第26話

飼い主と城田でなければ、見分けがつかないような、二匹の犬がバンダイの部屋にそろった。


ラビットが、さて、とその場にいる全員を見渡し、


「じゃあ、今から、事件の真相を明かそう」


朝のトップニュースを読み上げるような笑顔で言った。


その瞬間、


「ラビットさん、ちょっと待つっぺ!!」


と赤間が手をあげた。


「九宰さん!オラの推理は?聞いてくんねぇのけ?」


「ああ、そういえば、そんなこと言ってたな」


「城田さんと蜂須賀さんだけ、推理させてずりーぃっぺ」、


身もだえする赤間に、「あ?」とすごんだ後、

九宰は「5分で言え」と顎をしゃくった。



「はい、バンダイの死因は事故でず!」


え、と一斉に部屋の中の空気が冷える。

今さら、そこかよというツッコミの空気がぷんぷんする。


しかし、赤間は気にせずに続けた。


「バンダイは、『自殺未遂か!?』のニュースでワイドショーをにぎわすつもり

 ですた!

 そのために密室の謎と笑えるような話題性のあるトリックを用意したんでず!」


「ほう」


九宰の目が光る。


ラビットが、「へえー、その推理、ぜひ詳しく聞かせてよ」と笑って赤間を促した。



ラビットの言葉に、でへへと頭を掻いた赤間は、やにわに冷蔵庫に行くと一本のワインボトルを取り出した。


「これ!あまりさんちに同じものがありますた!

 クリアコーヒーと同じように、バンダイがあまりさんから盗んだものでず」


「そうなのか」


と九宰があまりに尋ねると、あまりは、頷いた。


「昔っから『ちょっと1本いいですかぁ』すら言わないで、ワインとかチーズとか

 バンダイはしょっちゅう、勝手に持ってくの。

 そのシャンペンも数カ月前に持ってかれたものよ」


「バンダイを死なせた凶器はワインボトルでず!

 そして、それを片付けたのはモモちゃんでず」


蜂須賀が、先輩心で赤間に言う。


「おい、まさか、赤間、お前、ワインボトルでバンダイが自分の頭を殴って、

 犬が冷蔵庫にしまったなんて言うんじゃないだろうな」


赤間は首を振る。


「そったらことしたら、床が血だるまっかになるっぺ」


―そんなことしたら床が血だるまになります。


「バスルームにも空のワインボトルがあって、花っこ刺さってたっぺ。」


ああ、確かに俺も見た、と蜂須賀は頷いた。


「バンダイは、このボトルに炭酸を入れて、ついでにドライアイスも入れて、

 栓をして、思っいきり振ったんだべ。」


言いながら、赤間は「よっこらす」と用意していた空のワインボトルを取り出して、そこにリビングにあったウォーターサーバーから、炭酸水を注ぎ入れた。

赤間の足元には銀色に光るステンレスボトルがある。

この中にはドライアイスが入っている。


「炭酸の濃度は一番強く設定したっぺ」


と言いながら、そのボトルに、金属製のシャンパンボトルストッパーをはめた。


「あー!それ、家からなくなったボトルストッパー」


あまりがボトルストッパーを指さす。


「バンダイんちのおがってにあったから、借りますた!」


シャンパンボトルストッパーも恋人から借りパク、バンダイ。


「このボトルストッパーは、今、炭酸が抜けないようにはめただけでず。

 事件当日、バンダイは別の手作りの栓を使いますた!

 ボトルをよーく振って、そんでも足りなきゃドライアイスもいれて、炭酸

 ボッコボッコにして、自分の顔めがけて、至近距離で開栓ポン!

 そんで顔面粉砕、即死だっぺ。

 もつろん、バンダイ自身は死ぬつもりはなく、ケガだけのつもりですた。

 それが思っていた以上に、炭酸が強くで、脳震盪を起こしたんでず」


ワインボトルを手に赤間は、さわやかに笑った。

その様子はそのまま、ワインのCMに使えそうだ。


「乱堂先生、脳震盪でも死(す)ますよね?」


赤間の言葉に、スカイプでつながっている乱堂が答える。


「そうだな。

 その方法で、脳震盪による死亡ってな、十分ありえる。

 殴打痕、刺創、切創がなかった、解剖所見とも一致する」


マジかよ、と呟いて蜂須賀が、赤間とワインボトルを見つめる。


「なっ!こんならバンダイが死んだときに立ってたことともバッチリ合うっぺ?」


赤間は、シャンパンボトルを手にニコッと笑った。

ホストに見まがう極上の笑顔。

鳴りやまないシャンパンコールが聞こえそうな会心の笑みだ。


「ボトルに残った炭酸水はどうする?」九宰が言うと


「バンダイが倒れたら床にこぼれるに決まってっぺ。

 そったら、モモちゃんのカラダが雑巾がわりだっぺ。」


「ほう、もう少し続きを聞かせろ」


「ボトルは、もちろんモモちゃんが片付けたっぺ」


犬好きの城田も感心したように頷いた。


「確かに、モモちゃんは水飲み皿があったくらいだから、バスルームへの出入りは

 自由。

 死後16時間もたてば、毛についた水分もほとんど乾いている」


「それだけじゃねっぺ。

 モモちゃんが協力すたってことが、バンダイの計画事故を裏付けるんだっぺ。

 城田さんなら、わかるますよね?」


城田は、あまりの横で大人しくしているラブを見て言った。


「バンダイは犬を飼い始めてたった3カ月のド素人。

 ワインボトルをバスルームまで運ばせるような芸当をモモに教えられるのは、

 ドッグトレーナー資格を持っている元飼い主のあまり以外にはいない」


蜂須賀がすかさず切り込む。


「板倉バンダイは計画事故。工藤あまりはそれを助けたっていうのか、お前」


「そうでず!

