第8話 授業とある夜の一幕
【基本五属性】の基礎を学んでから数日が経過した。
基礎を学んだあの日、会話から不穏な空気を漂わせていたメーテとウルフ。
そんな一人と一匹の会話を聞いた僕は、僅かに不安を覚えてしまった。
しかし、不穏な空気といっても僕がそう感じただけで、思い過ごしの可能性もある。
そのように考えた僕は、気持ちを切り替えて翌日の授業に臨むことにしたのだが……
……どうやら、僕の勘も馬鹿には出来なかったようだ。
基礎を学んだ翌日からというもの、授業は日に日に厳しさを増していった。
午前は座学、午後は実技という基本は変わらないのだが……
授業の質とでもいうのだろうか?
今までは子供を相手にしているといった雰囲気が感じられたのだが、そういった甘さが薄れてきているようだった。
それに伴い、より専門的な魔法の知識を教えられ、覚えなければいけないことが格段に増えていったのだから、授業についていくのだけで精一杯だ。
とはいえ、僕が必死になのが分かると、メーテはそれとなく授業進行を緩めてくれるし、分からない部分があれば僕が理解するまで教えてくれるので、なんだかんだいっても、結局は甘えさせて貰っているのだろう。
では、そんなメーテが行う授業の何が厳しいのかというと……
それは午後の実技だ。
最初の内はただ楽しかった。
それはそうだろう。憧れともいえる魔法を使用することができるのだ。
楽しくないといえば嘘になってしまう。
だがしかし……
「もう一回だ」
「はい!」
「もう一回だ」
「は、はい!」
「もう一回だ」
「ま、まだやるの?」
「やるぞ? アルがぶっ倒れるまでな」
延々と魔法を使用することを強制され、体内の魔力が枯渇して倒れるまで魔法を使用し続けなければならないとなると話が違ってくる。
では何故、このような事をする必要があるのかというと――メーテ曰く。
「前にも話したとは思うが、魔法使いの格というヤツは、如何に魔素に干渉出来るかで決まってくる。
では、どのようなことをすれば魔素に干渉出来るようになるのか?
その答えの一つが魔力を枯渇するまで使う――【魔力枯渇】を行うという事だ。
人の身体とは不思議なものでな。
魔力が枯渇すると、どうにか魔力を補おうという本能が働き、大気中の魔素を取り込もうとするんだ。
そして、それを繰り返す事で魔素というものを強く感じることが可能になり、魔素に干渉しやすい身体が出来上がる。
要するに【魔力枯渇】を行うことで魔素との道を繋ぎ、【魔力枯渇】を繰り返すことで、魔素に繋がる道を拡張し、整地していると考えてくれれば良い」
との事らしい。そのような説明に加え。
「この行為には他にも利点があり、幼少の頃から魔力を大きく消費する事によって魔力の総量の底上げも可能な訳だ。お得だろ?
それと、これは私の推測なんだが……」
そう言うと、頭頂部より少し前のあたりをそっと触ったメーテ。
「まだここが柔らかい内に魔力や魔素に触れる機会が多いと、より魔力を行使しやすい身体になると私は考えている」
そんなメーテの話を聞いて、親戚に赤ん坊が生まれた際に、頭を撫でさせて貰った事を思い出す。
確かに柔らかい個所があったような記憶があり、それと同時に母親に教えて貰った話を思い出した。
そうして思い出したのは、赤ん坊の内は、頭の骨がくっいていないという事。
どうやら、赤ん坊というのは産道を通る際に、頭が圧迫されて頭蓋が変形しないよう、骨がくっいていない状態で生まれてくるらしい。
それが歳を重ねるにつれて徐々にくっついていくようで、二歳を過ぎたあたりで完全に塞がるようだ。
そんな話を思い出したはいいものの、それがどうして魔力を行使しやすいという話に繋がるのかが理解で出来ずにいると、メーテは補足するように話を続けた。
「詳しくは分からないが、幼い内は頭蓋骨に隙間でもあるのだろう。
その隙間がある内に魔力や魔素といったものを直接脳に理解させることで、魔力を行使しやすい身体になると私は考えている訳なんだが……まあ、あくまで推測でしかないんだがな」
聞かされた話はやはり理解するのに難しい話で、何が正解なのか答えを出すことができなかった。
しかし、人間の脳というのは10%程しか使われていないという話を聞いたことがあるので、そういう類の話なのだろうと、無理やり納得させる事にした。
少し話が逸れてしまったが、そのような理由で【魔力枯渇】するまで魔法を使用する辛い毎日が続いている訳なのだが……
では何故、【魔力枯渇】が辛いかというと。
【魔力枯渇】を行う事で、身体に相当な負担が掛かってしまうからだ。
【魔力枯渇】行うと、まずは倦怠感から始まり、酷い時には頭痛や吐き気。それに眩暈といった症状が出てしまい、更に酷い場合になると身体がまったく動かせなくなるような状態まで陥ってしまう。
意識はあるのに身体がまったく動かせない上に、容赦なくそういった症状が襲ってくるのだから対処のしようが無く、初めて魔力枯渇状態になった時は、その辛さに早くも音を上げそうになってしまった程だ。
そういった症状を毎日のように味わわなければならいのだから、午後の実技が辛いというのも理解して貰えるのではないかと思う。
しかし、メーテが言っていたように、魔力が枯渇すると大気中の魔素というものを少なからず感じる事が出来たし、魔素に向けて身体を開いているような感覚も実感することが出来た。
これを繰り返す事によって、平常時でも大気中の魔素を感じられるようになるらしいのだが……
『それまでに、何度この最悪の症状を味わう事になるんだろう……?』
必要なことだと理解していても、溜息が漏れてしまうのだった。
そうして、【魔力枯渇】を繰り返す毎日な訳なのだが、肝心の魔法の方はというと――
流石に魔法を習い始めてから数日では大きな進展も無く、火力が少しだけ上がったとか、出せる水の量がコップ半分から一杯分になった程度だ。
しかし、ちょっとした発見もあった。
魔法を使用する際、僕の場合だとライターや水道などを想像する必要があったのだが、それは発現するきっかけに必要だったようで、感覚を思えてからは毎回そういった物を想像せずとも魔法が使用出来るようになったのだ。
魔法を使用する際、現代的な物を思い浮かべるのには多少なりの抵抗があったので、それをせずに済むのは地味に嬉しかったりする出来事だったりする。
……本当にちょっとした発見である。
ともあれ、【基本五属性】の基本を【魔力枯渇】するまで繰り返し、【魔力枯渇】で身体が動かせなくなったら体調が回復するまで魔素の流れを感じ取る。
そして、体調がある程度回復したらその日の授業は終了。
最近は、そのような流れで授業が進められ、辛いながらも充……実?
