第11話

あまりは、事情聴取のために呼ばれた部屋の中に、バンダイのマネージャー佐々木がいるのを見て、目を見張った。


「なんで、この人がいるのよ?」


ラビットが待ち構えていたように笑う。


「佐々木さんが全部、吐いたぜ。

 昨日、バンダイとともにあんたの部屋には行ったが、自分はすぐに部屋を出て

 3時間、外で時間を潰していたってな。

 つーかさ、俺に助けてもらいたなら、先に俺に言えよな」


「何のことよ?」


ラビットと打ち合わせ済みの九宰が、低い声ですかさず言った。


「板倉バンダイの死亡推定時刻は、昨日の夜22時ごろ。

 18時から21時過ぎまでの3時間、バンダイがあんたの部屋で二人きりで過ごして

 いたことが、佐々木の証言でわかってるってことだ」


ラビットが体を乗り出して、端正な顔をみじんも変えず、あまりの耳元で囁く。


「解剖したバンダイの遺体だけどさ、陰茎、その周辺からあんたのDNAが

 出たってさ」


これはラビット流の嘘だ。

バンダイは性交の後でシャワーを浴びたらしく、女のDNAなど出ていない。

そもそもあまりのDNAも採取していないし、DNA照合もそんなに早くできるものでもない。

現職刑事の九宰が言うには、ヤバい嘘だが、ラビットが言う分にはいっさい問題ない。


しかし、あまりはよく手入れされた白い綺麗な歯を見せて笑った。

九宰の頭に、芸能人は歯が命、そんな言葉が浮かんだ。


あまりは言った。


「死ぬ少し前の人間とセックスして、何が悪いの?

 まさか私がバンダイを殺したとでも言うの?」


九宰が言う。


「二人で会って、何を話した?」


あまりは、ふぅーっと息をつくと、一息に言った。


「これから自殺するって言ってたわ」


「方法は?」


「聞いてないわ」


「自殺する理由は?」


「FXで、破産寸前までいってた。

 あと、私が借金を断ったのもあるでしょうね。

 あんたたちもバンダイの部屋を見たでしょ? 

 バンダイね、お金に困ってリビングのエアコンまで、オークションで売ったのよ。

 ほんとバカよね」


マネージャーの佐々木も、肯定するように頷いた。


九宰が本当かと疑うような口調で


「中古のエアコンなんて、売れても二束三文にしかならない」


と二人をねめつける。


「それは一般人の話でしょう?

 芸能人、有名人専用のネットオークションサイトがあるのよ。

 あの人ね、

 『食いしん坊、バンダイの加齢臭とほこりつきエアコン、

 これ一台でご飯が3杯食べられる』

 ってコメントつけて出品してたわ。」


あまりは、スマホを取り出して、オークションサイトを見せた。


確かに、バンダイは、5年使った中古エアコンに30万の値段をつけて、出品していた。

寒い、いくら物がエアコンとはいえ寒すぎる。

二人しか入札がついてないのも、イタい。

いや、この2人のうちの1人は値段を釣り上げるための、

バンダイの自作自演かもしれなかった。


あまりが言う。


「結局、知り合いに頼んで落札させたって言ってたわ。

 出版関係の記者って言ってたから、どうせくだらないゴシップニュースと

 引き換えに30万で売りつけたんでしょうよ」


九宰は「調べてみよう」と短く言って、携帯電話のメールで捜査指示を出した。


一方で、ラビットは不思議そうな声を上げる。


「あまりさんさ、

 そこまで、バンダイが追い詰められてたんなら、なんで何とかして

 やらなかったの? 

 事務所から別れるように言われても、接近禁止の書類にサインさせられても、

 なんだかんだ言って昨日の晩までバンダイとずっと続いてたんでしょ?

 違約金覚悟でさ」


「だって、バンダイがエアコン売ったのなんて、私の気を引くためだもの。

 服やタンスやキッチン用品みたいな小物は出品してないもの。

 売れたら、チマチマ包装とか発送とかするのがめんどくていやだから、

 エアコンだけ売ったってわけ。

 それで私に同情させて借金しようって、ミエミエのいつもの手なの」


「ふぅん、そんなにお金を貸したくなかったってわけ?」


あまりは、少し迷ったようだが、相手が芸能人専属事件調査官のラビットだということで、自分を納得させたらしい。


「違うわ。

 私、バンダイにお金を貸さないようにって、事務所に手持ちの資産は全部、

 管理されているの。

 だから、バンダイが申し込んできたのは借金は借金でも、未来の私への借金」


あまりが、不快そうに顔を歪めた。


「どういう意味だ」


九宰の言葉をラビットが継いだ。


「そういえば、あんた、確か映画、『羅紗の門(らしゃのもん)』でオファー

 来てたよね。

 役どころは梅毒で男狂いになって、悶絶死する花魁(おいらん)。

 ヘア解禁のフルヌードが出演条件だったよな」

 

さすが、ラビット、耳が早いという顔で、あまりは頷いた。


「そう、事務所を通して断ったんだけど、

 バンダイがどこからか、この話を聞きつけてきて、出ろ出ろってしつこく言って

 きたの。

 俺が話をまとめるやるからって。

 どーせ、私から出演承諾の返事を引き出して、監督から報酬をせしめるつもり

 なのよ。

 今もあの役、過激すぎて、なり手がいなくて、なかなかキャストが決まん

 ないのよ」


「監督は渋川達也(しぶかわたつや)。

 主演に、今旬で色気たっぷりの工藤あまり。

 そりゃ、ヒット確実間違いなし。

 興行収益も相当いくよな。

 あんたが出てくれるんなら、バンダイにはした金を払うくらい、

 監督にはどうってことないだろうね」


「恋人の裸を人目に晒(さら)して、そのお金を借りたいだなんて、ふざけてるわ」


「その怒りは、殺人の動機になるぜ」


九宰が言うと


「殺意は否定しない。でも私にはアリバイがある」


あまりは、そう言って、九宰の横に座っていた佐々木に手を伸ばして、その手を握った。


「昨日の夜10時。

 バンダイの死亡時刻に、私はこの佐々木さんと一緒にいた。

 裸でベッドの中にね」


九宰が、バッと佐々木を見る。

佐々木は耳まで真っ赤になっているが、あまりに握られた手に、もう片方の自分の手を重ねている。


「板倉を自宅マンションに送ったあと、

 私、あまりさんが心配で、あまりさんのマンションに行ったんです。

 そこで・・・」


やれやれだぜと九宰が胸の中で呟く。

ラビットは想定内だったのか、平然とした顔で、あまりを見つめている。

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