第28話

蜂須賀が玄関で叫ぶ。


「ドッグフードに毒なんて入ってなかったですよ!」


ラビットが笑う。


「毒なんて言ってないよ、僕は」


「凶器はこれだ」


九宰が、7mm程度の球状のドッグフードを1粒、指でつまんで見せた。


「これは、バンダイの食いあさられた顔の中に落ちていたものと同じものだ。

 乱堂先生、分析結果を言ってくれ」


パソコンから乱堂の低い声が流れ出す。


「子犬用ドッグフード 『グリムリーチャム』 成分はチキン正肉、米、麦、

 脂肪・・・

 ま、ビタミンとか細かいもんは省かせてもらって、

 最後にα-シアノアクリレートだ」


「そんな毒物、あるますたっけ?」


さっきから毒じゃねぇって言ってんだろ、殺すぞ、赤間。

青すじオプション九宰が言う。


「ドッグフードは瞬間接着剤のラマンアルファの皮膜でコーティングされていた」


乱堂が感心したような声をあげる。


「普通、乾燥ドライフードにはダイジェストっつう、表面に脂肪を加水分解した

 ものが吹きつけられていてな。それに見た目がそっくりだ。

 犯人もすごいが、よく気づいたな、九ちゃんも 」


「バンダイのぐちゃぐちゃの脳の残骸の中に落ちていて、

 死後16時間が経過しているにもかかわらず、溶けていなくて球状を保っていた」


ぐちゃぐちゃというところで、九宰は楽しそうな笑みを浮かべた。


「でもいったい、これをどうやって凶器にするんです」


城田が言う。


その場にいた全員が、頷く。


「こうする」ラビットが、机の上に証拠袋のビニールを置いた。

中には、モモの吐瀉物の中から出た黒いプラスチック片が入っている。


次の瞬間、九宰がチャッと拳銃を構えた。


「殺人現場で現職刑事がいきなり発砲!」


そんなトップニュースの見出しが、座を恐怖で包む。


その凍りついた空気に九宰が言った。


「これはモデルガンだ。プラスチック片から種類を特定した」


ラビットがあとを継いだ。


「バンダイはこのモデルガンで、ドッグドライフードを鼻腔に入れるつもりだったのさ」


本日2日目のキョトーン。


「はあ? なんのために?」


あまりが心底不思議だという声で言った。


ラビットが言う。


「今回の事件で、バンダイが描いたシナリオはね、

 第1報は『ブログで予告通り、バンダイ自殺!』

 第2報は『病院に救急搬送』

 それから続報は『現場は密室。そばには愛犬がいた。自殺の方法は不明!』

 そして、最後には『バンダイの自殺事件の真相は愛犬のドッグフードで

 自殺しようとして、失敗して緊急手術だった!(笑)』

 というものだったんだ。

 これはもちろん、あとでモモをオークションで高く売るための道具立てでも

 あるんだけどね」


驚愕の真実。

まさに、自虐ギャグの呪いにとりつかれた男、バンダイ。


ラビットが続けた。


「じゃあ、今から、事件の夜を再現してみよう。

 あまりの部屋でさんざんセックスして、ゴルシィエのワインとクリアコーヒーを

 パクってきたバンダイは・・・」


そのラビットの言葉を、ふいに乱堂の声が遮った。


「そうか! 3週間の入院予定だったから、陰茎がすりむけるほど、

 バンダイはヤリまくったってわけか! 

 バカだなー。ヤリだめなんて、機能上、できないのに」


その言葉に、そのお相手である、工藤あまりは目を伏せた。


ラビットが続けた。


「持ち帰ったワインは冷蔵庫に入れて、クリアコーヒーの方は飲んだ」


「飲め」


九宰に言われて、「はい!」と

赤間が喉を鳴らしてビン入りのクリアコーヒーを飲んだ。


「うんまいっぺ!」


クリアコーヒーの物珍しさに、城田が思わず尋ねた。


「そんなにうまいのか?どんな味なんだ?」


赤間は考え込む。


「んだっぺなー。例えるなら、、、」


「例えるなら?」


城田が身を乗り出す。


「コーヒー好きのAV女優が吹いた潮みたいな味だっぺ」


スパアアアアン!!

九宰のツッコミが形のいい赤間の後頭部に炸裂した。


「コーヒーの空き瓶をリビングテーブルに置け」


赤間は素直に九宰に従う。

赤間が空き瓶をテーブルに置くと、九宰は、モデルガンにラマンアルファコーティングの弾丸を詰めると、赤間に銃口を向けて渡した。


「立ったまま、銃口を鼻の穴に突っ込め」


「はい!」


額に「バ」の文字つき赤間は、その通りにした。

それでも劣化しないイケメンぶり。恐ろしい男、赤間。


ラビットが、赤間の隣に並んだ。


「普通にモデルガンで鼻の中にドッグフードを撃ち込んだくらいじゃ、死なない。

 どこまで奥に入ったとしても、痛いだけだ。

 ま、どうせ鼻からドッグフードを出す処置をするなら、

 花粉症で粘膜を焼く手術も、ついでにしてやろうって考えるバンダイもバンダイ

 だけどね」


だが、と九宰がモデルガンの銃身を見つめて言う。


「ラマンアルファのコーティングで、ドッグフードの弾は硬度が高くなっている」


ラビットが、手に金属バネの入った袋を持って言う。


「それだけじゃないよ。

 モデルガンは、発射機構の中のバネが交換されて、発射威力が増していた」


九宰が言う。


「赤間、引き金を引け」


「ほへ?」


「引き金を引けと言ったんだ」


本日2回目の人殺しの目。


「わかるますた!」


そう叫んで赤間が引き金を引く寸前、九宰が赤間の手を抑えた。


「冗談だ」


「はうーーーっ!!」

 赤間が、口と銃口を突っ込んでいない方の鼻の穴で、息をつく。


そんな赤間を見ながら九宰は言った。


「もし撃っていたら、鼻の孔から入った弾丸が、鼻腔、脳頭蓋、眼窩を隔てる

 篩骨(しこつ)を粉砕。

 脳幹にまで達して、呼吸停止だ。くっくっくっ」


上司の皮を被ったサイコ刑事、九宰。

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