第百十章 乙宝寺

 会談には護衛は最小限の人数を伴うことで合意していた。当主の他は三名だけと制限された。当日の朝はやく六騎で出発した。まず東へ鳥坂城の方向をめざす。船を泊めた三キロほど上流に渡しがあった。対岸の山頂に黒川城が見える。


 標高が三百メートルもある山城なので、中条氏と同じように普段は麓にある黒川城舘で生活している。もともと中条氏と黒川氏は同族であった。頼朝から木曽義仲を追討した恩賞として奥山荘の地頭をたまわった。


 奥山荘は孫三人に分割される。中央部を中条氏、北部を黒川氏、南部を関沢氏と分け合って子孫が受け継いでゆく。お互いに祖先を同じくするので、我こそはと張り合う気持ちが起こるのは致し方がない。


 街道の名前はわからないが、越後平野の山麓をぬって北から南を縦断する道を北へ進む。山麓に近づくほど高台になるので、湿地帯や沼地の影響をうけない。まず山麓ちかくから開拓がはじまり、徐々に西の低地帯へ開墾の手が広がったと思われる。


 荒川まで七割ちかく六キロほど進んだころ、海の方向へむかう道にぶつかった。もう距離的に乙宝寺を通り過ぎている気がする。沼地や湿地帯が広がっているので、中間ふきんでは横断できなかった。道の周辺は微高地が続き乾燥しているので、茅葺きの農家が道にそって点在している。


 二キロ五百ほど進むと金屋集落と呼ばれる町並みに入った。すぐT字路につき当たる。右の道は荒川へ通じ、左は乙宝寺へ向かう。乙宝寺の東一帯は古来より門前町として栄えてきた。多くの参拝客でにぎあい、たくさんの軒が連なっている。


 海岸砂丘にそって胎内川と荒川をむすぶ川を乙大日おつだいにち川とよぶ。参詣人が利用が多いのか渡しがあった。


 二百メートルほど町並みをダグ足ですすむ。四つ角にぶつかった。正面が乙宝寺の境内で、仁王門をとおして金堂の大きな伽藍が見える。年を経た大木がまわりを鬱蒼と取りかこみ、歴史ある寺の雰囲気をかもしだしている。左へまがって百メートルほど進むと、右手の奥に惣門が見えた。ゆっくり右に入り門へむかう。


 手前の木立に、八頭の馬が手綱で縛られている。一人ずつ残って馬の見張りをしているようだ。馬からおりて、かるく頭をさげて通り過ぎる。こちらも一人残して見張り番をさせる。約束の時間に、まだ余裕がある。真打ちは最後の登場となった。


 惣門をくぐって、すぐ左にある客寮が会見場として誂えてあった。入母屋造りの格式ある造りだ。やはり地元の領主というべき三人が参集するのだ。お寺も十二分に気を遣った扱いをしてくれる。


 玄関前に若い僧侶が立っていた。こちらを認めると、すぐお辞儀をして引き戸をあけてくれた。中へ声をかけている。中条殿を先頭に足を踏みいれる。石を敷いた土間だった。濯ぎ用の桶が用意されており、式台に座って足をそそぐ。護衛の者は控えの間へ通されるようだ。


 二十畳ほどの広さがある畳の部屋へ案内される。席順がどうなるのか分からなかったが、我々ふたりが上座に、対面して黒川氏、左右に中条氏と色部氏が並ぶことに落ち着いた。


 中条氏が色部 勝長、黒川 清実のふたりを紹介し、二人に我々を引き合わせた。


 色部氏は五十代に入ったばかりの年令で、謙信と信玄が一騎打ちをした第四次川中島合戦で武功をあげ「血染めの感状」を受けた一人である。ひげ面で精悍な顔つきの武者顔をしている。


 黒川氏は三十代なかば、中条氏から持ちかけられた話しとあって、警戒心あらわにこちらを見据えている。史実では晴景派として長尾 政景とともに最後まで支援し、景虎の擁立に反対した。


 中条氏がこちらを見たので、頷いて話し始める。


「紹介いただいた永倉 新一と申す。本日は遠くからご参集をいただき感謝を申し述べる。話しの子細に入るまえに、拙者の略歴をご披露いたしまする。それがしは足利学校で、あまたの本や文献を熟読玩味し、古今から今日にいたる先人の知恵、知識を学んでまいった。諸国をめぐり各地の治水、治山の実相を見聞し、我が物として参った次第」


「縁ござって林泉寺の天室 大和尚の知己を得て、ただ今は景虎さまのご指南役をさせてもらっておる。皆も承知のごとく、越後はあまたの大河が山から注いでおるが、河口があるのは信濃川と荒川しかござらん。出口が二つしか無いとなると、水が澱むのは理の当然」


「景虎さまは、百姓が腰から胸まで泥につかって、田んぼの作業に心を痛められておりまする。それがしに良い知恵はないかと諮問され、長らく現地を視察してまいった次第」


「その結果が本日あつまって頂いた策に結実いたした。景虎さまは直ちに地元の領主の元へおもむき、趣旨を説明し了解をいただくよう命令をうけた次第でござる」


 ここまでは嘘の五三八。真実を高めるテクニックとして許してくだされ各々方。



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