第百十四章 絶対王政

 「亜希子、景虎さまの国主への道筋はあらかた見えてきた。あとは為景さまの決断を待つ段階まで届いた。これまで目標を達成する、との一念で突っ走ってきたけど。頂上が見えてきた途端、不安と焦燥が渦巻いてくるんだ。可笑しなもんだね」


「そうよねえ、来年で十五才よ。少年といっても良い年頃の両肩に、すべての期待と責任を負わなきゃならないんですもの。どうサポートするか重圧を感じない方がおかしいわ。でも私たちには夢がある。只どこまで景虎さまと共有できているのか不安はあるけど」


「おいおい、亜希子に自信が無いのじゃ、僕はどうすりゃ良いんだ」

「ウフフ、ちょっとからかっただけよ。たしかに戦さのない世を造るって、お題目は素晴らしいけど、統一後のすがたは具体的にどんな統治の仕組みになるのかしら?」


「歴史の流れとして徳川幕府の体制は地方分権で、領地の経営は各藩に任せていた。さまざまな口実で、藩の取り潰しや改易があって大名たちは戦々恐々していた面があったにせよ、それなりの大義名分がなければ、伝家の宝刀は簡単に抜けない」

「幕府は藩の内政まで口出しができなかったのね」

「中央集権の国家ができるのは明治維新からだ。そのあたりは亜希子の方がくわしいよね」


「信長が横死しなかったら、どんな日本ができたか興味があるわ」

「たしかに改革者のイメージが強いけど、楽市・楽座は先例があるし。戦術でも長篠の戦いで、三千挺の一斉射撃を否定する人が多くなったね」

「でも長島や加賀の一向宗の殲滅、比叡山の焼き討ちは並みの人には出来ないでしょう」

「世の中の常識だった神罰とか祟りじゃを恐れずに実行した勇気は認める。しかし憎さも憎しだったろうけど、人間をそれだけ殺せるのか。僕たちには到底できないね」

「一人の人間のいのちは地球より重い。そう言ってテロリストを解放した首相がいたわ。そんな世界でそだった私たちですもね」


「僕はヨーロッパの絶対王政をめざしていたと秘かに推測しているんだ」

「でも、どこからそんな知識を得たんでしょう?」

「フロイスなどイエズス会との親交の過程でつかんだんじゃないかな。フロイスは五年間、日本に滞在している。安土城を訪問したとき地球儀を持参した。どのように日本にきたかと質問されて、地球儀をみせながら答えたそうだ」


「地球が丸いことを理解したのね」

「信長は手をたたいて感心し驚嘆の色をみせた、と会見のようすを記している。その後も何度となく会っているので、ヨーロッパの政治情勢を聞きだした可能性がある。

当時の日本人が持っていた日本・唐・天竺の世界観から飛び越えて、ヨーロッパの絶対主義国家やローマ教皇庁まで知っていたと思う」


「絶対王政って、どんな体制だったかしら?」

「エリザベス女王やルイ十四世がイメージし易いかな。国王を支えるのは大きく二つ。常備軍と官僚機構。地方の領主いわゆる貴族、これを弱体化して王権を強める。そして支持基盤を商業ブルジョアジーといわれる市民層に片足を置く。もう片足を独立した自営農民層にもとめる」


「貴族が日本では大名に当てはまるのね」

「官僚はブルジョアジーから登用する。常備軍は歩兵を中心にして、自由農民から傭兵として雇う」

「でも、この時代にどちらもいるの?」


「堺など自由都市はある。全体で見ると、工業や商業の発達はまだ未成熟だ。江戸時代までの長い期間がかかるだろう。九郎殿のような存在を育成・発展させる政策が必要となるね。自由農民も加賀国くらいで、あとは隷属している状態だからねえ」

「一世代か二世代くらい早いのね」

「まず常備軍の拡充につとめる。家臣や農民の次男や三男など跡取りのコースから外れている者をターゲットにするしかない」


「官僚はさいわい直江津の府内に守護の上杉家がいる。名目にせよ守護の仕事をこなしている。段銭など税の徴収など実務にくわしい家臣が多い。去年の十一月に会った大熊氏は、その筆頭頭といってよい。ここを活用しない手はない」


「越後は揚北衆など地方の豪族がつよくて、政権の運営がむずかしそうねえ」

「越後の国人衆のあつかいは、ここでも信長の遣り方が参考になるかもしれない」

「そうなの?」


「信長は尾張統一に八年もかけている。分家独立心がつよい織田家内部の主導権を争う戦いでもあったんだ。その間、国人衆はどちらにつくかじっと見つめていた。最後に信長のもとへ結集するために必要な時間ともいえる」

「どこかの国とおんなじね」


「ウフフ、そう考えると、あまり悲観することでもないかな」

「そうよね、時間がタップリありそうだけど、何せお隣りさんの信玄という強敵が待ってくれないわよ」


「信長は美濃の攻略に七年もかかっている。成功したのは美濃三人衆の内通があったからだ。ただ信長が偉かったのは、この三人衆を古参の譜代なみに平等に扱ったこと。この姿をみて、その後の各地の国人衆がなびき易くなったのは確かだ」


「景虎さまも心しなければならないわね」


「謙信があれだけ関東に出兵しながら、膝を屈したのは隣国の上野かみつけ国の一部でしかない。このてつを二度も踏みたくない。信玄から学べるのは、少なくとも百姓や家臣で謀反をおこした者がいないところだ。それだけ人心の掌握に心を砕いてきたといえるが、ぎゃくにスピードが遅くなって、上洛の時機を逸してしまったね」



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