はい……」



 どうやら区切りなどは無かったらしく、中級魔法を放つことで無理やり魔力枯渇させるのが最近の日課になりつつある。


 そのようにして魔力枯渇をさせ、魔力の総量を増やすと共に、魔素に干渉しやすい身体に作り変えている訳なのだが、魔素に干渉するという点においても、成長したという実感を憶えていた。


 メーテは以前、魔力枯渇というのは魔素への通り道――その整地や拡張作業みたいなものだと説明してくれたのだが、魔素に干渉することに慣れてきた現在であれば、確かにその表現は的確であったと納得する事が出来た。


 以前の僕であれば、魔素に干渉するまでに、曲がりくねった凸凹道を進んでいくような感覚があった。

 しかし今では、舗装された真っすぐな道を進むような感覚で魔素に干渉できるようになっており、まだその感覚は細い一本道といった感じではあるものの、これから継続していく事によって、メーテの言うところの拡張に繋がるのだろう。といった実感を憶えていた。


 まあ、全てが順調では無く、様々な失敗もあったりする訳なのだが……

 ともあれ、この一年と数ヶ月の間、平穏な日常を享受しながらも、魔法への理解を深めていく日々を送っていた訳である。


 ……そう、メーテとウルフの授業が第二段階へと移行する事も露知らずに。







「さて、今日からは【身体強化】を授業に組み込んで行こうと思う」



 本日も青空教室日和。

 切り株のテーブルを挟んだ向こうで、メーテが説明を始める。

 


「まあ、大雑把な説明をすると、【身体強化】とは魔力を留める事にある。

本来、魔力というものは体内を循環しているのが基本だ。

その循環する魔力を一カ所に留める事により、普段より優れた力を発揮することが出来る。というのが【身体強化】の大まかな原理という訳だ」


「まりょくをとどめる?」


「ああ、実際はもっと複雑ではあるんだが、今はそう覚えておけば問題無い」


 

 僕の言葉に短い答えを返すと、メーテは話を続けた。



「アルは中級魔法も扱えるようになったし、魔素への干渉も随分と上達した。

単純な身体強化くらいであれば、容易に成功させることが出来るだろう。

まあ、取り敢えずは習うより慣れろというヤツだな。

魔力の流れというものを感じ取り、足に留めるように意識してみてくれ」


「わ、わかった」



 僕はメーテに指示に従って、魔力の流れというものに意識を向ける。

 すると、魔力の流れや留めるという感覚を何となくだが理解することが出来た。



「こう……かな?」



 更に意識してみれば、魔力が足に留まっているような感覚。

 それに加え、足に掛かる自重が軽減するような感覚を憶えた。



「なんか、へんなかんじがするね?」


「うむ、どうやら成功したようだな。それが【身体強化】というヤツだ。

ではアル、試しにそこで跳んでみると良い」



 なんともいえない不思議な感覚に戸惑いながらも、利き足に力を込める。



「じゃあいくよ――って、うあっ!?」



 メーテに言われるままにその場で跳んでみたのは良いのだが、垂直で1メートル程跳び上がったことに驚いてしまい、不格好な着地をしてしまう。



「いたたっ……」


「アル、大丈夫か?

というか……確かにアルなら容易だとは言ったが……一度目で成功とはな」



 不格好な着地をしてしまった結果、尻餅をついてしまった僕。

 そんな僕に対して手を差し伸べたメーテは、若干の呆れ顔を浮かべている。



「まあ、身体強化を成功させたの喜ばしいことなんだが……

やはりそうなると、アルに必要になるのは身体強化の研鑽では無く、より実用的な使用方法――実践形式の授業が必要になるのだろうな」



 そう言うと、一転して悪戯気な笑みを浮かべたメーテ。

 勿体つけるかのように僅かな間を作る。



「――そこでだ!

