第21話
遅い昼食のラーメンをすすっていた乱堂は、九宰からの着信に、箸を置くと、口元をティッシュで拭(ぬぐ)うと電話に出た。
「はい、乱堂」
九宰は、常に用件しか言わない。
「先生、バンダイは死ぬ前にクリアコーヒーという海外製の透明なコーヒーを
飲んだようだ。
今、工藤あまりのマンションでブツを押収した。
すぐそっちへ届けさせる。」
「わかった。そのクリアコーヒーが届いたら、バンダイの胃から出た透明な液体と
照合してみよう」
「頼む。それと、他にもいろいろ土産がある」
土産というのは、あまりの部屋から押収した化粧品やシャンプーのビンやボトル類だ。
「これはまず、DNA検査をしてみてくれ」
「おい、まず指紋採取じゃないのか」
乱堂がそう言うと、
「指紋採取は要らない。DNA採取が最優先だ」
と返ってきた。
「髪の毛や、血液でもついているのか?」
「とにかく検査すればわかる」
九宰には、相手が年上の乱堂であっても、聞かれたことにすべて答えるような親切さはない。
「それとさっきのクリアコーヒーだが、死んだ犬の吐瀉物から検出できるかも、
やってくれ」
「クリアコーヒーってのがよくわからん。原料はなんだ」
「ちょっと待て」
九宰の声が遠ざかる。
「原料は、アラビカ豆と純水、そしてカフェインのみと書かれている」
それを聞いた乱堂は、
「コーヒーなら、死ぬ前の犬の症状にも、
犬が死ぬのに時間がかかったのにも符合するな」
「そうか、1頭あたりのコーヒーの致死量はわかるか?」
乱堂は頭の中のデータを引っ張り出す。
「1キロあたり100~200㎎が致死量。30キロのあの犬は、、、」
「おい、3リットル飲む計算になる」
「そうだな。
だが、コーヒー中毒ってのは、個体差要因も多いからな。
少量でも死ぬやつは死ぬし、重篤な症状にもなる。
バンダイの犬はコーヒーが体質に合わなかったんだろう。
現場で見た落ち着きがない様子、トイレにも粗相があったと報告されているし、
現場での激しい嘔吐といい、多臓器不全といい、コーヒーが死因で間違いない
だろう。
もちろん、ちゃんと調べてみるがな。」
「なるほど。ところで、このクリアコーヒーは製法不明なんだが大丈夫か」
「どういうことだ?」
「製造元に問い合わせたんだが、特許を取っていて、製法を明かせないらしい。
検出できるか」
乱堂はため息をついた。
「カフェインと水とアラビカ豆の成分を検出すりゃいいんだろ? やってみるさ」
「頼むな」
「ああ、じゃあ、後でな」
そう言って乱堂が電話を切ろうとすると、九宰が言った。
「なあ、乱堂先生、この電話を切ったあと、スカイプに切り替えてくれないか?
今、俺たちはバンダイのマンションにいる。こっちのモニターとつなぐ」
「ん? まだ、俺に何か用か?」
目の前のラーメンどんぶりを押しやって乱堂は言う。
「これから城田が、赤間をバンダイ役にして、事件の謎を解き明かすそうだ。
犬の学芸会を一緒に見ないか」
ニヤリと音が聞こえそうな九宰の声音だ。
「そりゃ、面白そうだな。電話を切って、食後のコーヒーでも淹(い)れるか」
「そうしてくれ」
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