第27話

「犬は城田君に預けて、関係者はテーブルについてくれる」


ラビットにそう言われて、工藤あまり、三船ウタ、佐々木伸之(ささきのぶゆき)、江藤勢三(えとうせいぞう)がリビングのテーブルについた。

容疑者候補だ。


城田はラブとらん丸、二匹のリードを握って、リビングの隅についた。


赤間は九宰からバンダイ役をやるように命じられ、「わかるますた!」と、返事すると九宰に額にマジックペンで「バ」と大書きされた。

さきほどの爆弾製造のお仕置きだ。

(もっとも九宰にもう少しボケ力があれば「バ」ではなく、「肉」と書いただろう)


「ひゃっこいでずぅ」


と身をよじる「バ」つき赤間、それでもイケメンぶりは健在だ。


蜂須賀は、ラビットの指示で玄関に立って待機している。



テーブルには、九宰が冷蔵庫から出してきた黒いワインボトル、それにバンダイの遺書とバンダイのパソコンが載っていた。


ラビットが、容疑者4人を見渡す。

隣には九宰がついている。


「バンダイの死は間違いなく殺人だよ」


あまりの目が見開かれ、ウタの目が伏せられる。

佐々木はきょときょとと二人の女を見、江藤は赤間を物欲しそうに見つめていた。


ラビットは言った。


「真相を話すその前に、重要参考犬の名前を整理しておこう」


あまりとウタの顔がひきつる。


「『ラブ』と『らん丸』、それぞれのDNAとかかりつけの獣医のところにあった

 血液サンプルで確認したよ。

 ウタ、あんたが自分の飼い犬『らん丸』として、ここに連れてきた犬は、本当は

 あまりの飼い犬の『ラブ』。

 それから、さっき、あまりの飼い犬『ラブ』として、捜査官が美容院から連れて

 きた犬は、本当はウタの飼い犬の『らん丸』。

 そうですよね?」


DNAという証拠をつきつけられて、あまりとウタは頷く。


それを見た城田が、そうかと目をしばたいた。

ラブとらん丸、二匹の犬が入れ替わったから、あまりの部屋に2匹分の犬の気配と匂いがあったのかと。

そして、警察犬係である自分が、死ぬ前のモモや、今、こうして殺人現場という緊張とストレスが高い状況でラブとらん丸をなだめて制圧しているのと同じように、工藤あまりが、さも自分が飼い主であるかのように「らん丸」を手なづけることは、とても簡単なことだと気がついた。


「どうして、そんなことをするんだ?」


江藤の言葉に、ラビットが答える。


「それは、謎解きの途中で明かすことにしよう。しばらく待っていてください」


まるで朝のニュース番組でアナウンサーが、30分後のコーナー番組を紹介するような、ごく自然な口調だ。


ラビットは改めて、全員に向き直った。


「あらかじめ予約して、最初から決まっていた入院、

 ブログでの自殺、

 用意された遺書、

 300万まで落札価格がつりあがったモモのオークション、

 それから、あまりの部屋から持ち出したこのワイン」


ラビットはワインを手にした。


「ここまでは、バンダイの自殺に見せかけた計画事故の小道具さ」


九宰が、短い言葉で言った。


「佐々木、お前は入院のことも、狂言自殺のことも知らなかったろ?」


「はい、知りませんでした」


「その先、3週間分の仕事のスケジュールを言え」


「レギュラーの『ラブ×デブ!グルメ探偵バンダイ』は、番組編成の都合で3週間

 撮影はなしです。

 あとは、地方でトークショーやお笑いイベントへのゲスト出演、雑誌のインタ

 ビューなど小口といえば小口なものばかりです」


「ね?」


とラビットは容疑者4人を見回した。


「『自殺未遂で緊急搬送!』でニュースになることに比べたら、大した仕事

 じゃない。

 バンダイはあらかじめ、レギュラー番組の撮影がオフになる、このタイミングを

 狙っていたんだ」


あまりが、聞きたいんだけどと、口を開いた。


「バンダイが私の家からワインを持ち出したのも、計画の一部だったってどういう

 こと?

 飲み物や食べ物を勝手に持っていくのなんて、つきあっていた当時は、いつもの

 ことだったわ」


ラビットは、やれやれと首を振る。


「大物女優は名誉に鈍感だね」


「このワインだけどさ、2002年ピペ・エドシックジャン・マール・ゴルシィエ

 でしょ?」


「そうよ、それがどうしたの?」


「世界的に超有名ブランドデザイナー、マール・ゴルシィエがデザインした黒い

 シャンパンボトル。

 モカデリー国際女優賞を受賞した時に、あんたがゴルシィエから直接もらった

 ものだろ?」


「あー、そう言われれば、そうね」


「見なよ」


ラビットはワインボトルに表示された数字を指で示した。


「No.030 of 500」


「ロマン・コンティコ社とかもそうだけど、

 ブルゴーニュでもこだわりの強い醸造所じゃ製造総数とロットNo.が表記されて

 いるんだ。

 これは、生産本数500本の中の、30番目のボトルという意味さ」


あまりはイライラした声をあげた。


「それがどうかしたの?」


女優は気が短い。


「ニュースで、あんたがこれをもらったことは報道されてるし、ロットナンバーも

 記事になってる」


蜂須賀が呟く。


「そうだ、俺もニュースでその黒いボトルを見ました」


その言葉にラビットは、にやりと笑う。


「そう、あんたとモカデリー賞とこのワインボトルは、とても有名だ。

 バンダイは、これを使って、自殺未遂報道が流れた次のタイミングで、自分と

 あんたの交際報道を流すつもりだったんだ」


「呆れたわ・・・」


あまりが顔をしかめる。


江藤は慰めるつもりか「もともと、バンダイはそういうヤツだろ」と言って、

あまりの傷に容赦なく塩を塗りこんだ。


「調べてみたら、例の中古のエアコンを売りつけた知り合いの記者に、

 『モカデリー賞のハクがついたワインを一緒に飲む、工藤あまりの恋人バンダイ』

 って触れ込みで、芸能週刊誌にリークしていたよ」


あまりが言う。


「ニュースになったあと、そのワインもオークションで売るつもりだったのね」


頷いたラビットは、さらに意外な言葉を継いだ。


「そう、それだけじゃない。

 バンダイは同じことを飼い犬のモモでもやろうとした。

 だから、バンダイを殺した凶器はドッグフードなんだ」


えっ!!


ラビットと九宰以外の全員が、目を見張った。

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