まあ、うん。充実した日々を送っている訳だ。
――そんな毎日を送っていた、とある日の夜のこと。
テーブルの上には出来たての料理が並べられ、僕達はいつものように三人で席を囲んでいた。
正確にはウルフはテーブルの下なのだが……それは兎も角。
テーブルの上には瑞々しいサラダにふわりとした白パン。
僕が食べやすいようにと、細かく刻まれた野菜や豚肉の入ったシチューが並べられており、シチューから立ち昇る湯気が食欲をそそる匂いを運んでいる。
そんな匂いにお腹が鳴るのを必死に我慢しながら「いただきます」と挨拶をすると、木の匙をシチューに沈め、口へと運ぶ。
その瞬間、ミルクの風味と野菜の甘味、豚肉の脂が口内に広がり、思わず顔が綻ぶ。
僕はもう一度木の匙をシチューに沈めると口へと運び、シチューの味が消える前に、白パンをちぎって口へと放り込んだ。
そうして、メーテの手料理に舌鼓を打っていると。
「魔法の授業はどうだ? 辛くは無いか?」
少し不安げにメーテが尋ねる。
「まりょくなくなるとちょっとつらいけど……
でも、まほうのじゅぎょうおもしろいよ?」
「そうか、そう言ってくれると私も嬉しいよ」
僕が答えると、安堵するかのように「ほう」と息を吐くメーテ。
優しい微笑みを僕に向けると、前髪を耳にかけ、匙ですくったシチューを唇へと運んだ。
『そんな仕草でさえ絵になるんだな~』
などと思い、思わず見惚れていると。
「ん、どうした? 私の顔に何かついてたか?」
「な、なんでもないよ!」
ふと視線が合ってしまい、慌てて視線を逸らしてしまう。
僕は、見惚れていたのを誤魔化す為、急いで食事を平らげると、空になった食器を重ねて水桶に沈め――
「ご、ごはんおいしかった! お、おふろはいってくるね!」
そう言うと、そそくさとリビングから逃げ出した。
そうして、無事にお風呂場まで逃げることに成功した僕は、浴槽に溜めてあったお湯を桶ですくうと、そのお湯を布に染み込ませ、布で身体を拭いていく。
本当ならお風呂に浸かり、ゆっくりとお湯を楽しみたいところなのだが……
僕の身長だと一人で浸かるのが難しく、仕方が無いので身体を拭くだけで済ませるようにしていた。
『たまにはゆっくりお風呂に浸かりたいな……』
などと考えていると、お風呂場の外から「わふっ」という鳴き声が耳に届く。
ウルフとは一緒にお風呂に入る機会があり、身体を洗ってあげることも多くあった。
だからだろう。
『今日も身体を洗って欲しいのかな?』
そのように考えると、ウルフをお風呂場に招き入れる為にドアを戸を開けることにした。
ことにしたのだが……
「わっふ!」
そこにウルフの姿があるのは分かる。
「さ、最近は一緒にお風呂に入って無かっただろう?
た、たまには一緒にお風呂に浸かろうと思ってな」
しかし、裸体に布を巻いたメーテの姿がある意味が分からない。
そして、そんなメーテの姿を見た僕は、思考が飛んでしまい思わず立ち尽くしてしまう。
そんな僕を他所に、嬉しそうな表情を浮かべるメーテ。
「さ、さあ、風呂に入ろうじゃないか!」
そう言うと、お風呂場に一歩足を踏み入れるのだが……
「ぼ、ぼくはもうでるね!」
僕は思考を取り戻すと同時に、脱兎の如くお風呂場から逃げ出した。
その結果、お風呂場に残されてしまって一人と一匹。
「……な、何故だ」
「わふん?」
「は、はぁ? わ、私は、アルもたまには湯船に浸かりたいだろうと思ってだな!」
「わふ、わふん?」
「ば、馬鹿言うな! ししし、下心など無いわい!」
「わふ、わふふっ」
「……ほう、ちょっ~とアルとお風呂入ってるからって調子乗ってるようだな?
良いだろう。躾けてやるから表に出ろ」
「ワフ、ワッフ!」
なにやら訳の分からないやり取りを交わしている。
そして僕はというと?
『精神的には思春期真っ盛りなので、一緒にお風呂なんて絶対無理です!』
一人と一匹の声を背中で聞きながら、胸の内でそう叫ぶ。
魔力枯渇以上に精神が削られるという、ある夜の一幕であった。
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