第百十二章 連判状

 揚北衆の一角を切り崩したので、ふたりで目下の情勢分析をした。下越と中越において、ほとんどの国人衆は傘下に入った。


 この地域で最大の大物は、魚沼にある上田庄の坂戸城を拠点として構える長尾 房長・政景の父子だ。南魚沼にすむ豪族たちを家臣団に組み入れて、上田衆と豪語する一大勢力を築きあげている。


「上田長尾の親子が晴景さま支援に、これだけ固執しているのが解せませんねえ」

「一族の主導権をにぎりたい思いもあるだろうが、もっと奥深いものが潜んでいると睨んでおる」

「ほうう、凡庸な晴景さまの方が良い、とでも考えているんですか?」

「晴景さまは戦さは不得手で、病弱なお体だ。いずれ衆望が落ちて、自分の出番がまわってくると目論んでおるのでは、と推測しておる」

「えっ! 守護代の地位を狙っていると仰るのですか」


「どちらも越後における長尾一族の末裔だ。府内の長尾が国を治められないなら、上田の長尾が替わりに統治したいと望んでも不思議じゃない」

「そうなると景虎さまが、家督相続する話しには乗れませんね」

「こんなに戦さ上手とは思いも寄らなかった、とほぞをかんでるかもしれぬ。いずれにしても、景虎さまの家督相続に大反対するじゃろう」


「そんな野望を秘めていると初めて知りました」

「あとは彌彦神社の南に黒滝城主の黒田 秀忠がおる。晴景さまの権臣けんしんであった。大きな権力をふるっておった。主君の晴景さまの元で仕えていたが、身を退いたようだ。ここはムリじゃろう。ただ不審な噂がある」


「ほう、胡散くさい情報なんですか?」

「平六の乱が終わったあと、息子が亡くなったそうだ。平六との連座を問われて、晴景さまに誅殺されたとの噂がある。どうも平六との間に浅からぬ因縁がありそうだ」


「それが本当なら、平六を倒した景虎さまにも良い感情を懐いていないでしょうねえ」

「今後も気をつけて付き合わねばならん人物じゃなあ」


「では残りは揚北衆ですね」

「揚北のド真ん中を味方にしたので南北に分断できた。調略した平林城のすぐ北に、すでに味方となった本庄城の陣代である小川 長資がおる」

「そりゃあ、喜ばしい状況ですね」


「ただ、小川氏には注意を要するぞ。伊達家の養子問題が、ここにも影響しておる。推進派の中条氏に攻め立てられて、反対派の本庄 房長は出羽国へ逃亡した。その隙を狙って城を乗っ取ったのが、弟の小川 長資だ。裏切られた房長は失意のうちに逃亡先で亡くなった」


「へええ、何か小説にありそうな話しですね。小川氏も辣腕らつわんをふるう人物と形容すべきか、兄と弟の相克と言うのか、いずれにしても第三者が安易に評価すべきことではないですが......」

「問題は房長の息子じゃ。四才で城主の地位にあるが、物心ついた頃に事情を知ったら、どんな騒動がおこるか、わしにも読めぬ。後見役の小川氏も不安があったればこそ、景虎さまに近づいて来たやもしれぬ」


「息子がひとかどの武将なら、黙って泣き寝いりをしないでしょう。親の仇みたいな存在ですものねえ」

「わしらは下克上の世界に生きておる。醜い人の世をみせられても、正面から向き合わねばならんのう」

「景虎さまが隠遁したくなる気持ちが分かってきました」


「小川氏のさらに北へゆくと大葉沢城の城主である鮎川 清長がおる。目を南にむけると、中条氏の南に新発田城主の新発田 綱貞、加地城主の加地 春綱、竹俣城主の竹俣 清綱の三人が主な者たちじゃ。いずれも説得の材料がみつからぬ」


「そうですね、加地川や新発田川に手をつけるなど、とてもじゃないが出来ません。空約束となって、後で自分の首をしめることに成りかねません。一応これで終わりにしましょうか」


「ああぁ、となりの信濃国に中野城主の高梨氏がおるぞ。景虎さまにとって、お方さまは叔母にあたる。越後の国に関わりがないと言えばそれまでじゃが、信濃国を経由せねば三河、尾張、美濃へ出ることが出来んじゃろう。一枚加えた方が良いと思うが、どうじゃ」

「わかりました。まえに真田の郷へ伺ったときは歩いて往復しました。今度の旅はくつわを並べて参りましょう」


「ちょっと頭を悩ましていることがある。なにか良い知恵があるまいか?」

「何でございましょう」

「推戴状は文面をこちらで考えて祐筆に書かせればよいが、問題は連判状でな。ずらっと名前が並ぶじゃろう。順番をどう決めれば良いか。あのとおり、井の中のカワズ共ばかりじゃ。下手すると纏まる話しも壊れてしまう」


「うーん、確かにそうですね。連判状といったら巻き紙に順番に名前を記入していますものね。こうしたらどうです。色紙をつかって丸い円になるよう署名、花押を押す。順番もクソもありませんよ」

 寄せ書きのイメージだ。


「ほう、先生の卑語をはじめて聞いたわ。本当にクソみたいな こだわりじゃ」

「あっ!ふあ!はっ!」

 久しぶりに心から笑えた。

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