第15話

人間警察犬、赤間のお守を押しつけられた城田だが、あまりのマンションに行く前からさんざんな目に遭っていた。


赤間が、あまりを迎えに来た事務所の社長、江藤勢三(えとうせいぞう)の目に留まり、芸能界にしつこくスカウトされたのだ。


もちろん赤間は「ごじゃっぺ言ってんじゃねぇっぺ~」(冗談言わないで下さい)

とまるで取り合わない。

白いスーツに、ちょびヒゲ、チョイ悪親父風の江藤は、強引な男だった。


城田は、赤間の栃木弁の通訳として、江藤につかまり、

あげくの果てに、


「二人で元警察官、イケメン栃木弁とビミョメン標準語のお笑いコンビ、

『ポリスEメン』ってコンビ名でデビューしないか!!」


と言われる始末だ。

ビミョメンって。。。

しかも、Eメンって。絶望的に売れない匂いしかしない。


もちろん、赤間の天然暴走は留まるところを知らない。

江藤やラビットに


「俺、俺、芸能関係者にずっと聞いてみたいことがあったんでず!

 前ばりのばりって、はがすときにバリっていうから、前ばりっていうんでずか?」


と聞く始末だ。

聞くなー!んなもん、ウェキぺディアで調べろーーー!

脳内絶叫は、城田のHPを確実に激減させていた。


そういうわけでパトカーに乗って、あまりにマンションに向かうところで、蜂須賀から電話が来たのは、城田にとって、忠犬ハチ公に会えたような感動があった。


「ほんと、すいません!

 俺、公務で、急遽(きゅうきょ)、

 バンダイのマンションに行かなくちゃならなくなったんで」


伝家の宝刀、「公務」。

を使って、城田は、ラビットと赤間に頭を下げた。


ラビットは、「わかった。赤間君と行ってくるよ」とさわやかに笑った。


そのまま二人をあまりのマンションで下すと、

パトカーを飛ばして、城田はバンダイのマンションに飛び込んだ。


必死の形相で入ってきた城田に、


「お、マジで5分で来たな」


蜂須賀の方が、驚いている。



で、こいつなんだが、と蜂須賀は、室内の電気を消すと、さきほど自分がたどったモモの唾液痕をALSで照らして、城田に示した。


「まず、飼い主の顔の周辺に集中した滴下痕と床を舐めた痕だ」


城田の目が変わる。


「この滴下痕、ひどく間隔が狭いな。

 ほとんど近接して、重なっているものもある。」


蜂須賀が頷く。


「ああ、どう見る?」


「これだけ激しく涎(よだれ)を落としているってことは、顔か、あるいは直接脳

 に何か毒物でも入れられたのか、バンダイの遺体に、モモちゃんを殺した毒物が

 仕込まれていたと思う」


蜂須賀しかいない安心感で、モモをちゃんづけで、城田は呼んだ。


しかし、城田の言葉に蜂須賀は首を振った。


「毒物の件は、乱堂先生に確かめた。

 犬の嘔吐物からも、バンダイの頭部の残骸からも、胃からも毒物は検出されて

 いない」


城田はもう一度、滴下痕を確かめた。


「だとしても、だ。

 呼吸中枢、代謝機能に異常がなきゃ、唾液の落ちる量がこんなに大量には

 ならないよ。」


そうかと蜂須賀は頷いて、続けた。


「わかった。じゃあ、次行くぞ、ここがおかしいんだ。」


蜂須賀はそう言って、ライトでバンダイの顔周りの唾液痕を照らした。


「床に散った肉片一つも残さずお行儀よく、舐めとって食べて、

 そこから滴下痕が体、右手のあったところに続いている。バンダイの右手の爪

 には、ドッグフードが入り込んでいたから、それはいいとして・・・」


「よくないよ! モモちゃんは普段、乾燥ドッグフードを食べている。

 なら、食事の後は、ほとんどの犬が水を飲む。習性、条件反射だよ。」


「そうか。とにかく、右手から唾液の滴下痕は玄関まで続いている」


玄関までALSで青く光る唾痕を照らして、二人は歩いた。

玄関には滴下痕の集中して落ちた形跡があり、そこから唾液の滴下痕はリビングに戻り、テーブルに数滴の滴下を残し、ようやく水飲み場であるバスルームに続いた。


その後は、リビングの隅にいったらしい。円を描くように唾液痕が落ちている。

これはバスルームから出たモモの足が濡れていたことと、錯乱がひどくなったモモがぐるぐるとまわったり、ねそべったりしたその足と毛で、ずいぶんと唾液の痕も乱されていた。


電灯をつけたリビングで、城田は、首を傾げる。


「玄関に行ったってことは、誰か、来たのかな。

 ゴールデンリトリバーみたいな賢い犬種だと、宅配とかさ、受け取ったりするんだ

 よな。

 そのあとテーブルに行っているから受け取ったものを何か置いたかもしれないな」


蜂須賀が目をしばたく


「マジかよ。宅配の受け取りって、まさか肉球ハンコか?」


「いや、口でハンコをくわえて押す子もいるんだ。

 見たことある。かわいいんだよ。

 『モーニング・ジャンプ』のコーナー番組『今日のワンダフル』の第325回に

 出てた、服部さんのうちのアズマくんってボーダーコリーが・・・」


「わかった!城田、俺が悪かった」


蜂須賀が手を合わせる。



「何が悪かったなんだよ。死んだモモちゃんは、相当、頭がいい。

 トイレに毛と粗相(そそう)の跡があったぞ。」


蜂須賀は聞きとがめた。


「ん? 城田。

 トイレに毛と粗相の跡があると、どうして、頭がいいってことになるんだ」


「人間用トイレにそれがあったからな」


蜂須賀は、目を丸くする。


犬が人間用トイレを使うという発想が、蜂須賀にはない。


城田は


「それより、今はこの部屋に宅配や来客があったかだよな。

 ちょっと待てよ。さっき赤間と二人で、マンションの玄関の防犯カメラの録画を

 見たから」


そう言いながらアイパッドを出して、時間ごとのマンション訪問者の名簿を確認しはじめる。

仕事が早い男だ、犬が好きすぎるのがタマにキズだが。


蜂須賀は城田を呼んで正解だったと思う。


アイパッドから顔を上げた城田は言った。


「宅配業者は来てないな。

 出入りしたのはみな、マンションの住人だ。

 記録を見ると、どの住人も玄関のセキュリティドアを開けたあと、自宅の部屋の

 キーを開錠している。

 記録をみると、時間に矛盾はないし。

 どの住人もバンダイの部屋には寄っていないようだな」


そうか、と蜂須賀は頷いたが、何かが引っかかった。


玄関のドアは蜂須賀自身が指紋を採取した。

内側にも外側にも、不審な指紋はなかった。

バンダイの指紋、それに第一発見者の佐々木の新しい指紋、それだけだった。

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