第百五十三章 陣 立
おりおりに軍師殿の弟である矢沢 頼綱氏が信濃国の情勢を送ってくる。諏訪の惣領家は四年前に信玄と戦いやぶれ、降参した当主は甲斐に送られ約に背いて自害させられた。美人のほまれ高い娘を側室にいれ、産まれた子が勝頼である。矢沢どのは信玄の家臣でなく、独立した小領主として武田家に従っている。
諏訪家に養子にはいって一族となり、諏訪家当主の取りなしで所領を安堵してもらった恩義があった。信玄のあまりの仕打ちに、信濃の雄である村上 義清とひそかに
信玄は着々と軍勢を信濃へ送りこみ、一昨年 諏訪からまず南進して高遠城を攻めおとし伊那谷を支配地におさめた。昨年は矛先を守護の小笠原氏へむけて、諏訪の地から西へ軍勢をすすめる。小笠原氏は北方の村上 義清と西方の木曽 義康に援軍を要請し、三家の連合で北進を防ごうとした。
不利と見極めたのか信玄は攻撃目標を北に転じ、佐久を新たな標的にえらぶ。海ノ口城を前進基地として
以前、軍師殿へ信玄が二度にわたる敗戦をつたえ、武田家を殲滅する方法を検討してもらっていた。敗戦のひとつは来年おこる上田原の合戦と、三年後の砥石崩れである。
「わしの考えでは上田原の合戦に全力を投入すべきと確信しておる。一点目は信玄が手傷を負ったという事実が大きい。少なくとも本陣へ突入して、大将と接近戦をしているのだろう」
「はい、義清自ら馬を乗り入れて大将に太刀で切りつけたと言われています。それで信玄が手傷を負ったのでしょう」
「相当な乱戦となったのじゃなあ。村上にしたら、あと一隊でもおれば討ち取れたのにと、さぞや口惜しかったであろう。その一隊を越後軍が担えれば良いだけじゃ」
「なんとか信玄を倒したいですね」
「二点目は三年後という時の経過でござる。確かにしっかり準備する時間の余裕がある。それは相手も言えることだ。信濃の占領地がふえて基盤をより一層かためているかもしれない」
「確かに守護の小笠原氏をうち破って信濃の中央部を制圧いたします」
「砥石崩れは、挟まれるのを嫌って陣をひく信玄を追っての戦さであったな。あの広い平地で逃げ道を塞ぐとなると、相当な数の兵を投入せねばならぬ。相手に気付かれぬよう兵を散開するとなるとさらに難しい。用心深い信玄じゃ、忍びの者をあちこちに放っておるやもしれぬ」
「言ってみれば、上田原の合戦で村上氏は
さっそく登城して景虎さまと面談する。今や十七才となり小柄であるが、近習たちと時間があれば林泉寺の裏山で鍛えているので、頑健な体つきに成長している。常備軍の訓練にしばしば顔をだし、時には采配をふるって兵を自在に動かしている。
「おお、先生と参謀長がそろってお出でとは、本日は何の話しじゃ」
「信玄をたおす作戦を編み出しましたので、ご承認を得たく まかり出ました」
「ほう、それは面白そうな話しじゃ。戦さの話題となるとジックリ聞かんとならんのう」
「まず信玄は本年に入って佐久平の入り口にある前山城へすすみ、大規模な改造を始めております。来年あたり、本格的な侵攻をすべく準備していると思考いたします」
「ふーむ、伊那谷を手に入れたと聞いておったが、今度は北へ目を向けたか」
「この先は村上氏の本拠地に連なり、そこを突破しますと一気に善光寺平へ進出してまいります。すぐさま越後と国ざかいを接する事態となり、春日山城といえども
「いよいよ北信濃の地へ牙を剥きだしてきたか。武者震いがしてくるわ。それで信玄を倒す手とは?」
「来年、信玄は村上氏の本拠地である葛尾城の攻略に取りかかりるでありましょう。そこで村上氏と協力して信玄を打倒する合同作戦を実施いたします。平六の戦いのあと、それがしは今までの戦さの戦い方を一変させる戦法を見いだした、と思っております」
「ほう、如何なる戦法であるか?」
「常備軍を訓練できる期間がありましたので、長柄槍隊を徹底的に鍛えることができました。その成果が騎馬隊の突撃をくいとめる結果をもたらしました。個々の力は劣っていても集団でたたかうと倍以上にも力を発揮できます。この究極の形を次なる戦さで実際に運用したいと存じます」
「具体的にはどう致すのじゃ」
「兵種別に部隊を編成します。長柄槍隊、弓隊、鉄砲隊、騎馬隊、持槍隊と使用する武器ごとに兵士を集めます」
「常備軍や春日山城の兵はこちらが考える陣立できようが、あちこちの城主から派遣してくる兵を一纏めにするのは無理じゃろう。城主たちが言うことを聞かぬわ」
「今の段階で無理なことは承知しています。年月をかけて変えてゆくしかありませぬ。そこで提案がございます」
「申してみよ」
「各城から組頭いじょうの指揮官を集めます。指揮官は家臣として城に務めていると存じます。部下がいるなら一緒に来させます。その指揮官に常備軍と春日山城の兵を割り当てます。そこで一体となって訓練を施します。指揮官さえ こちらの采配どおりの行動ができるようになれば、実戦のまえの短期間の訓練で混乱なく戦場で働けるでありましょう」
「来年のいつ頃に戦さが起こるのじゃ?」
「三月ごろと考えております」
「では収穫期が過ぎると、戦さの前に全員の訓練ができるな。よし、その策を採用いたすぞ」
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