第20話

あまりのマンションに入った瞬間、城田は九宰のことを忘れた。


あまりの飼っている犬のことで、頭がいっぱいになってしまったのだ。


ということはもちろんなく、中にはお目当ての犬がいなくて、がっかりする余裕もなく、マンションに入った瞬間、


「あんた、おったつに隠れて、あまりさんとキスしたべ? キスしたべ?」


とマネージャーの佐々木に迫っている赤間を見たのだ。


終わった、俺の警察官人生。。。


次回から、本作は


「警察官から野良犬に。

 転落人生、城田櫂(しろたかい)」


サブタイトルは、


「ポリスEメンのEって、無職でもEじゃんのEですか?」に変わります。


と城田が玄関に足をがっくりついたところで、


ラビットが、その腕を取った。


「城田君、悪かったね、無理やり呼んで。

 どうしても君が必要だったんだ」


ラビットに腕を取られて立ちあがる前に、城田は思った。


あれ、この部屋、2匹の犬の気配がある。


待てよ。


と再び、床にしがみつく。


目を凝らして、床に落ちていた犬の毛を、城田は数本、採取袋に入れた。




一方で、赤間の佐々木への「キスしたっぺ?」はまだ続いている。


赤間は佐々木の唇に、鼻先を鳴らして近づける。


「したっぺ?」


赤間の美貌に、佐々木が後ずさって壁に追い詰められる。


「してないですよぅ」


「さっきベロチューしたっぺ?」


「してないですってば!

 殺人の捜査中ですよ。

 あまりさんは江藤さんとずっと同じ車。

 私は自分の車でここに来たんですから、いったいいつ、するんですか」


赤間のルックスの良さは、罪だ。

はたからはモデルの高校生が、一般人をからかっているようにしか見えない。


赤間は、佐々木の唇に、ぴとっと鼻をくっつけた。


「でも臭うっぺ。あまりさんと同じ臭いがぷんぷんすっぺ」


そこに、ラビットが割り込んだ。


「佐々木さん、警視庁や車の中で、何か飲んだ?」


「飲みました。あまりさんにもらった、コーヒーを」


「それは、これだね」


ラビットはそう言って、無造作に冷蔵庫を開けた。

中から透明な液体の入った、外国製の透明なビンを取り出す。


さきほど、九宰があまりから取り上げた空き瓶と同じだ。

そして、バンダイの部屋のバスルームに球根が入れられて飾られていたガラスビンとも同じものだった。


赤間が無邪気な声で笑った。


「ラビットさん、これ透明ですよ。

 透明なコーヒーなんて」


「あるんです」


ラビットはウインクした。


「ね?あまりさん、芸能人は歯が命、ですもんね」


「そうよ、クリアコーヒーっていうの。イギリスから取り寄せてんの」


ラビットが頷いた。


「同じ飲み物を飲めば、同じ口臭になる」


そこで赤間が、もう一度、佐々木の唇にぴとと鼻をくっつけた。


「死(す)んだバンダイも飲んでますた! この臭いがすますた!」


その瞬間、九宰と城田の顔色が変わった。

あまりの方が驚いている。


「どうしたよ、いったい。

 個人輸入するのも、コーヒーを飲むのも、別に犯罪じゃないでしょ?」


城田が、ラビットが手にするビンの中で揺れる透明な液体を見つめて言った。


「コーヒーは、、、カフェインは、犬にとっては猛毒です」


「え!」


驚いたあまりが、目を見開いた。


「まさか、バンダイの部屋でモモが死んだのは、、、」

 ラビットの手の中で揺れるビンを見つめる。


「おそらくそうだろうね」


ラビットがそう言うと、あまりは、みるみるその美しい二重をつりあげた。


「バンダイがモモにこのクリアコーヒーを飲ませたのね!!!

