第百十五章 追 加
推戴状を栃尾城の祐筆に書かせて、色紙型の連判状を軍師殿といっしょに持ちまわった。まず下越に拠点をもち、扱いが面倒な揚北衆から南下することにした。最北に位置し本条城の陣代である小川氏、平林城の色部氏、黒川城の黒川氏、奥山荘の中条氏の四人。
推戴状をみせて文面を確認する。色紙の中心を空けて東西南北に署名花押を押してもらう。中心が空白なので、どちらが上か下かわからない。上にしたり右にしたりと眺めていたが、思い思いに書き入れてくれた。
改めて秘密をまもる約束と、結果は為景さまの決断にかかっていること。さらに守護の上杉氏による斡旋が予想され、期間がかかる旨を了承していただく。こうした密計は、いくら隠しても自然のうちに広まるもの。それを覚悟しておかねばならない。
こうして南下をつづけ、安田城の安田 長秀氏、三条城の山吉氏、与板城の直江氏、栖吉城の長尾 景信氏の四人は色紙の角めがけて書き入れてもらう。もちろん三条城へ行ったとき、為景さまの目を盗んで書いてもらう。そして栃尾城の本庄 実乃氏と、いったん自城へもどった。
日をおいて赤田城の斉藤氏、北条城の北条氏、安田城の安田 景元氏、上条城の上条氏、琵琶島城主の宇佐美氏、そして柿崎城の柿崎氏と、中越の海岸ふきんを拠点に構える城々をめぐり廻った。
これで揚北衆の四人、中越の十一人、残りは信濃国の高梨氏を残すのみとなった。さすがに、一気呵成に信濃国まで足を延ばせない。いちど栃尾城にもどる。
三度目となる信濃の旅は特段しるすこともない。ただ帰り道に、小千谷に拠点をかまえる
切っ掛けは琵琶島城主の宇佐美氏に会ったとき、話しを通してあるので会ってみたらどうかと勧められた。せっかく労をとっていただいたのだ、好意を無にするわけにゆかない。
八年まえ
似たような話しと思ったら、揚北衆の小川氏と同例だ。兄弟が当主の地位をねらって暗闘するのは珍しくない出来事なのだろうか。同族 相食む、まさに食うか食われるかの世界だ。
史実では八年後に、関東管領の上杉 憲政が北条 氏康に追い払われて謙信の元へ転がり込んでくる。このとき窓口になったのが、この平子 房長であった。鎌倉幕府いらいの旧家名族である。
稗生城は信濃川の右岸ちかくにそびえ立つ標高二百六十メートルの山城である。西から尾根伝いに城めがけて登ってゆく。山頂部に本丸をかまえ、西側に二段の腰曲輪、西南に二ノ丸、三の丸が一直線に並んでいる。畝形に掘られた竪堀は本丸のほぼ全周を取り囲んでいて、どこから攻撃されても対応できる備えとなっている。
眼下に信濃川と小千谷の町並みが一望のもとに広がっていた。主殿の対面所に案内された。ほどなく四十才に手の届きそうな年頃の武将が現れた。
互いに名乗って、すぐ本題にはいってきた。
「話しの子細は宇佐美殿から承っておる。たしかに晴景さまの治世は、わしも解せぬところが多い。景虎さまの大勝利は、久しぶりのあかるい話題であったわ。武名はこちらにも轟いておるぞ」
「お褒めのお言葉、若殿が聞かば、いかほどお喜びになられましょう」
「ふむ、そちらは知らぬだろうが、わしの先祖は『曾我兄弟の仇討ち』に大きく関わっておる」
「えっ! 頼朝公が催した富士の巻狩りで、父親の仇を討った事件でござるか。幼きころ軍記物語をなんども読んだ覚えがござる」
と軍師殿がおどろきの声をあげた。
そういえば日本の三大仇討ちの一つだと思いだした。赤穂浪士の討ち入りと、伊賀越えの仇討ちが他のふたつだ。前者は忠臣蔵の別名で、後者は荒木又右衛門の加勢で有名である。
「詳しい経緯は本に載っておる。わしから話さずとも、ご存知でござろう」
と得意げに鼻がピクピクしている。胸をはって、ふんぞり返りそうに座ってきた。
「知らぬとはいえ、ご無礼仕った。武門の誉れ、これに過ぎるものはござらぬ」
さすが軍師殿、すかさず追従をのべる。
「お主がよんだ軍記本に載っているか分からんが、曾我兄弟が頼朝公の陣へ乱入しようとした。それを防ぐため最初の太刀あわせをしたのが、わが先祖の平子 右馬允有長でござる。傷を負わされて討ち取れなかったが、畏くも頼朝公からご褒美を頂戴いたした」
なんども繰り返して喋ってきたのだろう。淀みなく話しをつづける。
軍師殿が追い打ちをかける。
「ご先祖の血をお継ぎになって、三部一原の合戦では、あまたの敵を討ち取ったと聞き及んでおりまする」
「過分なるお言葉、痛み入る。真の勇者のみがまことの勇者と知る、と申すじゃろう。平六の軍勢を完膚なきまでに叩きのめしたと聞いたとき、われはハタツと膝を叩いたわ。これこそ越後の行く末を託する主君の登場じゃと」
「では景虎さまの推戴にご同意いただけましょうな」
「おお、喜んで署名いたすわ。だが気がかりな点がござる。お主たちも知っておると思うが、この先にある坂戸城に上田長尾の親子がおる。奴らが一戦を賭けてでも抵抗すると、われの城が標的になりかねぬ」
「万が一そうした事態が起こりますれば、お味方をムザムザ見殺すような景虎さまでござらぬ。かならず後詰めの兵をお送りいたしまする」
「まあ、われも城を守るため防御の工事にさっそく取りかかわるわ」
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