第3話 魔力と魔素
大小様々な木々で構成された深く広大な森。
そこには一般的な校庭くらいの均された土地がある。
その土地の中央には直径で15メートル程の大木。
その大木は中身がくりぬかれており、人が住めるような設備が詰め込まれていた。
まるでファンタジー映画に出てくるようなツリーハウス。
それがメーテとウルフの家であり、僕が暮らす家であった。
木製の扉を開き、玄関から出ると、まず目に飛び込んでくるのは木々の緑。
右手に視線を移してみれば、可愛らしい小さな泉と、ちょっとした自家菜園が出来そうな小さな畑が映る。
トマトみたいな野菜やハーブなど、他にも数種類の野菜がここには植えられているようだ。
続いて左手に視線を移せば、切り株に少し手を加えたような椅子とテーブル。
天気が良い日などは、ここで食事したり、お茶をしたりと、安らぎの空間として活用される事が多いのだが――
「さて、昨日約束したとおり、本日から魔法の授業を始めたいと思う」
どうやら、本日は授業の舞台として活用されるようだ。
「さあ、席についてくれ」
僕は、メーテに勧められるがままに切り株の椅子に腰を下ろす。
「席についたな。私の授業は厳しいから覚悟しておくんだぞ?」
脅し交じりに笑顔を向けてくるのは、銀髪に紅い瞳。吃驚するくらい端整な顔立ちの女性。
森の家の主であるメーティーことメーテ。
「ワォン!」
そして、そんなメーテの隣で吠えるのは、黒毛に金色の瞳。
大型犬を一回り大きくしたような狼のヴェルフことウルフ。
僕の拙い発音のせいで、折角の名前が種族名になってしまった少し可哀想な狼だ。
ちなみに、僕が「うるふ」と呼ぶと喜んで顔を擦りつけてくるウルフなのだが……
僕としては、その度に罪悪感を感じてしまうので、早くうまく発音できるようになって、ちゃんと名前を呼んであげたいと思う今日この頃である。
そんな事を考えていると、メーテが口を開く。
「さて、早速だが、まずは魔法とは何かという事から教えていこうと思う」
これから魔法について教えて貰うのだ。
ここはしっかり、オンとオフを切り替える必要があるだろう。
僕はそのように考えると。
「はい、めーてせんせー」
敬意を込めて、そう口にしてみる事にした。
「せんせー……くふ、これは中々……くふっ」
すると、何かがメーテの琴線に触れたのだろう。
ものっ凄くニヤニヤとした表情を浮かべているメーテ。
正直、ちょっと怖い。
そうしていると、ウルフは僕の隣に腰を下ろし、何かを訴えかけるような瞳を向けてくる。
加えて、何故か胸を張るようにしているのだが……僕には意図を汲み取ることが出来ない。
それでもどうにか意図を汲み取ろうと頭を悩ませていると、今度はメーテの隣に座り、また同じように胸を張り「ワォン」と一つ吠えるウルフ。
そんなまさか? と思いながらも――
「うるふ……せんせー?」
恐る恐るそう呼んでみると、どうやら正解だったらしく。
「ワォーーン!」
長く吠えた後、尻尾をちぎれんばかりに左右に振っていた……変な狼である。
それ以前に言葉が通じているようで、それには素直に驚かされてしまった。
「まったく、ウルフはせんせーと呼ばれたくらいで浮かれおって……くふっ」
……そう言ったメーテは、未だニヤニヤしており、説得力は皆無だった。
「さて、まず魔法とは何か? それを理解していくには、魔力と魔素というものを理解しなければならない。
まず魔力だが、これは自分の体内にあるエネルギーみたいなものだ。
魔力の容量が多ければ多いほど、魔法を使用できる回数も増えるし、使用した際の規模や威力も大きいものとなる。
次に魔素だが、魔素というのは世界のあらゆる物に存在しているといわれている。
大気中や植物、それに道端に落ちているただの石ころにさえ魔素は宿っている、言わば体外にあるエネルギーといったところだろうな」
そう言って足元の石を拾い上げたメーテ。
石を摘んだ指先が淡く光ると、一瞬にして石ころが鏃の形に形成されていった。
「魔力と魔素というものを理解し、いかに使いこなせるかによって、魔法使いとしての格が決まってくる訳だ」
「す、すごい……」
「め、めーては凄いだろ? も、もっと言ってくれて良いんだぞ? くふっ」
その光景に思わず「すごい」と口にしてしまったのだが、その所為でメーテのニヤニヤモードが暫く続くことになり、一時授業が中断することになってしまった。
その後もたっぷり数時間。
昼食をはさんだ後、日が傾くまで魔力とは?魔素とは?を教え込まれた。
メーテ先生の授業はとても分かりやすく親切で、なるべく子供でも分かるような単語を極力選んで説明してくれていたようだ。
たまに難しい言葉が出た時などは、その都度、言葉の意味を説明してくれたので、完璧に理解したという訳ではないが、魔法と言うものを大雑把に理解し始める事が出来た。
まずは魔力。
これは人の体内に存在する魔法を行使するためのエネルギー源だと思えば良いだろう。
