第30話

玄関には蜂須賀がいる。

モモ役の城田犬は、蜂須賀の目を見た。


蜂須賀は黙ってALSのブルーライトで玄関を照らした。

青く浮かび上がった唾液痕から真相を察知した城田は、新聞の差し込み口に、口にくわえていたモデルガンをつっこんだ。


ラビットが、あまりとウタを交互にみやる。


「このモデルガンは、この時、破損して中のバネが外れて落ちたんだ。

 そして、翌日の午前9時頃に、工藤あまりと三船ウタによって回収される。

 そうだよね?」


言いながらラビットは移動して、リビングでおとなしくしているラブとらん丸の頭を撫でた。


「バンダイが死亡した、翌日の午後8時30分から9時の間に、この二匹の犬の

 すりかえが行われたんだ。

 さあ、それを証明するためにこのマンションの玄関の録画ビデオを確認しようか」


ラビットがパソコンに録画映像を映し出す。時刻は遺体発見日である今朝の8時30分を示している。

ウタが黒い犬を連れて玄関を出てくる。


「これは、らん丸だね」ラビットが言う。


次に8時58分、ウタが黒い犬とともに帰ってきた映像を映し出す。

この時、コンビニの買い物袋を提げたウタとともに玄関を入ってきた黒い犬は、見た目はらん丸に見えるが、じっくり観察すると、歩き方や顔の雰囲気が微妙に違う。

その場にいるラブと見比べる。同じ顔をしている。


ラビットが言う。


「こっちはラブだね」


九宰が解説を加えた。


「8時すぎちょうど工藤あまりはマンションを出て、ラブの散歩をしている。

 つまりこの時にどこか、人目につかないところで、ウタと落ち合って、らん丸と

 ラブを交換したってことだ。

 ウタがコンビの袋を提げているところから見て、コンビニかな」


ラビットが続ける。


「おそらくウタは、玄関を抜けたあと、エレベーターで上がって、5階で一度停止

 して、ラブに新聞の差し込み口から飛び出したモデルガンを回収させた。

 もちろん、差し込み口の外側を調べたら、ラブのDNAが出たよ。

 さて、これがなぜ、犬のラブじゃなければならなかったのかというと・・・」


ラビットの目が城田に注がれる。


「城田、答えろ」


九宰の言葉に、はいっと返事をして、城田は立ち上がった。


「走るスピードです。

 時速16キロの人間に対して、フラットコーデットリトリバーのラブは時速

 約33キロ。

 エレベーターからバンダイの部屋のドアの前までの往復が50mとして、5.5秒。

 人間だと往復15秒~20秒かかります。

 玄関の開錠と自分の部屋の開錠は記録されています。

 移動時間に矛盾がないギリギリの時間が5秒だったんです。

 ウタが1階から6階の自分の部屋に着くまでに時間がかかりすぎれば、

 怪しまれる。

 だから犬を使ったんです。

 さらにラブでなければならなかったのは、そんな芸ができるのは、ドッグ

 トレーナーのライセンスを持ち、モモですでにしつけに成功している、あまりに

 しかできなかったからです。

 バンダイと同じく犬を飼い始めて3カ月足らずのウタが飼っているらん丸には、

 そこまで高度な芸はしこめない。

 だから、ラブとらん丸を交換しなければならなかったんです。」


「城田君、ありがとう、ご苦労様」


そう言ってラビットは、二人の女性芸能人に向き合った。


「さて、工藤あまり、三船ウタ、何か言いたいことはあるかい?」


その言葉に、あまりがラビットの前に躍り出るように飛び出した。


「待って! 私は本当に狂言自殺のことは知らなかったの!」


語尾に「フランス革命バンザイ!」とつけても違和感がないような、悲劇のヒロインぶりだ。さすが元桂塚歌劇団出身にしてモカデリー賞女優、工藤あまり。


他のキャストをほったらかしで、あまりは続けた。


「昨日の晩、バンダイが来た時に明日、渡したいものがあるって、バンダイに

 言われたの。

 モモに取りにこさせろって。

 それで、ちょうどバンダイの上の階にラブの兄弟犬のらん丸がいるのを知ってた

 から、ウタさんに協力を頼んだだけ!

 本当なの!」


九宰がマリー・アントワネットの首切り処刑人のような声音で尋ねた。


「なぜマネージャーの佐々木と寝た?」


「バンダイに頼まれたのよ! 

 これから佐々木に邪魔されずにしたいことがあるからって。

 佐々木と寝てでも、引き留めろって言われたの。

 そうじゃなきゃ、誰がこんな佐々木みたいな短ピーそうろ・・・」


ストップ―――!!!!。

やめてあまりーーーー。

事件解決の前に、作者が捕まるから。閲覧禁止になるから。事件が迷宮入りしちゃううう。


佐々木は、ははっと気弱な声で笑った。


「大丈夫です。私、あまりさんとのことは一生の思い出にしますんで」


「今すぐ忘れて」女優は高圧的に言った。


「はい」格下マネージャーは即答した。


あまりは、強い口調で続けた。


「それに、さっきからモデルガンがどうとか言ってるけど、

 私はそもそもラブが回収したものが、何かも知らないのよ! 

 だって、さっきあなたが指摘したように、美容室に連れて行ったのは、

 ラブじゃなくて、本当はらん丸の方で。

 今、ここに呼ばれて初めて、らん丸とラブを交換後に、ラブに会ったんだもの」


「ふぅん」


ラビットが冷ややかに頷くと、その隙にウタが、


「私だって知らないわ!」


と跳び蹴りをしながらラビットの前に現れた。

ジャパンアクション学園に三か月通っているアピールだが、足が短いせいであまりサマになっていない。


「私はあまりさんに頼まれただけです!

 犬を交換して、バンダイさんの家の玄関の差し込み口から、物を回収してほしい

 って。

 モデルガンだったなんて知りませんでした!」


もともとドッグフードは、工藤あまりがバンダイにわけたものだ。

つまり、ドッグフードの弾丸を用意でできるのは、工藤あまり。

その一方で拳銃を加工できる技術があるといえるのは、ジャパンアクション学園に所属する三船ウタ。

とはいえ、刑事ドラマに出演する才色兼備の塊のようなあまりに、出来ないともかぎらない。


犯人はどちらなのか、あるいは二人による共犯も十分にあり得た。


ラビットが口を開こうとしたところで、外国人女性の声が響いた。


「You've got mail」


それはラビットの携帯電話からの響いたものだった。


携帯に設定された「メールを受信しました」という音声連絡。


「九ちゃん、見てよ」


ラビットは、メールを開くと九宰を呼び、ともにメールの内容を呼んだ。


読み終えた九宰が、手錠を取り出し、あまりとウタ、二人の女の前に立った。



「お前はもう犯人だ」



手錠を握った九宰のひとさし指が、一人の女をさしている。

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