第百十一章 合 意
「では、これより子細を説明いたす。胎内川が海岸の砂丘に遮られて、右の荒川と左の紫雲寺潟に別れている箇所を破って、まっすぐ海へ注ぐよう開削するのが拙者の提言でござる。紫雲寺潟の方面の水は堤防を造ることによって、加治川や新発田川から流れてくる水を遮断いたす」
「大部分の水は海へ流れ出る。よって荒川へ流れる水量は大きく減少いたす。細い川となってしまうであろう。荒川は本流の水のみとなるので、水位は大幅に下がることになる。荒川の両岸にある湿地や沼などは水はけが良くなり、肥沃な農地に転換できるという計画でござる」
「胎内川の両岸も同じく水の引きがよくなって、稲をうえる土地が大きく増えることになる。すでに概略の工事費や年月を試算済みである。今の時点で言えることは三千人を投入すると、二年あらば開通する運びとなろう」
黒川氏が質問してきた。
「夢のようなお話しでござるが、その賄いは どなたが負担いたすのじゃ。わしらに求められても、到底 分かち合える額とは思えぬぞ」
「はい、こちらで全ての費用を負担いたします。当然でございますが、新しく造成した農地は直轄地となり、管理や処分はこちらの自由裁量となります」
「うーむ、それも
「では貴殿のお考えを お聞かせ願いたい」
「そうじゃのう、新しくできる土地のうち、わしの所領くらいは貰いたいものだ」
さすがに色部氏がたまりかねて口をはさんできた。
「黒川殿、それは余りの申し出じゃ。あまり強欲をたけると、話しその物がご破算になりかねぬ。元々暴れ川を何とかして欲しいと思っておるのは皆おなじ気持ちじゃろう」
「それも分かるが、ご先祖さまが血と汗をながして之までの所領にしてくれたのじゃ。新しく目の前にできた田んぼを見ながら、指をくわえて眺めておれと聞こえてなあ、一言 申し述べた。気に障ったら、ご容赦ねがいたい」
「皆さまのお気持ち、よう分かり申した。では新しいご提案をさせていただきまする。新しく生まれた土地から、いまお持ちの所領の半分を無償で分かち与えましょう。これは景虎さまのご承認を得ておりませぬので、条件をつけさせていただきます」
「条件とは?」
「二つございます。一つは、所領を検地をいたして面積を確定するところですが、実施するのが難しいと承知しております。そちらの申告どおりと致しますが、新しい田は矩形の形に統一したいと考えております。これによって農作業が各段と楽になって収穫量も上がります。今のところ絵に描いた餅のような話しで、ご納得できかねると存じます。これは実績をご覧になると、必ずお分かりになられます」
「四角い田んぼでござるか?」
「はい。それで境界ふきんの不整形な田んぼは、双方おなじ面積になるよう、新しい線で引き直したいと考えております。面積が同じなら、ご不満も無かろうと存じますが、如何でありましょうか?」
「まあ、面積が変わらないなら不服はないわ」
「なお老婆心ながら、田の面積によって
「何じゃ、嫌みか?」
軍師殿が取りつくろってくれた。
「頭でっかちの所がありまして、お気に障る言動があるやもしれませぬ。その点は拙者からお詫びいたします」
「ところで、この事業をやるもやらぬも決定権は景虎さまにございませぬ。そこはお分かりのことと存じます。さらに他の国人衆に聞こえますと、誰しも自分の領地に流れる川を希望するのは必定でござる」
「銭は無限にはございませぬ。限られた収入をやり繰りして捻りだす必要がございます。それ故、本日のお話しはぜったい秘密を守っていただけねばなりませぬぞ。もし話しが洩れれば立ち消えになるやもしれませぬ。そこは念を押してもらいますぞ」
「二つ目は、飛び地でございます。地盤の高い土地をさがして開墾されたと思います。あちこちに散らばっておると存じます。新しく造成する地域のなかに、入っている可能性があります。これらの土地を一箇所にまとめると、いかに作業が楽になるか、某の口から申さずともご理解できましょう。これも同じ面積で交換いたすので、ご了解ねがいたい」
中条氏が口を開いた。
「胎内川が海にちょくせつ放流する工事は、我らにとって諸手をあげて賛成することに皆 異存はないな?」
他の二人が頷いたことを確認した。
「真田殿が言われたことは尤もなことと存ずる。まず景虎さまが家督を継がなければ何事も前に進まぬ。ここは我らが心をあわせて、景虎さまを当主に祭り上げる動きをせねばなるまい。真田殿、平六の乱を平定してから、他の城主の動きは如何か?」
「はい、下越および中越は、景虎さまのご器量をみとめ下さって、晴景さまでは越後はもたぬ、との声が広がっております。ここに色部氏と黒川氏のお二方が賛同していただけますと、大勢が決するやもしれませぬ。まことに心強いかぎりでございまする」
「真田殿、この先どのように進めるお積もりか、我らに明かしてくれんかのう」
「ご兄弟の事柄でございます。父の為景さまを意向を変えることが第一と考えます。目にみえる具体的なものが、一番の説得の材料になろうかと思考いたしまする」
「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、じゃなあ」
「さようでございます。景虎さまを当主にとの推戴状を作成し、賛同する者が署名し花押をおした連判状を持ち回ります。ずらっと並んだ各地の城主の名前を見せられますと、為景さまも必ずや翻意なされると存じます」
「よし、わかった。その書状が届いたら、我ら三人まっ先に署名いたそう。皆どうじゃ」
「おお、もちろんじゃ」
あとの二人からも声があがる。
「ご賛同いただきまして、我らも勇気百倍の援軍をいただきました。真に有りがたく忝ぬ次第でござりまする」
二人そろって頭をさげた。
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