第9話

工藤あまりは、警視庁の一室で待たされていた。


ひどくイライラしている。


なんで、こんなことになったの・・・。


あまりは手にしたスマホに目を落とし、ずっとオークションサイトをチェックしている。



彼女の隣には、赤間というひどくハンサムな青年刑事が、人のよさそうな顔でにこにこしている。


事務所の社長やスカウト担当が見たら、すぐにでも


「君、公務員なんてやめて、芸能界に興味はないかい」


とスカウトしそうな、イケメンぶりだ。


でも、なんかこの子バカっぽいと、あまりはそう切り捨てた。


どうせ、こんな新米刑事の前で何したってわかるわけないわ。


赤間があまりのスマホを覗き込むようにして言う。


「あのあの、くらねえですか?」


 あまりは、スマホを膝に伏せて、叫びたくなる。


(この子の通訳はいないの、通訳は!)


くらねえですか―? 大丈夫ですかと言う意味である。


「あのあのあの、コーヒー飲むますか?」


これはさすがに聞き取れた。


「結構よ、自分で持ってきてるのを飲むわ」


あまりは、スマホを操作しながら、カバンからボトル瓶を出すと、透明な水を飲んだ。


磨かれて、綺麗にマニキュアコーティングされた爪が、ガラスに映えて美しい。


そこへ、モモの遺体の搬送を終えた警察犬係の城田がやってきた。


城田がきたのは、工藤あまりから、モモの解剖が済んだあと、遺骸を引き取りたいと言われたため、その話をするためである。


赤間は近寄ってきた城田に、無邪気に言う。


「城田さん、城田さん、城田さん、俺、今日、芸能人(げいのうずん)をたくさん、

 見ますた。」


「そうか、そりゃよかったな」


城田はよしよしと頭でも撫でるような優しさで言う。


「はあ、今日はいい日でず」


赤間は、あまりの方を見て、ふんふんと嬉しそうに鼻を鳴らした。


「やっぱりグルメ芸能人の恋人は、体から、めんこ、うんまい匂いがすますね。

 しこってるだけじゃねえす」


「バッ・・・」


城田は慌てて、赤間の口をおさえた。


しこってる―栃木弁でお高くとまっている、気位が高い、高貴なという意味である。


だが、あまりの顔が怒りで真っ赤になるのを、城田は見た。


赤間はまるで気にせず続ける。


「マンションにあったバンダイさんよりも、こん人、こどい、うんまい匂いが

 すます」


ふんふんと鼻を鳴らす赤間に、ついにあまりが切れた。


こどい―濃ゆいという意味である。


「ちょっと、何なの、この人!

 変なこと言ったり、人の体を嗅ぎまわって、気持ち悪いったらありゃしない」


「すみません」


城田が平謝りで謝る。


あまりは、席を立って吐き捨てるように言った。


「パウダールームに行ってくるわ!」


「警視庁には、そったなしこったもんねえっすよぉ」


あまりのあとを追いかけて、親切のつもりで言う赤間を城田が後ろから羽交い絞めする。


「バッカ、パウダールームっつうのは、トイレのことだ」

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