 あまりさんがモモちゃんをしつけて、凶器のシャンパンボトルをバスルームに

 持っていって凶器が隠せるように仕込んだっぺ。

 ウタさんも何か協力すたんだべ? 

 あまりさんの部屋に愛犬のらん丸と出入りすて」


あまりが抗議の声をあげる。


「私は、そんなことをしてないわ!本当に何があったか知らないの!」


ウタも叫ぶ。「私もよ、計画事故の手伝いなんてしてない!」


二人のよく通る声に反して、ラビットと九宰は黙って、あまりとウタを見つめている。


赤間はまるで動じず「もう続きを言っていいっぺ?」と九宰に言う。


「よし、まあそこまではいいとしよう。肝心の凶器の栓はなんだ?」


「その前に乱堂先生に確認したいことがあるます!」


ズビシ!

と赤間は、乱堂とスカイプ用にリビングのテーブルにセットされている

パソコン画面を指差した。


「おお。なんだ?」といきなり指をつきつけられた乱堂は、驚く。


「乱堂先生。

 モモちゃんの嘔吐物からは、バンダイの顔と頬の肉しか見つかってねぇっぺな?」


「そうだ。弾丸、針、毒と思われるようなものは見つかっていない」


「んなら、バンダイは、自分の肉でシャンパンボトルの栓を自作したんだっぺ。」


キョトーン。

そんな音が聞こえそうな冷ややかな静寂がバンダイの部屋を包み込んだ。


次の瞬間、蜂須賀が吼えた。


「そんなことできるわけねーだろ!」


それはツッコミの域を超えて、怒りさえ含んでいた。


「できるっぺ! 海外ドラマで、牛肉を凍らせた弾丸で射殺したのを見たことが

 あるます」


「それはドラマの話だろ!」


蜂須賀の加速したツッコミに


「そったらこと言ったら、これも小説だっぺ」と赤間。



「バッ…」作者は赤間の口にポールギャグをかませたくなる衝動を抑えた。



九宰が日本刀のような冷ややかな目で赤間に言う。


「自分の肉ってな、なんだ? バンダイはどこもケガはしていない」


「2年前に、蓄膿症で手術すてます。

 病院に聞いたら、

 そのときの蓄膿をバンダイはお持ち帰りすてますた! 


バンダイはそれを冷凍保存しておいて、今回、その蓄膿をコルク型に成型冷凍して、

肉栓を作ったんでず!」


ぅえええええええええ~。


全員が、蓄膿でできた自家製肉栓を想像して吐き気を催(もよお)した。


そのとき、完全にモブキャラと化していた佐々木が、手をあげた。


「あのー確かに、板倉は手術で取った蓄膿を持ち帰ってますけど、

 そもそも『祝 退院。 自宅で焼肉』ってコメントでブログにあげるためです。

 蓄膿は焼いて、ステーキソースをかけて、写真を撮ったあとはすぐ捨ててますよ。

 私が捨てたんで覚えてます」


「えええええええええええ!!」


赤間がのけぞる。

体が柔らかい!のけぞった頭が床につきそうな勢いだ。


佐々木がおずおずと言い添える。


「いやー、2年間も手術してとった蓄膿を冷凍庫で保存って、

 どう考えてもサイコですよ。いくら板倉でもそこまではしません」


(術後の汚い蓄膿を焼いて写真に撮って、ウケ狙いでブログにアップする時点で、十分、バンダイはサイコだよ!!)


と、その場にいた全員がそう思ったが、口にはしなかった。


しばらくして、


「終わったな、赤間」


と九宰が最後通告を赤間に告げた。


「お前は、よくやったぜ」


蜂須賀が慰めるように、赤間の肩に手を置いた。


その瞬間、赤間は


「まだ、終わってねっぺ!」


と吼えるやいなや、ボトルストッパーのはまったシャンパンボトルを手に取ると、ストッパーを外し、中にドライアイスの塊を詰め込んだ。


「んなら、ドライアイスで栓を作ったっぺ。

 顔に激突したあとは、きれいさっぱり消えてなくなっぺ…今、やってみせっぺ!」


赤間が激しくシャンパンボトルを振ろうとした瞬間、パソコンがしゃべった。


「やめろーーーーーーーー! そんなことしたら爆発するっ!」


乱堂の声だ。


「ほへ?」


一瞬手を止めた赤間に、鑑識服の上着を脱いだ蜂須賀が走り寄り、手からワインボトルを奪う。


その間に、すでにベランダまで走っていた城田が、ベランダのガラス戸を開ける。


蜂須賀は青い鑑識服をワインボトルに巻きつけて、振りかぶると、思いっきり外に向かって投げた。


ワインボトルはベランダからくるくると飛び出し、やがて空中で「パウッ」と音を立てて落ちていった。


間一髪。


床にへたりこんだ赤間が言う。


「はああああ、蜂須賀さんがピッチャーでよかったべー」


その赤間のそばに、右手に黒いワインボトルを持った九宰が、ジェイソンのような目で睨んだ。


「爆弾処理犬ってな、聞いたことあるが、現場で爆弾を製造する犬がいるとはな」


(あ?首がいいのか? 首を狙っているのか? その端正な顔を首元でスッパリ切ってほしいのかぁああん?)


雄弁にピクピクとひきつる九宰の青筋をなだめたのは、ラビットだった。


「九ちゃん、そう赤間君を怒らないであげてよ。

 笑わせてもらったし、赤間君の推理は一部、真相に近かった」


あまりのそばにいる、二匹の黒い犬「ラブ」と「らん丸」の頭を撫でると、

ラビットはリビングの全員に向き直った。


「さあ、真相の時間だ」

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