第8話

「合鍵は、事務所と私で一本ずつしか持っていません。」


警視庁での事情聴取で、マネージャーの佐々木は、九宰に向かって、きっぱりとそう言った。


「そんなことを言って。

 元恋人の工藤あまりも持ってるだろ?」


佐々木の意向で同席するラビットが、すかさずツッコむ。


「持ってないんです。

 二人は板倉のFX狂いが原因で3カ月前に別れたんですが、その時にあまりさんは

 事務所を通して、合鍵の返却をしています。」


「コピーはできるだろう」


九宰の短い質問に佐々木は首を振って、鍵をテーブルに置いた。


握りの部分が、青色のプラスチックの鍵だ。


「この鍵はメーカーが特許をもっていて、コピーキーをつくることは出来ません。

 それに、オーナー登録がK社にされているので、オーナー以外の人は発注できま

 せん。

 オーナーはうちの事務所の社長です」


九宰はその言葉に頷いたものの、責めるように佐々木に言葉をぶつけた。


「コピーができないのはわかった。

 だが、鍵が2本しかないというのは嘘だろう。

 死んだ板倉本人が持つ鍵がもう1本あるはずだ」


しかし佐々木はきっぱり言った。


「ないんです。板倉は鍵を持っていません。

 今、事務所が管理するのが三か月前にあまりさんから返却された合鍵。

 そして、板倉の持っていた鍵は、今は私が管理しています。

 オートロックだから出ることは自由ですが、鍵を持った私と一緒じゃないと、

 板倉は家に入れないんです」


九宰が睨むように言う。


「どうしてそんなことをするんだ。

 自分の家の鍵がないのは不便なはずだろう」


「はぁ。そうですね。

 でも、それには事情があるんです」


それから、佐々木が語ったのは、いかにも芸能人ならではの理由であった。


工藤あまりにふられたものの、未練たらたらの板倉は、たびたび彼女の自宅を訪れ、復縁を迫ったり、借金の申し込みを繰り返した。


板倉のFXでの大損はブログで公開しているからいいとしても、男女絡みのスキャンダルが週刊誌にスッパ抜かれては困ると、双方の事務所社長、立ち合いの元、工藤あまりと板倉万代の二人は


「二度と会わない、連絡を取り合わない」


という接近禁止の書類に判を押した。


違反すれば、契約違反で違約金や下手すれば解雇という条件つきだ。


それでも、守れそうもない板倉に、板倉の事務所は強硬手段として、自宅マンションの鍵を取り上げたというわけだ。


そう事情を説明した佐々木は言い訳のように言葉を継いだ。


「板倉は、FXで大損して、ブログで、自殺するって書いているじゃないですか? 

 鍵を取り上げたのは、一応、自殺防止って意味もあって。

 マンションへの宅配物の情報は事務所で全部管理しています。

 出入りは、私か事務所の人間が鍵を管理して、送迎します。

 もちろん仕事先にも常に同行して見張る。

 そうすれば、板倉は、自殺に使うような練炭とかロープとか、そういうものを

 自由に外に買いに行けないというわけです」


九宰は言う。


「どうしてそこまで神経質になる?」


佐々木は首は振った。


「レギュラー番組の撮影が、番組編成の都合でしばらくオフになるんですよ。

 板倉はヒマになるとろくなことをしません。

 元はといえば、FXにハマったのもそうですし・・・。

 今までも一般人が出入りするような激安カラオケボックスの個室でカキタレと乱交

 パーティーをしたり、仕事のLIENに、プライベートメッセージやベッド写真を

 誤爆したり・・・。

 毎度、板倉の尻ぬぐいに追われて、私はお尻に火がぼうぼうですよ」


マネージャーの佐々木もだいぶバンダイの低俗ギャグに、脳をヤられているようだ。


ちなみにカキタレとは、セックス(カク)だけを目的にした女性タレント(タレ)のことをさす、芸能人用語である。


「それで、バンダイに自殺の兆候はあったのか?」


九宰の言葉に佐々木は首を振る。


「なかったと思います。

 ブログでは死ぬなんて、書いてましたが、口だけのギャグだと思ってました。

 あのモモってゴールデンレトリバーを飼い始めたのも、まだこの3ケ月くらい

 ですしね」


「なら、被害者が殺されるような、恨みを買っていたセンは?

 事務所の社長はどう思ってたんだ」


佐々木は、担当タレントを亡くしたマネージャーらしい悲哀を目に浮かべた。


「・・・さあ、どうですかね。

 ただ、どれだけ板倉がFXで個人資産を溶かそうと、うちの看板タレントなのは、

 変わらないですからね。

 うちの社長に事情聴取したいなら、どうぞ。

 できる限り、捜査には協力します」


ラビットは、そのあたりの事情には精通しているらしく、退屈そうにスマホをいじりながら、二人のやり取り聞いていたが、いきなり言った。


「じゃあ、あんたは死んだバンダイが、死ぬ直前に工藤あまりと密会、いやズバリ

 言うよ、工藤あまりの部屋でセックスしていた時は、一緒にいたのかい?

 それともバンダイとあまりのコトが終わるまで、外で時間を潰していた?」


佐々木はびくりとする。


「なッ、何を言ってるんです。

 三か月前に別れて、それから二人は密会なんてしてないですよ、確かに3週間前

 に板倉があまりさんのところに借金の申し込みに行った時には、付き添いました。

 でも、あまりさんの方はケンもほろろですよ。

 密会なんて、そんな甘いもんじゃなかった筈です」


ラビットは、さわやかな笑顔でにっこり笑った。


「嘘をつくなよ。

 あんたの事務所の社長の依頼で、俺はここに来てんだ。

 嘘つくんなら、降りるぜ」


「嘘じゃないです!」


佐々木が叫ぶように言うのに、


ラビットは


「ピル」


と一言、言った。


「え?」


佐々木と九宰が、同時に聞き返す。


「さっき会った工藤あまり。顔がむくんでたろ?

 ピルの常用者だ。

 恐らくバンダイが避妊するのをいやがったんだろ?

 あまりの写真や映画、映像を見てみると、バンダイと付き合い出した2年前から

 ピルの服用を開始している。

 三か月前に別れたっていうが、いまだにピルの使用はやめてない。

 バンダイ以外に他に男がいたかどうか、芸能記者にあたったが、そんなネタは

 ナシ。

 大方、お互いの事務所に内緒で、バンダイとあまりの仲はまだ続いてたんだろう。

 基本、女優ってさ、体調にも肌にも影響出るピルは使いたがらないもんなんだ

 よね。

 そういう意味じゃ、工藤あまりは、プロ意識より男のバンダイをとったってこと

 なんだろうけどさ。

 それとね、さっき監察医の先生に連絡して、バンダイの陰嚢の中の精子の残量を

 確かめてもらった。

 ほぼ、カラだったってさ。

 バンダイは死ぬ前に、工藤あまりと会ってたんでしょ?

 さ、佐々木さん、ほんとのこと言ってよ」

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