 バンダイが帰ったあと、一本減っていたから、

 勝手に盗んでいったのはわかっていたけど」


あまりは次の瞬間、猛然と走り出し、ベッドルームに飛び込んだ。


「ちょっと、警察の人たち、来てよ!」


ヒステリックな声が響く。


「なんなのよ、もうっ、なんで、こんなことに」


髪をかきむしるような怒りの声だ。


九宰、赤間、城田、ラビット、それに佐々木と江藤が寝室に入ると、あまりは、乱れたベッドルームを指差した。


「私はバンダイを殺してない。

 一昨日、バンダイが入ったのは、この寝室だけ。

 布団でもシーツでもなんでも調べればいいわ。」


「言われなくても証拠を採取するさ」


九宰がそう言うと、あまりは、怒りを目にためたまま、言った。


「っていうか、ベッドごと今すぐ、持ってって。

 ゴミ箱の中身でも、枕でも何でも持ってけばいいわ。

 もう要らない、見たくないの。

 新しいの買うわ。」


大ヒット刑事ドラマ「ダンボウ」にレギュラー出演して、ふんだんに金を持っている女優ならではの発言である。


ちなみにあまりが出演する刑事ドラマ「ダンボウ」は、対人恐怖症のゆとり世代の刑事、段田坊入(だんだ ぼうい)が段ボールをかぶって、さまざまなコスプレすることによって、ヒーロー気分で、周りからイタイ目でみられながら、なんだかんだで事件を解決していくという内容だ。

そのコスプレのクオリティのあまりのひどさに、毎回、神(紙!?)回と言われれる。

あまりの役どころは、主人公、段田の通う小料理屋の女将、綾子(あやこ)で、いつか段田をものにしようと企んでは毎回、失敗する、和服の似合う肉食熟女だ。

段田に気に入られるため、飼い猫の「マンダム」のカラダに、ティッシュの箱を着せているのが綾子のいじましい女ごころだ。もちろん、マンダムの着せられているティッシュ箱には、マジックペンで大きく「マンダム」と書かれている。


九宰はあまりに


「その言葉に嘘はないな」


と言うなり、携帯を出した。

すかさず言う。


「工藤あまりのマンションに鑑識をよこせ」


あまりは動じない。


ラビットは「さすが、大物女優」とニッと笑うと、


「本当にこの部屋のもの、すべて押収させてもらうよ?」


と言った。


「構わないわ」


「じゃあ、赤間くん。鏡台の前の化粧品ボトル、全部、押収して」


えっ!

その言葉にあまりが「ちょっと待って」と抵抗した。


「化粧品はだめ、商売道具だもの」


しかし、ラビットは首を振った。

そして、九宰にこう言う。


「バスルームの化粧品やソープボトルも、鑑識に押収指示を出してよ」


その言葉に、城田がすぐにバスルームに走っていく。


それを見たあまりが、また驚く。


「ちょっと待ってよ!、一昨日、バンダイはシャワーは使ってないわ。

 なのに、なんで」


「何ででもさ」


ラビットと九宰が同時に答えた。


その会話を聞いていた佐々木が、おずおずと手をあげた。


「あのー、ベッドルームもバスルームも、一応、僕、使ったんですけど。」


バンダイが帰ったあと、佐々木がやってきて、あまりと寝て、シャワーを使ったんだった。

その場にいた、佐々木以外の全員が、そのことを思い出したが、

佐々木の「あのぅ、まさか、僕も容疑者なんですか?」

と言う気の弱そうな情けない顔を見て、ないないと全員が首を振った。


「ま、とりあえず、DNAを採取だ」


九宰がドSな笑みを浮かべた。


ベッドや部屋から大量に見つかるバンダイとあまりのDNA。


そこから、佐々木のDNAを除外するためだ。


「むろん、犬のDNAも取らせてもらう」


九宰の言葉に

あまりは「飼い犬とは寝てないわよ!」と抗議の声をあげたが、


九宰は「これも証拠だ」とはねつけた。


そのとき、バスルームから戻ってきた、城田が言った。

手に、例のコーヒービンを持っている。

中にはバンダイのマンションのバスルームにあったものと同じように、水が入っており、何かの植物の球根が沈んでいた。

球根からは緑の芽がにょきりと伸び、歯型らしいものがついていた。


「俺、わかったんです。事件の真相が!」


次回から本作は、


「骨の髄まで犬好きです。

 土佐犬女子に噛まれたい、チワワ女子にうるうる見つめられたい、

 フレンチブルドッグと永遠にガムを噛み噛みしたい、

 『警視庁警察犬係 城田櫂(しろたかい)!』

 に変わります。」

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