第百一章 手 順

 平六の乱を鎮圧したので、表だった反乱は収まった。平六の軍から応募兵が三百四十名 加わったので、常備軍は八百三十名ほどになった。残った仕事は去就が定まらない城に圧力をかけて臣従させること。威圧が目的なので、常備軍と栃尾城から応援があれば十分であろう。

 

 各城からの派遣軍は役目が終わったので解団式をおこなった。晴景さまと交渉して、春日山城から応援にきた六百二十名は全員を戻す代わりに、給金の全額を負担して貰うこととした。姑息な手であったが、為景さまの口添えが大きかった。これで資金繰りに一息つける。


 椀飯おうばんの宴が催された。椀飯振る舞いと他人を盛大にもてなす成句として残っている。一同に会する広間はないので、分散してひらかれた。手厚い酒肴のもてなしに座がにぎわう。越前舞いが はなやかに舞われ、賑やかな酒宴となった。


 景虎さまはすべての宴に顔をだして将兵をねぎらった。短い期間であったが、生死をともにした連帯感は忘れえぬ絆として残ってゆくだろう。次回に召集がかかれば、勇んで参加してくれることを期待したい。


「こたびの大勝利は皆のおかげと感謝しておる。長期間にわたる苦労に、心から労いの言葉を申し述べる。今後の戦さは、個々の戦いから集団の戦闘に変わる。弓、槍、騎馬ごとに部隊を編成して、一体となって采配どおりに戦う戦法となる。各自の城に帰ってからも、練習をかさね一段と腕をみがくよう頼むぞ。一旦ことあって再び集まったときは、さらに精兵となった姿で会おうぞ!」


 城内にいる全員が見送るなか、歓呼の声におくられ縦列にならんで進んでゆく。各城へ心なしか急ぎ足で帰還していった。雪が降り積もる前に出発できて一安心だ。


 ふたたび雪が積もるまでのあいだ、一段ときびしい教練が開始された。今回は一人一人の技を磨き上げることを目標とした。


 騎馬隊は にぎる持槍の命中率のアップに、特訓の主眼が注がれた。標的の高さをさまざまに変えて、疾駆する馬上から中心を狙う。上下する視線に合わせ、タイミングよく標的めがけて槍を突く。


 長柄槍隊は槍をかまえて短距離の全力疾走。しなって上下動する槍を抱えての走りはコツがいる。何度も繰りかえして体で覚えるしかない。もちろん川打ちで振り下ろす強さを高める、とともに体力の増強をはかった。

  

 持槍隊はマムシの道三の練習法を取り入れて、狙った穴を突きさす精度の向上をめざす。動いている標的なので、動体視力も鍛える効果もある。


 根雪になってシンシン積もる日々がやってきた。屋根の雪下ろしや道の除雪など雪国とくゆうの作業がつづく。体力を落とさぬようワラで編んだ長靴でランニング。読み書き算盤の寺子屋授業を大幅にふやす。 


 長柄槍の叩き合いとなると、防具も考え直さねばならない。上から槍を振り下ろしてくるので、頭と両肩がもっともダメージが大きい。ヘルメットのウレタン緩衝材などは手に入らない。


 安全帽のように、内側にハンモックで浮かせる二層構造で衝撃を吸収し、あご紐で脱げないようにするしかない。両肩はアメリカン・フットボールのショルダーパットを応用した物を考える。


 

 年が明け、軍師殿を自宅へよび懇談した。子どもたちは隣りへ遊びに行かせる。喜々として飛びだして行った。亜希子も同席する。いつもは景虎さまも呼ぶのだが、家督相続の話しなので声をかけなかった。


「平六の乱を鎮圧して、景虎さまの評価はいちだんと上がったが、如何せんお年が十四才となると、まだ皆の目からすると若すぎると思っているじゃろうなあ」

「そうですねえ、あと二年は雌伏のときが続くと思っています」


「お主の歴史では何時のころ代替わりになるのじゃ?」

「史実では四十八年に、晴景さまの養子になる形で家督を譲られます」

「うーむ、その時では信玄坊主が信濃を固めてしまって遅きに失するかもしれんのう。弟からも諏訪が標的になっておると心配の便りが届いている」


「二年後の十六才を目標とし、我々が積極的に動かないと、史実どおり進んで、信玄に遅れをとりますね。まだ足元がよわいうちに叩いておきたい」

「でも貴方は自分にとって都合のいい思惑で事を進めようとしているようだけど、はたして景虎さまにとって良いことなの? 十六才といえば高校生の年頃よ」


「たしかに年齢的に若いかもしれないが、信長は十八才、伊達政宗が十八才、浅井長政は十五才、朝倉義景は十六才、家康はわずか八才で家督を継いでいる。前世の高校生と今の世と単純に年だけで比較は難しいとおもうよ。おこがましいが周りでしっかり補佐する人しだいと思う」


「私の中では、まだかわいい弟の評価しかできないのね」

「戦さの修羅場や外交の場でも落ち着きはらっている態度は天性のものかもしれないなあ」

 

「話しを戻して、今年いっぱいは中越と下越をしっかり掌握して、景虎さまの基盤を盤石にいたす。揚北衆の一角である安田氏も臣従してきた。そこを拠点にしてクサビを打ってゆきたいものだ」


「今のところ景虎さまを支持する主な城主は、三条城の山吉氏、栃尾城の本庄氏、栖吉城の長尾氏、赤田城の斉藤氏、与板城の直江氏、中越の安田城の安田 景元、北条城の北条氏、柿崎城の柿崎氏、揚北衆から安田城の安田 長秀、奥山庄の中条氏、本庄城陣代の小川氏の三人ですね」


「史実では、信濃の中野城主で叔父にあたる高梨氏も一枚くわわってきます。年内につなぎをとって、打診してみましょう」


「考えてみると、越後をすべて平定してから家督相続にうごく事もあるまい。有力者の大方が景虎さまを支持さえすれば、大勢は決まったようなもの。あとは、どのような手順で進めるかの問題にいきつく」


「やはり兄弟の問題となると父親の出番だろう。為景さまが積極的に動いてくれないと骨肉の争いになりかねない。景虎さまの性格として、兄者を押しのけてまで国主の地位を望まんだろう。推戴の連判状か推挙状を作成して、各城主から署名と花押をいただく。それを為景さまに突きつけて裁断をせまる。景虎さまの声望がこれほど強いのが分かると、為景さまも無視はできんじゃろう」


「せんじつ会った大熊氏をとおして、守護の出番も考えた方が良いかもしれませんね。為景さまが決断し、斡旋を守護に依頼する。守護の要請となると、晴景さまも受け入れやすいかもしれません」


「よし、その方針で進もう」


 雪解けの三月すえ、上条城の城主である上条 頼房が、宇佐美 定満とともに栃尾城を訪れ臣従を誓った。定満の満足そうな顔が印象的だった。


 四月に入ると蝦夷地の遠征がある。人選からはじまって食糧の確保、道具の整備が続く。チャーター船の一部を手直しする要望をしていた。アイヌ人にわたす友好の印は、こめ俵が最適と決まった。











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