第7話

マンションの現場に残った鑑識員の蜂須賀は、


「くやしい」


とギリッと奥歯を噛みしめるような感情で


「お前、何年、鑑識やってる」


という九宰の言葉を思い出していた。


このままじゃ、終われねぇと、自分への怒りにも似た感情がある。


蜂須賀は考えた。


飼い犬の死に方から見て、バンダイも犬も毒物を摂取したのは間違いない。


だが、体重85キロ、体の大きなバンダイが即死で、バンダイより体の小さな犬の方が死ぬのに時間がかかっている。


人間には即効性があり、犬には遅効性を発揮する、そんな毒物があっただろうか―。


蜂須賀は、遺体の足元にあった皿の中のドッグフードをすくいあげて、手に取った。


むろん、すでに証拠品として採取済みだ。


匂いを嗅いでみる。


毒物が混ぜられたような臭いはしない。


乾燥ドライフードの臭いが鼻をついただけだ。


ずいぶんと小粒なんだなと、蜂須賀はその手の中のドッグフードをつまんで思った。


7mm程度のドライフードの玉は、指先に力をこめるとあっけなく潰れた。


それにしてもドッグフードの皿が洋食器の高級ブランド、ウェッドウッドなのは、蜂須賀には理解できない。


芸能人らしい見栄なのか、そこまで愛犬が大事なのかという不思議さだ。


蜂須賀は犬の水入れを探した。


リビングの隅にはウォーターサーバーがあった。


見てみたが、周辺に犬用の水皿はなかった。


キッチンにもない。


キッチンもくまなく調べてみる。


食器棚には、グルメ芸能人らしく、いろいろな有名メーカーやブランドの食器が並んでいる。


ワインオープナーやボトルストッパーが幾つもあるのが目についた。


冷蔵庫を開けると、ワインやチーズ、ハムといったものがある。


黒いボトルのワインが目につき、蜂須賀は、高そうだなと手に取った。


ワインに胸元の開いた立体的なドレスを着せたデザインで、ひどく凝っている。


このボトル、どっかで見たことある気がすんだよな。


酒を一滴も飲まない蜂須賀は、飲み会に出る機会も乏しい。


いったい、どこで見たのか。


ワインのラベルを見たが、見覚えがない。


ワインの知識もなく、フランス語ということしかわからない。


蜂須賀は銘柄を読むのは諦めて、ラベルに印字されたナンバーを見つめた。


「No.030/500」


ナンバーがあるということは、なにかの記念品なのかと思う。


それにしても、死んだバンダイとしゃれたワイン、似合わないなと思う。


地方番組のデパ地下ロケで、商品のハムとワインを


「ちょっと、一口いいですかあ」


と試食おかわりしまくっているのが、バンダイという芸能人のイメージだ。



最後に蜂須賀がバスルームに行くと、そこにウエッドウッドの深皿が置かれていた。


中に水はたっぷり入っていた。


自殺するバンダイが、万が一、自分の遺体の発見が遅れた時のため、モモが飢えないようにと、バスルームに水入れ皿を置いたのか、あるいは普段からそうしていたのかは、蜂須賀にはわからなかった。


高級そうなオーガニックシャンプーやソープがステンレス棚に並んでいる。


それを見渡して、女が出入りしてたんだなと確信する。


シャンプーの横には、外国製と思われるおしゃれな空きビンに、茶色い球根のようなものが沈められていた。


その横には空のワインボトルに紫陽花(あじさい)が活けられている。


雑誌に登場するようなしゃれたバスルームの風景だ。


こちらも、ぽっちゃりデブで図々しいキャラが売り物のバンダイとは、まったくそぐわなかった。


この部屋に出入りしていた女につながるかもー


蜂須賀は、シャンプーから風呂用洗剤まで、すべて証拠品として押収袋に入れた。


空きビンを押収したとき、蜂須賀は気づいた。



中の球根に歯型がついているーと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る