第百二十四章 打 開

 年が明けて為景さまが家督相続について動き出した様子は洩れ伝わってくる。晴景さまが説得にたいして、初めは意固地にみえるほど応じなかったそうだ。


 病弱な体で守護代の激務がつとまるのか。武田家や北条氏の台頭で戦さがはげしくなると予測されるなかで第一線で指揮をとれるのか。


 客感的な指摘をうけると軟化し始めたようだ。病床に伏して、自ら戦えない我が身の不甲斐なさを改めて気付いたのかもしれない。生まれつき多病で、自然と政務を怠って「政道全てを侍臣の手」に委ねる有り様に、守護代の求心力を大きく低下させていた。


 決定的な要因となったのは、推戴状と連判状をみせられて、じぶんが立つ基盤がすでに崩壊していることが決め手となった。きびしい現実を突きつけられ、父親に見放されては頼るところがない。


 晴景が頼りにする城主で主だったところは上田の長尾家を中心とする勢力しかいない。尊大な上田の長尾は他の城主に人気はないし、支援の呼びかけに応ずるとも思えない。残りの揚北衆が晴景に助け船をだすはずもない。


 渋々ながら交代することを認めた。あとは晴景さまの自尊心を傷つけないよう、名誉の撤退をどう演出できるかに掛かってきた。


 為景さまが守護の上杉 定実に働きかけた。しかし定実は晴景によって守護に返り咲いた恩義を感じている。定実は自分を幽閉した為景に意趣返しとばかり、しばらく取り合わないよう決めたようだ。


 春が近くなっても定実は動こうとしない。軍師殿が相談にきた。


「どうも守護の上杉氏のところで膠着状態になっているとの話しじゃ。このままズルズル日を重ねていると、思いもかけぬ事態が出来するやもしれぬ。如何いたそうか」

「そうですね。守護を動かす力を持っているのは、被官の筆頭である大熊氏かもしれませんね。いずれにしても大熊氏と会って、どんな状況か聞きだして相談してみましょう」


 景虎さまの親書を預かって、二人で馬に乗って出発する。大熊氏の居城である箕冠みかむり城は春日山城から南南東十六キロほどにある。標高二百四十二メートルの高さをもち、四方が切り立った独立峰を中心とした山城である。


 信濃国へのルートをとおって山越えしても良いが、つづら折りの険しい山坂を越えねばならぬ。海まわりのルートの方がずっと楽だ。柏崎まで海岸をくだり、そこから山麓の麓ぞいに走る道を南下した。


 城は大熊川と小熊川に挟まれた山頂にそびえていた。北側から尾根沿いに城へ登る道が続いている。山頂を切り崩して本丸、南側に二ノ丸と三ノ丸を配置していた。


 途中に門があって番人が詰めていた。名乗りをして取り次ぎをたのむ。暫くしてから案内の侍とともに山頂をめざす。道の両側はおびただしい数の腰曲輪が階段状に配置してある。多くの竪堀や二箇所に小規模ながら横堀をかまえている。


 道はおおきく本丸の裾を回りこむように南側へ続いてゆく。攻め上がっても両側に築いている曲輪から一方的に攻撃をうけざるを得ない。道はふたりが行き来できる幅しかないので、いくら大軍でも数珠つなぎで進むしかない。


 南側へグルッとまわって三ノ丸へ出た。南側へ一段さがったところに大きな池が二つある。こんな高いところで湧出する水があるとは驚きだ。これなら籠城しても水不足に悩まされることは無いだろう。


 二ノ丸へ通ずるみちを登り、二千平方メートルもあろうか広い広場に出た。この広い平地が二ノ丸となる。西側ぶぶんは高さ六メートルほどの崖があり、その上にも広場がある。橋をわたった先は、腰曲輪が本丸の三方を取り囲んでいる。そこから一段のぼり、さらに一段のぼって本丸の平地に着いた。


 聞きしに勝る堅固な城である。関川がつくりだした高田平野が大きく海にひろがる要に城が位置する。戦略的にも大事な拠点なので、信頼する者に預けているのだろう。


 案内する者に断って、館の北がわから景色を眺望する。高田平野、府中の町並み、春日山城、霊峰米山、日本海が一望のもとにひろがっている。遠くに佐渡が霞んで見える。気宇壮大になる光景である。


 面会は対面所で行われた。すでに一度会っている。

「一昨年の十一月いらいの顔合わせとなりますな」

「月日が過ぎるのが真に早うござるな。お互い壮健で何よりでござる」


「さて、本日まかり出ました用件は、景虎さまの家督相続の件でござりまする。当主が誰になるか、上杉家にとっても重大な関心事と思考いたすが......」

「お館さまから、あらあらの話しは伺っておりまする。やはり晴景さまでは長尾家は持たぬと、為景さまが直々に動き遊ばされたようですな。大半の城主が擁立に賛同したと聞いております」


「大熊殿もご承知のごとく、越後の周辺はまことにキナ臭くなっております。手をこまねいて傍観していては、越後も飲み込まれる事態がこぬとも限りませぬ情勢でござる」

「たしかに南の方が騒がしく、どうすべきか心を痛めておりまする」

「で、守護殿はいかが思し召されておらるるや」


「たしかに平六の乱でめざましい手柄を立てられ、それがしに会って人物を見極めよと、命ぜられたことは事実でござる。わしが会談の様子を復命し、頼もしき勇将が現れたと漏らされたことを隠す必要もござらん」

 

「では、なにゆえ渋っておられるのでございましょう?」


「それがしは お館さまが不安に駆られておると察しております。晴景さまのお引き立てで守護に就けたとの思いは強うございます。弟の景虎さまは自分をどう扱うのか、ましてや幽閉した為景さまが前面に出て、圧力めいた言辞をつかわれると、前の悪夢を思いだすのは人情でございましょう」


「なるほど、自分の地位がどうなるのか、ご心配なされておるのですね。実は景虎さまから親書をお預かりしております。最初にお渡しすべきことであったとお詫びいたします。守護殿にお渡しねがいたい」


「親書の内容は、守護たる地位の保証と、今後とも大切に思い、粗略に扱わない、旨を誓約した文言でございます。これで少しは不安が静まれば、今日きた甲斐があったというものです」


「おお、そのような書き付けが有れば、某も説得しやすいというもの。必ずやお館さまを説き伏せてみせましょう。安心召されよ」


「有難き お言葉、景虎さまもさぞかし喜ばれることでありましょう」



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