第24話

蜂須賀は言った。


「俺は、この三船ウタを容疑者に推薦します!」


容疑者って推薦するもんだっけ?

皆が疑問に思ったが、蜂須賀の気迫に押されて誰も言わなかった。


犬のリードを握って、蜂須賀の後ろにいたウタが、びっくりして抗議の声を上げる。


「ちょっとぉ!、単なる参考人用の事情聴取って言ったじゃない。」


ウタがつんと上を向いた小さな鼻を、くるりと回れ右して

「聞いてない、あたし、帰る」と言うのを、

蜂須賀が「俺のプライドがかかってんだ。行かせない」と腕をつかんだ。


蜂須賀は、たとえ直属の上司、九宰だろうと、警視総監だろうと、人から見くびられることを徹底的に嫌う。


そこに赤間が、ふんふんと鼻を鳴らして、近寄ってきたかと思うと「らん丸」という名の犬を抱きしめた。


「この犬の臭い、あまりさんのマンションにもあるますた!

 あの部屋、二匹の犬の臭いがしたすぅ」


その言葉に


え! と城田が、赤間の腕の中に抱かれるつぶらな瞳のらん丸を見つめる。


たっぷりとその愛らしさと、レアな犬に会えたという感動に腰が砕けそうになりながら、

城田は言った。


「あまりの部屋にあった2匹の犬の気配は、あまりの飼い犬のラブちゃんと、

 モモちゃんじゃないのか?」


興奮しすぎて、犬はちゃんづけで、目の前の女優は呼びすてだ。


「ちくばりーす。こん子の臭いがすたでず」


―おかしなことを言わないで下さい。この子の臭いがしたんです。


工藤あまりと三船ウタの共犯なのか―。


そんな疑惑が満ちた部屋の中で、ラビットが言った。


「ウタさん、この事情聴取を断ることはできないよ。

 もう所属事務所の許可は取ってある。

 バンダイ死亡時のアリバイも調べ済みだよ。ね、佐々木さん」


ラビットにそう言われた佐々木が、こくこくと頷く。


ウタはへえーと不敵な目で、ラビットに向かって言った。


「あなたが社長が言ってた、ラビットだったのね」


「そうだよ、改めてよろしく。とりあえず中に入ったら?

 警視庁の刑事さんが歓迎してくれるよ。

 5年前にあんたが

 『笑っていっとこ!』に出演した時みたいにね」


その言葉にウタは、アナウンサー時代のラビットと共演したときを思い出して、奇妙な気持ちになった。

あのとき、司会のブラモリさんの横で、そつなく生放送を進行させていた好青年が、整った顔立ちと如才なさはそのままに、今、この犯罪現場の空気をコントロールしていると思った。


ウタは靴を脱いで、中に入った。

そのウタにラビットが言った。


「仕事がない芸能人には同情するよ。

 半年分、真っ白なスケジュール。

 バンダイの死亡時刻は、自分の部屋にいたね」


「部屋にいたわよ、それが、どうかした?」


答えないで笑っているラビットの代わりに、蜂須賀が言った。


「それが、あんたにしかできないバンダイの殺害方法につながるんだ。」


「は? さっきから何言ってんの、あんた」


「このバンダイの部屋には、犯人が出入りした形跡がない。

 工藤あまりの部屋から戻ってきて、それからマネージャーの佐々木が入ってくる

 までの間、玄関のドアの開錠記録もない。

 バンダイを殺すには、上の階からベランダ伝いに降りて、エアコンのダクト孔

 から凶器を発射する方法しかない。

 バンダイの部屋の上に住んでいるあんたにしか、できない殺害方法だ。

 さあ、凶器はなんだ?

 ミニボーガンか?

 とにかく何か、回収可能な凶器を発射させる装置を使ったんだろ? 

 玄関にスプリングの固いバネが落ちてたぜ」


蜂須賀はバネの入った証拠袋をウタにつきつける。


「ミニボーガンなら、矢に紐をつけておけば回収できる」


ウタは笑い飛ばした。


「何を言い出すのよ。なに、そのダサいスパイ映画みたいな推理」


蜂須賀は目の前の女が、需要参考人だということを忘れて、ほとんど睨むようにして言った。


「ダサくねーよ。その拳のタコはなんだ?

 体はぽっちゃりして見えるが、さっき腕をとったとき、しっかり発達した固い

 筋肉があったぜ」


「やるじゃん、蜂須賀君」


ラビットがそう言うと、隣にいた九宰も「よく見つけたな」と短く言って頷いた。


ラビットが、続けた。


「確かに三船ウタは、新境地開拓が目的でこの2か月、スタントアクションを学ぶため、

 ジャパンアクション学園に通っているよ」


「なら、やっぱり、俺の推理通りってことですね」


そう、蜂須賀が拳を握って、うしっ!と小声で呟いてガッツポーズをしようとすると、

ラビットが言った。


「技術的にも、アリバイって点でも、ウタに犯行は可能。

 でも、実際にはまったく無理な犯行手口だよ」


その場にいた、ウタもあまりも、佐々木も江藤も、同意するように頷いた。


だが、蜂須賀にはわからない。


「何がいったい犯行を不可能にしているんです、教えてください」


九宰が言った。


「カーテンを開けて、スコープで窓の外を見ればわかる」


その瞬間、蜂須賀は理解した。

バッと窓に駆け寄るとカーテンを開けて、スコープで周辺のビル群を眺める。


よく目をこらすと、向かいのビルの一室にカーテンの隙間からカメラがこちらに向けているのが見えた。


「パパラッチか、、、」


蜂須賀は、呟いた。


九宰が言う。


「事務所が、このマンションを1棟借り上げているんだ。

 24時間、パパラッチが張り込むのは当然だ。

 ベランダ伝いに下の階に行けば、一発で写真に撮られる」



けれど、蜂須賀はさきほどの城田と同じように食い下がった。


「なら! 玄関の新聞差し込み口です!

 犬の唾液もこの玄関に集中して落ちていました。バネもここに落ちていた。

 ここからボウガンか何かで、、、」


城田が、蜂須賀の肩に手を置き、首を振った。


「新聞の差し込み口とバンダイの頭部の高さが合わない。

 遺体の絶命時の姿勢とも合致しない。

 そうですよね、乱堂先生」


城田の言葉に、それまで黙って、中の様子を見ていた乱堂が、パソコンを通して初めて声をあげた。


「そうだな。バンダイは立った姿勢で絶命して、床に倒れこんだことがわかって

 いる。

 体の角度的にも新聞の差し込み口の方を向いてはいない」

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