人の体内とは言ったが、人に限らず、大概の生き物には魔力が宿っているらしい。
ただ、動物などの場合は持っているというだけで、魔力を使用することが出来ないという事なのだが、例外として極めて稀に、魔力を使用する動物なども存在するようだ。
それと、魔力は魔法として使用するよりも、身体強化に使用する方が一般的で、ちゃんとした魔法が使えるようになるには、魔法使いに教えを請うか、教育機関で学ぶ必要があり、少なくとも数年は取得に時間を費やす必要があるらしい。
その上、この世界には義務教育というものが存在しておらず、教育機関の数にも限りがある為、魔法を使用出来る人はそれほど多くはないようで、魔法に魔力を使う人よりも、身体強化に魔力を使用する人の方が割合的には多いようだ。
そして、その話を聞いた僕は、身体強化は魔法よりも劣っているような印象を受けてしまったのだが……
実際はそんな事も無く、身体強化というものは中々に奥が深いらしい。
例えば、日常生活を便利にする程度の人も居れば、身体強化を施した肉体のみで魔物を倒してしまうような人も居る。
更に極めれば、大型の魔物を相手取ってしまう人も居るというのだから驚きだ。
ちなみに、そういった熟練者の多くは、騎士や冒険者などといった職を好んで選ぶらしく、その中でも特に一流と呼ばれるような人達は仕官先に事欠くことは無いようだ。
なので、家督を継ぐことの出来ない貴族の子供や、都市での生活を夢見る農家の子供。
そんな人達が仕官先を求めて魔力による身体強化の励むらしいのだが……
実際はそこまで甘い世界ではないようで、熟練者と呼ばれるようになる前に、魔物との戦いで命を落としてしまう人や、生き残ったは良いものの、怪我で碌に動けなくなってしまう人……そういった人達が少なくないというのが現状のようだ。
少し話が逸れてしまったが……魔力というものは魔法を使用する為のエネルギー源であり、身体強化にも使用する事が出来る。
そう覚えておけば問題ないと思う。
次に魔素。
魔素は大気中や植物、土や石などの無機物、世界中の至る場所に漂っており。
干渉することによって、普通に魔法を使用するよりも、より円滑に魔法を使用することが出来るようになるらしい。
まあ、聞く話によれば、魔素に干渉するのが不得意でも、自分の魔力だけで大規模な魔法を使うような人も居るらしいのだが……
格が高いとされている殆どの魔法使いは魔素に干渉するのが上手く、特にそれを極めた人などは、精霊魔法使いと呼ばれ、ちょっとした信仰の対象になる場合もあるそうなので、魔素に干渉できて得をすることはあっても、損をすることは無さそうだ。
僕の勝手な解釈ではあるのだが、干渉出来なくても問題無いが、干渉出来た方がお得。
と言うのが魔素に対しての認識だ。
大雑把ではあるのだが、魔力と魔素についてはこんな感じだと思う。
メーテ曰く、魔力と魔素についてはまだまだ奥が深いらしく、無理やり詰め込んでも覚えきれないだろうという事で、細かい部分は、今後徐々に教えていく方針のようだ。
と言うか、ここまで教えてもらった中で、気になる単語が色々と出てきた。
まずは魔物。
想像してはいたけど、やっぱり普通に存在しているようで、僕達が住んでいる森にも多数存在しているらしい。
その内、僕も戦う事になるのかな?
なんて考えると、ワクワクする気持ちが少しだけあるのも否定はしないが、できれば戦いたくないと言うのが本音だと思う。
次に騎士と言う単語。
騎士が居るという事は、この世界は中世みたいな世界観なのだろうと勝手に予想した。
いずれ街や都市と言った場所に行く機会がるかもしれないので、予想の答え合わせをするのが今後の楽しみの一つである。
そして、冒険者という単語。
ゲームや漫画などでは、魔物討伐を生業にしている職業として描かれる事が多いのだが、あながち間違いでは無く、この世界でもそういった職業のようだ。
詳しくは聞けなかったのだが、冒険者にはランクというものが存在し、高ランクの冒険者などは、護衛依頼や、大規模な討伐の依頼。
ランクの低い冒険者は、討伐依頼に収集依頼――他にも依頼さえあれば、その限りではなく、例えば引っ越しの荷運びや、掃除の手伝いなど、依頼する側からしたら、何でも屋的な一面もあるようだ。
ざっとではあるが、今日教えて貰ったのはこんな感じの内容だった。
正直、まだまだ分からないことも多く、魔法に限らず、色々と学んでいかなければいけないことが多々あるだろう。
だが、今は勉強することが苦にならないどころか、学べることが凄く楽しい。
前世では成績が悪い方では無かったけど、勉強はいまいち好きになれなかった。
そんな僕でも、興味がある事であれば、こんなにも楽しく思えることに驚きつつ。
魔法に対して一歩踏み出した事。その事に対して頬を緩めるのであった。
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