今日は特別に身体強化の達人! とある先生に来て貰っている!」


「へ? せんせー?」



 その言葉を聞き、僕の胸は一気に高鳴る。

 なにせ、この異世界に生を授かってからというもの、メーテ以外の人間と話したことが無いのだ。

 嫌でも期待してしまうし、期待感から心臓の鼓動が速まっていく。



「では、先生こちらへどうぞ」



 メーテの視線を追えば、そこにあったのは家の玄関。

 玄関の扉は、まるで僕をじらすかのようにゆっくりと開き、扉の向こうでは、僕の期待を煽るかのようしてゆらりと影が動く。


 そして、扉が開かれた瞬間。

 その影は、このように告げた。





「――わっふ!」



 ……胸の高鳴りを返していただきたい。


 残酷なまでに期待を裏切られてしまった僕に対して、これでもかというくらい堂々と闊歩するウルフ。

 僕の目の前でお座りすると、胸を張り「わぉん!」と一鳴きした。


 いや……うん。

 ウルフの強さは十分理解しているし、実践形式の授業であればこれ以上に無い先生なのだろう。


 だがしかし、あのような紹介をされては、期待をしてしまうし、少々ガッカリしてしまうのも仕方が無いのではないだろうか?


 などと考え、少しだけ肩を落としていると、メーテから声が掛かる。



「どうしたアル? 府に落ちないような顔をしているようだが?」


「そ、そんなことないよ?」



 そんなことはある。

 しかし、そういうのも失礼なので、慌てて否定の言葉を口にしたのだが……



「そうよアル? そんな顔されては私も心外だわ?」



 聞き慣れない声が耳へと届く。


 僕はその声がの出どころを確かめる為に、声のした方へと視線を彷徨わせる。

 しかし、目に映るのは胸を張るようにお座りしているウルフだけであった。


『幻聴が聞こえるなんて……僕疲れてるのかな?』


 そして、そのように結論付けた瞬間だった。



「へ?」



 なんだかよく分からない淡い光に包まれるウルフ。

 僕が間の抜けた声を漏らしている間にも、その光は徐々に収束していく。

 そして、その光が収束し終えると、僕の目に映ったのは――


 頭の上でピコピコと揺れる三角耳と、腰まで伸びた艶のある黒髪。

 穏やかさと獣のような鋭さが共存している金色の瞳。

 笑顔だというのに、何処か妖艶さを感じさせる端整な顔立ち。


 更に視線を下へと落としてみれば、見事に引き締まった肢体。

 無駄な脂肪など一切ついて……いや、一か所だけ盛大に脂肪が付いている部分があるものの、それ以外は見事なまでに引き締まった肢体を持った女性。


 僕の目には、何故か裸の女性の姿が映っていた。



「え? へ?」


 

 目の前の光景が理解できず無かった僕は、又も間の抜けた声を漏らしてしまい、呆然と立ち尽くしてしまう。


 しかし、そうしていると――



「ウルフ! 何でお前は裸なんだ!? さっさと服を着てこい!」



 メーテの怒声が飛ぶ。

 その声を聞いて「ウルフ?」という疑問が頭の中に浮かぶのだが、現実に思考が追いつてこない。



「何よメーテ……私はいつも裸でしょ?」


「やかましい! 第一に人化してから出てくる予定だっただろうが!

様子がおかしいと思ったら、よりにも因ってアルの前で人化するヤツがあるか!?」


「アルも男の子だし、この方が喜ぶかと思ったんだけど……駄目だった?」


「駄目だ阿呆が! と、兎に角だ! ウルフはさっさと服を着てこい!」



 メーテに怒鳴られた女性は「もう、わかったわよ」と言いながら家へと戻って行く。


 そんな会話を聞きながら、どうにか現状を整理しようとするのだが、混乱する頭ではどう足掻いても整理することが出来ず……

 女性の後ろ姿に揺れる尻尾を眺めながら、ただただ、立ち尽くす事しか出来ずにいた。

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