第百十九章 総合商社
前から約束していた九郎殿のもとへ、軍師殿をともなって馬を飛ばした。軍師殿がぜひ同行したいと申し出てきた。兵力は国力に比例する。ぼうだいな軍事力を増強し維持するには国の富が豊かでなければならないのを良く承知していた。経済力をたかめる工夫を議論してきたので、具体的な話しを聞きたいと望んでいた。
荒浜屋本店で九郎殿と懇談する。
「約束したっきり今日まで遅れましたこと お詫びいたします。九郎殿に良い知らせがあります。
「ほう、お二方とも、ずいぶん
「景虎さまの代替わりをすべく推戴状を集めるため東奔西走していました。すべて揃ったので為景さまに提出して裁断を仰ぎました。お内示くださったのは来春をめざすとのこと」
「それは良かった、良かった。お主と会ってから何年になるかのう。指折り数えると、早八年になるぞ。早かったのか遅かったのか、よう分からんわ」
「過ぎ去ってしまうと、ほんに一眠りのような感がしますね。ともあれ来年中に春日山城へ入り、名実ともに越後の国主となられます。すぐ手をつけなければならぬのが財政状態の把握です。この八年間の収支は如何です。儲かりましたか」
「そうじゃのう、今の稼ぎ頭は木綿じゃ。京から持ちこんだ高機がすこぶる調子が良くて、織り上げる綿布が増産できた。その分、値段を下げられたので、三河や播磨と太刀打ちできる。いま綿畑をもっと増やせないか農家と交渉しとる」
「肥料の乄粕も漁師と話しをつけ浜辺で作業所を建てて生産しておる。ただ雪の問題で冬に操業できぬのが痛いな」
「携帯用紅の『ベニー』と『神仙の水』は、すこぶる上方で評判になってな、生産が追いつかぬ状態だ。もっとも小間物屋が商売の主体なので、こちらは座をもうけて上前をはねておる」
「銭湯もすっかり評判になって、指南料をちょうだいして改築を手伝っておる。富士山の風景が喜ばれてな、男湯と女湯に分けたのも女性客に人気じゃ」
「もっとも大赤字のところもある。まず硝石とやら。そちらが買ってくれぬことには銭がビタ一文も入ってこぬ。それに砂鉄もそうじゃ。いつ頃から稼働し始めるのか、まだ先のことか?」
「来年あたりに国産の鉄砲が完成します。その技術を取得するのに、どれほどの期間を要するのか見当がつきません。ただ二・三年の単位でないかと思っています。景虎さまが当主になられますと、支出は景虎さまの腹ひとつ。城の金倉にいくら眠っているのか分かりませんが、当主の座を引きつぎますと精算が可能になります」
「そうか、そうか。これで我が店も一息つけるというものじゃ。棹銅から銀を抽出しておるが、この銀を流用できると大変ありがたい。お主の指示で、昨年から純銅のかたまりを出荷しておる。なにか銅銭を作っておるとかの話しが聞こえてくるが......」
「お耳が早いですね。これも景虎さまが家督を引き継いでからになります。すでに鋳造に取りかかって、在庫をタップリ確保できるよう大車輪で、製造に拍車をかけています。この新造銭をあらたな通貨として越後に流通させます」
「お主たちが考えたことだから大丈夫と思うけど、きちんと銭がまわるだろうなあ?」
「はじめは金と兌換できる制度を組み入れなきゃならないかもしれませんね」
「金と交換できるなら安心するじゃろう」
「九郎殿、ひとつ先行して総合商社を立ち上げる気がありませんか?」
「総合商社って何じゃ?」
「一言でいえば何でも屋です。便利屋と言っても良いかもしれません」
「便利屋じゃと」
「請負師を大規模にしたものです。これから越後は、さまざまな仕事が出てきます。
まず道路の建設、港の整備、河川の改修、沼や潟をうめたてて田や畑の造成、鉄や銅さらに金山の採掘、製鉄など、仕事は予算しだいですが順次 発注されましょう」
「これらの仕事は専門性がありますので、プロの集団が欠かせません」
「プロ?」
「専門の分野で飯を食っている人です。私では探せません。ここは顔がひろい九郎殿の出番です。それぞれのプロをあつめて組のような組織体を作ります。仕事を継続して発注しますので、職人も安心して居着くでしょう」
「分野毎に組をつくって、わしが取りまとめるってことか」
「こちらは計画を立て、予算を確保して発注する。ただ一社独占となると弊害も多いので、二つか三つほしいところです」
「おいおい、わしはそこまで強突く張りじゃないぞ。見損なっちゃ困る」
「九郎殿の性格はよく知っています。そうでなきゃ、こんな長い付き合いはできませんよ」
「雪で仕事ができないという障害があるので、外から集めるのは難しいかもしれん」
「腕の良い親方は引っ張りだこだから、金をはずまなきゃならんでしょうね」
「発注する仕事の目論見でもあるのか?」
「公約といっても良い工事があります。揚北衆の真ん中を横断する胎内川が流れています。この川の下流にある
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