第17話

しかし、自分の所属する事務所の社長、江藤にバンダイ殺害容疑の最重要参考人に推薦されても、あまりは揺らがなかった。


「部屋が見たきゃ、好きにみればいいわ」


そう言ってキッチンに行き、冷蔵庫から瓶に入った透明な飲み物を出すと、

一息に飲んだ。


どうやら江藤にも、ラビットたちにも、水の1杯さえ飲ませる気はないらしい。


「そったら、おがってに失礼(すつれい)しまずぅ~」


そんなことを言いながら、赤間は遠慮なく、キッチンに行き、冷蔵庫を開けて中を見始めた。


「ワイン、ワイン、ハムハム、チーズチーズ、アボカドーーー!」


おがってー台所のことだ。


赤間は生ゴミ用のゴミ箱まで開け、


「アボカドの皮のゴミと一緒に、シャンパンのコルク栓があるますた!」


と九宰に報告する。

好きに見ればいい、と言った手前、家主のあまりは、二人に怒ることもできず、白けたような顔をしていた。


「バンダイの最後の晩餐の残骸だな」


そう言いながら九宰もキッチンに行き、赤間の指差すゴミ箱を覗き込んだ。

ハムのパッケージにアボカドの皮、コルク栓が確かにそこにあった。


「だが、解剖所見じゃバンダイの胃は空っぽだった。

 どういうことだ?」


九宰がぎょろりとあまりを睨む。


あまりが答える。


「オードブルとワインを出したけど、昨日は珍しくバンダイは手を付けなかった」


「バンダイは何か食ったか?」


あまりは首を振る。


「何も」


「そったら、バンダイは、あまりさんを食べただけだっぺ!」


スパアアアアン!

右手は間髪入れずに赤間の後頭部にツッコミながら、九宰は、ラビットの顔を見た。


自殺の前に、食べ物を口にしないというケースはよくあるものだ。

だがー。


ラビットの顔に、何か思いついたような不敵な笑みが浮かんでいる。



一方、九宰のツッコミをものともしない赤間はキッチンから出て、

ふんふんふんと鼻を鳴らした。


「この部屋、バンダイのマンションと同ず匂いがすます!」


その言葉に、あまりのそばにいたラビットが、へえと長いまつ毛を持ち上げた。



「全部、同ずです!」


赤間が腕をまっすぐに伸ばして、人差し指を立てて、

リビングをゆっくり360度回って見せた。


ふんふんふんと鼻息が刻まれる。


「犬の匂い、ドッグフードの匂い、それから、不思議なこどい匂い、、、」


そこまで言って、赤間はバスルームに行き、ふんふんとまた鼻を鳴らした。


「あとは、女くせぇ匂いがすます!

 石鹸、シャンプー、化粧水・・・」


「よくやったな、赤間」


九宰が、赤間の頭を撫でてやる。


実は赤間は、死にまつわる臭いをまったく嗅ぎ取ることができない。


バンダイのマンションは、バンダイの脳みそ、虫のたかり始めた体の腐臭、それに絶命時に、筋肉が弛緩(しかん)して漏らされたバンダイの排泄物の臭いが部屋中に溢れていた。


そこから、事件に関わる特殊な何かの匂いを嗅ぎ取ることは、どんなに鼻が優れた警察犬にも不可能だ。


けれど、普通の人間には、嘔吐を催すほどの強い死臭を感知しない赤間は、死以外のものを見る。

その、どう見てもモデルにしか見えない、すっと伸びた形のいい鼻で。


赤間は言った。


「もっぺんおがって、入っていっぺか?」


ーもう一度、台所に入っていいですか?である。


それは、冷蔵庫の前にいた、あまりに聞いたのではなく、九宰に聞いたのだが、


「行け!」


と九宰から命令された瞬間、


「はい!!」と気持ちよく返事して、赤間は走った。


その声もいい。


ひょっとして歌だったら、栃木弁は出ないんじゃないかと、江藤が期待するようなイケボ。


赤間があまりの持っていたビンを取り上げようとして、


「何すんのよ!」


と、あまりが赤間の胸を突き飛ばす。


赤間は涼しい顔で


「おっとばすっけ?」


―突き飛ばすんですか? である。


しかし、どちらも美男美女なだけに、はたから見るとまるでドラマのワンシーンか何かのようだ。

二人で取り合うビンが外国製でしゃれているせいもある。

とにかく昼ドラ。

美人人妻と大学生の禁断のエロドロ恋愛ドラマくさい。


そこへ白手袋をはめた九宰がやってきて


「証拠として押収させてもらう」


とビンを取り上げる。


九宰も軽く、ビンの匂いをかぐが、ハーブか何か薬でも入っているのか、まったく嗅いだことのない匂いだった。

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