第三部 越後の統一

第百二十六章 お披露目

 正面の壁に「天下布武」の大旗が掲げられた大広間に、擁立に賛同して推戴状に署名花押をおした十七名の城主が並んで座っている。守護上杉氏の代理として出席した大熊氏は、来賓の立場なのか正面の右側に畏まっている。軍師殿といっしょに末席に座った。


 正座して座ったが、軍師殿はあぐらをかいている。周りを見わたしたが誰も正座姿ですわっておらぬ。立ち膝や、割座というのか両足を外にしてお尻を畳みにペタンと付けている者もいる。景虎さまが現れたら足を組み直すのかと意識を流した。


 わきの襖がひらいて景虎さまが、ゆったりと入ってきて正面の座にすわった。いつもより緊張気味にみえるのは、十五才の少年として当たり前であろう。ユックリ行動しようと意識しているようだ。お側衆の金津 新兵衛と戸倉 与八郎がふすまの傍に控えた。


 あぐらをかいて座り、背筋を伸ばして一堂の顔を見わたした。ハハッ!と両手をついて頭を下げるかと思ったが、一部の者だけだった。半分くらいは頷いて、頭をかるく下げるだけだ。改めて正座に足を組み替えることもなかった。半分の者は、臣従をしたが お殿さまと認める気がない意思表示なのだろう。


 正座は「かしこまる」と呼ばれ神前、仏前、君主に対してかしこまる姿をいった。江戸時代になって小笠原流の礼儀作法が取り入れられ、参勤交代で大名が将軍にむかって正座することが決められてから一般化したといわれる。


 戦国時代の肖像画をみると、いずれの人物も胡座あぐらか立ち膝の姿勢で描かれている。景虎さまは気にかける様子もなく、一人ひとりと視線をあわせている。


 頃合いをみて、金津 新兵衛が立ちあがって声をあげた。壁に式次第など貼ってあるわけがない。


「本日は長尾家の家督相続のお披露目に、遠路よりお越しいただき忝うございまする。当主より皆様がたに御礼の言上を申し述べまする」


 景虎さまがユックリと立ちあがる。両足をすこし開き、足を踏ん張って話しはじめた。


「見てのとおり若輩者でござる。わしの将来を見込んで、推戴状に署名してくれた皆の好意がなければ、この場に立っておらぬことをよく承知しておる。この思いに応えるべく渾身の力を奮うことを誓約いたす」


「お主たちが何時までも越後にくすぶっておるのが、わしには合点がゆかぬ処じゃ。そなたらの力は、どこぞの大名の家臣と比べて些かも遜色がないと信じておる。いやさ日本一の武者揃いと誇りに思っておるぞ」


「われに夢がある。そなたらと一緒に、洛中を行軍する光景を。われに夢がある。そなたらと一緒に、天子さまの前でひざまずく情景を。われに夢がある。そなたらと一緒に、天下のまつりごとを議論している場面を」


「戦さのない平和な世をつくるのが余の大願である。その旗印が壁に貼ってある『天下布武』である。我らは侍である、武者であるぞ。今の世は『武』をもってしか天下の安寧を得ることはできぬ。このまま田舎侍で終わるか、それとも天下に覇を唱える武者となるか、その方らの決意次第じゃ。どうじゃ、われと心を一にして天下取りを目ざさぬか!」

 と拳を天へ突き上げた。


「おう! おう!」 皆が立ちあがって拳を振り上げて歓声をあげた。一時的な興奮状態に陥ったにせよ、一座の心はひとつになった。

「エイ!トウ!」 「エイ!トウ!」 雄叫びは何度も繰りかえされた。


 キング牧師の演説もどきの原稿は、前日にそっと手渡した。これだけ盛り上がるとスピーチライターとして嬉しい限りだ。しかし長尾家の芝居っ気には、いつも感心する。


 そのまま祝宴になだれ込んだ。つれてきた家臣も加わって満座の宴となった。景虎さまが盃をもって、車座になった輪のなかへ順繰りに入ってゆく。亜希子が見たら目を覆いたくなる光景がくりひろげられる。


 ポツネンと一人飲んでいる大熊氏に気がつく。そうか守護の家臣とあって、敬して遠ざけられているのだ。見た目は文弱そうであるが、剣豪の上泉 信綱と渡り合った剣の遣い手でもある。軍師殿に声をかけ、向かい合わせに座る。


「本日このような晴れの席をむかえることが出来たのも、偏に大熊殿のご尽力のお陰でござる。あらためて感謝申しあげる」

「なんの何の、景虎さまのご人徳のしからしむるところ。それがしは、わずかばかり背を押しただけでござる」

「ご謙譲のおことば、さすが武士もののふの奥ゆかしさ、感じ入ったでござる」


「先ほどから拝見しておったが、景虎さまのお酒の強さも人外れのところがございますなあ。さすが大物になる人物はちがうものじゃと感心しておった」

「わが妻は医者でござるが、いささか心配しております」

「本日はめでたいお席、片目をつぶって見守るしか手立てはござらんな」

「酒を酌み交わすなかで互いの人となりを確かめる機会でもある。あまり目くじらをたてんほうが良かろう」


「大熊殿は文武両道のつわもの。何処で修行召されたのでござるか?」

「父が計数に明るいとあって、公銭方の奉行人を務めてまいった。それがしも若いころからミッチリ仕込まれましてのう。お陰さまで口幅ったい言いようじゃが、お館さまから目をかけられてきた」


「槍働きのほうが手柄として目立つので評価が高くなるのは、致し方がない面がござる。前にお目にかかった折り、裏方の大切さをお話しした記憶がある。その気持ちには、いささかも変わりはござりませんぞ」


「はっはっ、たしかに誰のお陰で飯を食っておるんじゃ、と明らかに見下している奴らが多いのが、この世でござるなあ」

「武士は相身互い、それがしと大熊殿は似たような役目を仰せつかっております。まあ、縁の下の力持ちと慰め合うしかございませぬなあ」







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