第7話 はじめてのじつぎ
食事を終えて、一息ついた所でメーテが口を開く。
「さて、食事も終えたことだし、そろそろ午後の実技を始めるとしようか。
最初に言っておくが、初めの内は地味な作業になると思うから覚悟しておくんだぞ? それでは実技の授業を始めるとしよう」
メーテはそう告げると、何やら色々な道具が詰まった木箱を漁りだし、その中から石と鉄の板のような物を取り出す。
これはなんなのだろう?
そう思い首を傾げていると、メーテは僕の疑問を見透かすように答えた。
「こいつは火打石だ。
まずは【火属性魔法】を覚えて貰おうと考えているのだが、【火属性魔法】を使用する為には、火を付ける感覚を身体に覚えさせる必要がある。
その感覚を覚えて貰う為に火打石が必要な訳なんだが……覚える事が出来れば、こんなことも出来るようになるぞ?」
右手の人差し指をピンと立てるメーテ。
すると、その指先にビー玉くらいの火球が灯る。
更には中指、薬指、小指、親指の順に指を立てていくメーテ。
その指先には、土、雷、水、風を思わせる球体が順に生み出されていき、その光景を見た僕は、思わず「すごい……」と声を漏らしてしまう。
「くふっ。こ、これくらい大した事ではない」
「すごい」という言葉に気を良くしたのだろうか?メーテは左手の指先にも球体を生み出していく。
両手の指先に色とりどりの球体が浮かんでいるという光景。
その光景を見た僕は、再度「おお〜」という感嘆の声を漏らし、気が付けば自然と拍手を送っていた。
「くふふっ。み、見てるんだぞアル? メーテはこんな事も出来るんだぞ?」
そう言ったメーテは、指先の球体を動かしシャッフルする。
色とりどりの球体がめまぐるしく動く様は、まるで曲芸を見せられているかのようで、楽しげな光景に目を奪われてしまう。
しかし、そうして目を奪われていると。
「わふっ!」
ウルフが強めに吠える。
「んっ……そ、そうだな今はアルに教える時間だったな」
恐らくだが、ウルフに注意をされてしまったのだろう。
メーテは一つ咳払いすると、少し照れた様子で指先の球体を消していく。
「まあ、その、なんだ?
ま、魔法を憶えればこういう事も出来るという事を伝えたかった訳だ」
「わふ?」
「だ、誰が調子に乗ってたって?
アルの視線が心地良かったのは確か……ではなく、調子に乗って披露した訳じゃないからな?」
調子に乗った訳じゃないと口にするメーテ。
しかし、そんなメーテに向けるウルフの視線は冷たい。
「な、なんだその目は? ウルフは私の事を疑ってるのか?
ほ、本当に必要だから披露しただけであってだな……」
メーテはそのような弁明するが、やはりウルフの視線は冷たい。
そして、そんなウルフの視線を受けたメーテはというと――
――そっと顔を逸らした。
……調子に乗ってしまったのだろう。
「と、兎に角だ! 魔法とは感覚、想像に大きく左右されるものだ。
まずは火打石を使って、火が着く、火を着けると言う感覚を覚えるんだ!」
メーテはウルフの視線から逃げるようにして僕に向き合うと、グイッと火打石を押しつけ、火打石の使用方法を説明し始める。
そうして火打石を手渡された僕は、説明された通りに使用し、火付けに挑戦してみるのだが、火打石という物に慣れ親しんでいない為、成功するまで随分と時間が掛かってしまった。
それでも、何度か挑戦した事により、火打石の扱い自体には慣れてきたのだが……
感覚を掴めたか?と問われれば、今一ピンと来ないというのが正直な答えで、
むしろ、火を着けるという感覚ならば、前世でのライターやマッチを思い浮かべた方がしっくりくるような気がした。
そのような事を考えていると――
「いけるのかな?」
感覚や想像に左右されるのなら前世の感覚でも問題無いように思えてしまい、そう思うと同時に、ライターを擦った時の感覚を思い浮かべてみることにした。
ガスを放出して、フリントをやすりで削り発火させる。
そんなイメージを頭に浮かべ、感覚を思い出しながら指を擦ってみる。
すると――
「あっ、できた」
どうやら僕の考えは間違いでは無かったようで、指先に火が灯る。
その火は弱々しく、すぐに消えてしまったのだが……
それでも、指先に火が灯ったのは確かで、僕にとっては初めての魔法だった。
僕は、初めて魔法を使ったいう事実に感動してしまい、口元が緩んでしまう。
この感動や喜びをメーテとウルフにも伝えたいと思い――
「めーて、うるふ。ひがでたのみた?」
視線を向けるのだが……
「ウルフ? 今のは私の見間違いか?」
「わふん?」
そこには目を丸くする一人と一匹が居た。
「……なんとも教え甲斐の無い……だが! 流石アルといったところか!」
「ワォン!」
そして、そんな言葉を口にする一人と一匹。
どうやら、予想より早く成功してしまったようで、メーテは面白くなさそうに唇を尖らせていたが、その反面、喜んでくれているようでもあった。
しかし、予想よりに早く成功してしまった事が、メーテに火を着けてしまったのだろう。
メーテは箱の中身を漁ると道具を取り出していき、僕の前に次々と感覚を掴む為の道具を並べていく。
まず用意されたのは、水がたっぷり入った桶。
これは【水属性魔法】を覚える為に用意した物のようで、桶の中に手を入れて水を回したり、掬いあげたりして感覚を掴むようだ。
他にも川に浸かったり、滝に打たれたりして、水の流れの感覚を掴むと言うやり方もあるそうなのだが、流石に危険ということで、この方法を選んだらしい。
しかし、メーテには悪いのだけど、この方法も今一ピンとこないというのが本音だった。
なので、代わりに僕が想像したのは水道の蛇口。
水が貯まっている水道の蛇口を捻る感覚をイメージすると、すんなりと水を出す事に成功した。。
ついでにホースの先をつまむイメージで水を出してみたら、簡易的な攻撃魔法を再現することもできた。
メーテの口が開いていた。
【土属性魔法】の場合は、土、泥、砂、石などが用意され、土弄りをするよう指示された。
そうして、言われるがままに土を弄りだしたのだが、土を弄っていると幼い頃に泥団子を作った事を思い出してしまう。
懐かしさを憶えながら、なんとなく泥団子作りの工程を思い描いていると――
ぽとり。
手のひらから、丸く奇麗に整えられた泥団子が落ちた。
メーテの口が開いていた。
【風属性魔法】の場合は、もはや投げやりになってしまったのだろうか?
