第16話
あまりのマンションに到着した。
広い。
ミニ・ベルサイユ宮殿という雰囲気だ。
バンダイのマンションも、芸能人だけに豪奢なものだったが、さすが映画に出演する女優クラスになると、違うものだ。
リビングは20畳。
シャンデリアに、ウォーターサーバー(バンダイの部屋にあったものと同じものだ)に、フランスの高級クリスタルブランド「バサラ」のグラスが並ぶ食器棚。
中には犬専用の部屋まであった。
16畳のスペースで、人工の室内ドッグランまで備えている。
豪奢なものだ。
しかし、中は見事にからっぽだ。
「肝心の犬がいないじゃん」
ラビットの言葉に、短くあまりが答える。
「美容室」
女優は、こういう高圧的な物言いが似合う。
「ふーん、全身くまなく洗ったり、爪切ったり、耳掘ったりするんだね」
「そりゃ、するわよ、そのために行ってんだもの」
「殺人を犯したヤツも、体についた血とか被害者の痕跡とか、落とそうと、
こういうことするんだ。
それこそ、深爪するくらい爪切るヤツもいるよ。
ああ、もちろん朝のニュース番組に出るアナウンサーも明け方の3時半に起きて、
同じようにグルーミングするけどね」
アナウンサースマイルでラビットが言ってのける。
「そういえば!
ブラックボール向井さんも、深爪が職業病って言ってますた!」
そりゃ、AV男優だろが、といきなり叫んだ赤間の頭をはたいて、心の中でツっこんだのは、いつの間にかマンションに入ってきた九宰だった。
「九宰さん!!どうすて、ここに!」
頭をはたかれた赤間が、腹を撫でられた犬のように喜びの声を上げる。
「城田が逃げたって聞いてな。
栃木弁で無差別に人を襲う猛犬を、ラビット一人に任せるわけには
いかないからな」
その目がドライアイスで作ったように冷たい。
人殺しの目だ。
(俺の預けた犬に放置プレイかますとは、いい根性してるな、城田。殺す)
心の中でKILLKILLしている九宰を無視して、あまりが割り込んだ。
「ねえ、もう茶番は済んだ?
それよりもラビットさん、あなたさ、今、美容院に行ってるラブが、バンダイの
顔を食べたって言うの?」
あまりの飼い犬は、ラブというらしい。
「さっきからずっと気になっているんだけど、
あなた、本当に私を守ってくれる気あんの?」
「もちろん守る気あるよ。ね、江藤社長?」
部屋の隅(すみ)から赤間を物欲しそうに見ていた江藤が、
ラビットに声をかけられて頷く。
「ああ、そうだ。
あまり。万が一、お前が殺人犯だったら、このラビットさんが速やかに証拠を
見つけて、最短で自首まで必ず導いてくれるから安心しろ」
「なんなのよ!、それ」
あまりが悲鳴のような声をあげる。
江藤はきょとんとする。
「いや、だって、お前とは長い付き合いだけど、どうみても、お前、怪しいよ。
死ぬ寸前のバンダイに会ってたんだろ?
おまけにこの部屋に呼んでヤってたんだろ?
もう、バンダイとは会わないって約束したじゃんよ?
うちの顧問弁護士の前で書類にハンついたじゃんよ?
会ってんじゃん。
もう、お前、絶対、あやしいって。
で、あげく、佐々木みたいな、ボンクラマネージャーと寝たり、何それ、
ウケるわ。
お前、クスリでもヤってんじゃねぇだろうな」
「やってないわよ!もちろん殺人もやってないわよ!」
何なのよ、もう、とあまりが膨れる。
「だって、あやしいんだから仕方ないだろ。
事務所から初の殺人犯を出すにしても、なるべく被害は最小限にしたいのよ、
俺は」
「どうして、そんなにバンダイが殺されたって決めつけんのよ」
「当たり前だろ?
何しろ、『ちょっと一口、いいですかあ』の、あの意地汚くて、図々しい、
生きたチ〇カスみてえなバンダイだぞ。
絶対、自殺なんてしないって」
マネージャーの佐々木も頷く。
ひどい、言われようだ。
いったい、どれだけ、ダメ人間なんだ、食いしん坊バンダイ!?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます