第八十四章 募 集

 じわじわと募集が浸透しているのか、十月には百十名が新たに加わった。これで二手にわかれて模擬戦の練習も可能となった。軍師殿の采配どおりキビキビ動くようになって、統率された集団行動が取れてきたと実感できる。


 城にいる兵たちも巡邏じゅんらに出ない日は、城主の命令で参加するようになった。意識の改革はすこしずつ広がっている。


 景虎さまに立ち会い時のようすを伺った。

「こっそり忍び寄って間合いを詰めようとしておったが、断末魔の絶叫が聞こえてきて気付かれてしもうた。こうなれば尋常の勝負しかないと、腹がすわって剣を抜きもうした」

「真剣となると練習の時と心持ちは違うでしょうね」

「相手が虚勢をはって大声で吠えるので、こちらは冷静になりもうした。先生が常々おっしゃっておられた、息を大きく吸って、手の内を柔らかく保ち、刃筋を立てて強く振る。これだけを念じて刀を握っておりました」


「ほう、ふつうは頭が真っ白になって、中々そうはいかないものじゃが」

「かけ声のうらにある恐怖心が分かって、練習どおり動けば勝てると思いました」

「龍飛剣を使おうと、いつ思われた」

「さあ、とくべつ意識しておらなかった。自然と下段の構えになっておりました」


「下段から切っ先を相手の膝頭あたりに付けておりましたな」

「刀身を速く跳ね上げるためであります。練習では先生の振りに遅れ気味なので、工夫してみました」

「間合いは見切れたか?」

「相手の腰が入っておらず及び腰でしたので、振り下ろす速さは先生と練習する時と比べものになりませぬ。固く握ってふるう力任せの剣なので、刀身を跳ね上げたら握り直す一呼吸が遅れてしまう結果となりました」


「それだけ冷静に分析できるとは初めての真剣勝負として上出来でござる。先生も真剣で対峙したことがないので、景虎さまのように出来るか自信はありませんわ」

「人を斬り殺したので、もう後戻りはできませぬ。修羅の道を突き進むとの存念が固まりました」


 雪が降ってからも訓練がつづいた。ぎゃくに農閑期で暇になり、出稼ぎの感覚で農家の若者が集まってきた。当然ながら平六にこちらの手を明かさぬよう、近郊で身元がしっかり分かる者だけを採用した。


 雪解けになって農作業にもどる者も多いだろうが、一旗揚げようと残る者がいたらめっけ物だ。四月の時点で百二十四名が残った。次男や三男などは農家の跡継ぎになれず、どこか息子がいない農家に婿ではいるか、小作人として労働を提供するしか食べる術をもたない。


  鎌倉時代の前までは子どもが全員で財産をわけて相続してきた。しかし農地が細分化し過ぎて、生活が成り立たないほど零細化した結果、長子相続が足利幕府あたりに確立した。


 こうしてあぶれた者たちの受け皿として商工業に従事する者が多くなった。当然ながら武士となって一国一城の主を夢みて、武器を手にする者も現れる。ましてや乱世の時代、下克上の世界だ。


 景虎さまと軍師殿とよく話しあって、武家と農民が出身によって差別をしないことで合意していた。はじめ景虎さまが大いに反駁したが、集団戦の戦い方をくわしく説明すると、渋々ながら試してみようかと了承してくれた。


 教練は別々に行っていた。しかし模擬戦に入ると、武士出身者と何ら遜色がない。農民出身者には失うものなど無い。上を向いて這い上がるしかないのだ。気合いの入れようが違う。武士出身者の組が負けることもあった。


 その模擬戦を観戦して景虎さまは考えを改めた。人物本位の意味を理解してくれた。生まれで判断するのでなく、能力で評価するように変わった。


 武芸の訓練だけでなく天候がわるい時は室内で読み書きの訓練も行った。これまで習ってきた度合いに応じて、クラス分けをして適宜の教材を選ぶ。算数の素養くらいは付けさせたいので四則計算ではあるが......


 医師の増員は思いかげず下級武家の娘が看護婦として応募してきた。亜希子の宣伝戦略が効いたようだ。今町の自宅に住んでいたときに懇意になった針子がいた。腕がよく手直しもほとんど無く、仕上がりの時期をキチンと守るので信頼が厚かった。


 手術着はぜったい必要になると、木綿が手にはいる頃から、少しずつ注文していた。真っ白い白衣の他に、看護婦用のパンツスタイルも頼んだ。前の世では帽子は廃止されたが、やはりナースの象徴である。赤十字のマークも付けさせた。


 パンツと下駄はマッチングが悪いので、靴を考えてね、と亜希子から頼まれている。そう言えば軍装も変えたいものだ。信濃を併合できる頃までに、洋装の軍服に替えられないものだろうか。


 靴となると牛か豚の毛皮か、取りあえず鹿がいちばん手に入りやすい。皮をなめすには何が必要なのか。皮からの型取り、縫製、靴底など、クリアする課題が多い。


 亜希子がナースの制服と帽子をつけて城内を闊歩する。足の長さを強調するユニホーム姿は城内の若い子女に絶大な影響を及ぼした。制服姿にあこがれて親を口説く。上級家臣の家は体面を考えて撥ねつける。


 下級武家の娘に甘い親は、秘かに流れている為景さまのお命を救ったお方だ、との噂に負けた。四名を採用できた。


 林泉寺のご住職をとおして、入門してきた者や同門の僧侶を秘かに紹介してもらっていた。なかなか定着する者が現れない。原因は何だろうか、と亜希子は頭を悩ませている。


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