「走って風を感じるんだ!」
まるで青春ドラマのワンシーンのような事を言いだしたメーテ。
加えて、鳥の羽根のような物を背中に装着されたのだから、意味が分からない。
一応、メーテに従って走ってみることにしたのだが……残念なことに、心地よい風を感じるだけだった。
なので、僕が思い浮かべたのは扇風機だった。
プロペラが回転し、風を送り出す感覚をイメージすると――
優しく風が流れ、メーテの前髪がふわりと揺れた。
やっぱりメーテの口は開いていた。
そして、最後は【雷属性魔法】なのだが。
「少しビリっとするが我慢するんだぞ?」
メーテが僕の手を取った瞬間。
「いたっ」
冬場のドアノブを触ってしまった時に感じる、静電気が流れた時のような刺激を受け、思わずを肩を跳ねさせてしまう。
「ちちち、違うぞ! これは感覚を覚える為で、必要だからやったんだ!
い、意地悪してる訳じゃないんだからな? 本当だぞ?」
肩を跳ねさせたのを見て、慌てふためくメーテ。
僕が「だいじょうぶだよ」と伝えると、安心するように「ほう」と息を吐いた。
それはさて置き。
どうやら【雷属性魔法】は道具を使用するのでは無く、身体に電気を流す事で感覚を掴むらしい。
それで感覚を掴めるのなら、痛みに耐えるのもやぶさかではないのだが……
出来ることなら、痛い思いするのは避けたいというのも本音だった。
それならばと考え、思い浮かべたのは小学生で習うような簡単な回路。
プラスとマイナスの導線を思い浮かべると、そこに電気を流すようなイメージをしてみる。
そして、そんな想像をすると――
パチッ。
親指と人指し指の間で、小さな光が弾けた。
――メーテは不貞腐れていた。
「確かに基礎とは言った! 基礎とはいったが……
こうも簡単に成功されては、教え甲斐が無さ過ぎる!」
「ワォン!」
どうやら、早い段階で成功してしまったのが、一人と一匹は不満のようだ。
どれくらい不満かというと、しゃがみ込んで地面に落書きを始めるぐらいには不満のようだ。
「才能のある者であれば、一日で基礎魔法を使えるようになってもおかしくは無い。
しかし、それは知識や経験という大前提があってこそだ……
才能や経験。両方備わっていたとしても、こんなにも早く成果を出すのは、万人に一人居るか居ないかだというのに……」
地面に落書きをしながらブツブツと呟くメーテ。少しだけ怖い。
ちなみに、落書きに目をやればウルフが描かれている、デフォルメされてて可愛い。
それはさて置き。
逸脱した行動は控えようと考えていた矢先、魔法という魅力の前では自重することが出来ず、全力で取り組んでしまった。
『不審に思われたりしてないかな?』
などと考え反省していると――メーテはバッと立ち上がり宣言をする。
「よし! こうなったら魔法というものをとことん教え込んでやる!
アル! 今後の授業は厳しくなるだろうから覚悟しておくように!」
ビシリと指を突きつけるメーテ。
厳しくなると伝えられた僕は、思わず頬を引き攣らせてしまう。
そして、そんな僕を尻目に、会話を弾ませる一人と一匹。
「ほうほう、それは面白い」
「わぉん」
「成程な。だが、まだ早すぎはしないか?」
「わっふ?」
「アルの飲み込みの速さを考慮すれば……ふむ、問題無いかもしれんな」
「わふっ……わふふっ」
「くふっ……くふふっ」
一人と一匹の会話を聞き、なにやら不穏な空気を感じると。
「ふたりとも……すごいわるいかおしてる……」
一抹の不安が過るのであった。
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