第八十五章 半長靴

 亜希子に指摘されて気がついたのが革靴の製造だ。草鞋わらじでは、戦闘に支障をきたす。藪や原野など足を傷つけやすい場所でも突入しなければならない。足の保護は、ぜったい必要だ。そして、その上にゲートルが巻ける。


 ゲートルの効用は歩行が楽になって、疲れにくくムクミも少なくなる効能がある。飛脚は脚絆きゃはんを巻いて街道を走りまわっている。陸軍も数十キロにおよぶ移動や戦闘することが珍しくなく、その効果は実証されている。米軍も使っており「硫黄島の島」では半長靴の上から巻いている。


 九郎殿に牛の飼育を話題にしたことは覚えているが、具体的な飼育は詰めていなかった。和牛はほとんどが役牛としてつかわれている。耕作の使役や荷を運搬する牛車くらいで使い道が限定されている。

 

 ウシの食用を禁止する命令を朝廷が鎌倉時代まで繰りかえして発令してきた。それほど禁止令が頻繁にだされるのは、食べることに抵抗はなかったことを意味する。こちらの腹づもりでは学校制度が発足したら、給食の献立メニューにいれて子どもたちから拒否反応をなくしていこうと思っている。


 今回は肉食よりウシの革を目的としている。東北地方はアイヌ文化とのつながりが深い。アイヌは獣皮をなめして靴などの日用品に使っている。越後にも技術は伝承されてきているだろう。九郎殿に確かめてみなければならない。


 鶏卵場を増設しているのだから、ウシの牧場も勧めよう。取りあえず、なめし革が必要だが馬でもじゅうぶん使える。前の世で革靴の原材料はウシ革が多かったが、馬の革も高級品に使われ珍しくない。馬はウシに比べて運動量が多いので、皮はうすいだろうが、強度は遜色ないはずだ。


 うん? 考えてみれば馬の鞍の材質は革だ。これだけ騎馬武者がいるのだ。自分も乗馬の練習で日常的に使っている...... 全くの盲点だった。皮をなめし、型にあわせて切断し、縫い合わせて整形し鞍を完成させる。靴の工程と基本的に変わりはない。


 九郎殿に職人を紹介してもらう。イメージ造りのため久しぶりに仕舞ってあったスニーカーを取りだす。あれから六年の歳月が経ってしまった。色が褪せてきている、過ぎ去った歳月の重みを感ずる。亜希子も一緒に取りだしたが目を潤ませていた。


 大量生産しなければならないので九郎殿にも立ち会っていただく。形状は半長靴を

考えている。半長靴はくるぶしと膝の中間くらいの高さがあるが、くるぶしから十センチほどあれば十分だろう。ざっと平面図、側面図、正面図、背面図をえがく。


 腕は保証すると、一人の親方を連れてきた。スニーカーを見ると、手に取ってシゲシゲと見つめ始めた。横から下からと細部まで念入りにチェックしている。


「ほう、これは履き物でござるか?」

「さよう。材質は木綿とおなじような布地から出来ておるが、これを馬の革で作ってほしいのじゃ」

「これはまた、難儀な注文でござるな...... 」

「製作の手順はわかっておる。まず木を削って足の型を作る。桜の木が柔らかなので加工し易いと思われる。足の採寸は、こちらでおこなう。何せ、これだけの人数が城に詰めておる」


 亜希子がつけ加えた。

「この時代の人たちは栄養状態が悪いせいか、平均身長は百六十センチを切る人が大部分ね。私より背が低いんだから女性用の靴サイズで間に合うと思うわ」


「採寸は採寸ゲージを作り きちんと計測して、平均値を取るべきと思う。だけど前の世では S、M、L と三つのサイズで汎用品があったね。サイズが少々合わなくとも、靴下を重ねるか、敷き皮で調整できるだろう。まして靴紐で締め上げるから、少々大きめでも大丈夫だろう。どうしたら量産できるか考えた方がいい」

そうか、靴下も作らねばならないのだ。


「取りあえず平均的なMサイズの足型ができたら、そなたへ渡す」

「そうですなあ。ながねん鞍を作ってきた経験から、どうやって作るかと頭をひねってるんじゃが...... 試しにやるとなると」


「まず木型に紙を貼ってみるか。そして紙にどう切るか、線を細筆でひいてゆく。この、へんてこりんな履き物じゃが、あちこちに縫い目がついておるなあ」


「よく見ると、つま先と脇の面、舌のかたち、かかとが丸く斜めに切り込んで脇の面と当っちょる。かかとの部分だけが硬くて、他は柔らかなのは、何か意味でもあるんじゃろか?」

「ああ、かかとが硬くないと自分の力だけで立たなければならないので疲れます。かかとと土踏まずの二箇所は硬いほうが良いんです。ベロの部分は柔らかくないと足首が自由に曲げられない」

と亜希子がフォーローした。


「出来ればつま先も硬いほうが有難い」

と便乗する。


「芯材をいれて硬くするしか手は無さそうじゃ。つま先と、かかとは丸い形になるのんじゃなあ。ここは真ん中の下から、クサビ形の切り込みを入れれば何とかなるじゃろう」


「見たところ、六つほどに革を切って縫い合わせることになろうかな...... 一度それぞれ分けて切っていって、厚紙を貼ってみて仕上がりを確かめるしかないな」


「それに貼り合わせるとなると、貼りしろが要るでな。まあ三分三厘一センチあれば良かろう。それに合わせて革をぶった切る。うまく木型に合うか、仮止めして確認する必要が出てくるじゃろう」


「縫い目は表にだして良いじゃろか?」

「できれば隠したいところですが、無理にとは言えません」

「うーん、それはムリ、ムリ」


「二枚の革を貼り合わせるんじゃ、段差が出ぬよう「き」で、革の端をうすくする作業もある。ほんまに難しい仕事を頼まれたもんだ」


 九郎殿が

「親方、出来るのはお主しかいないと、わしが見込んだんだ。この履き物は戦にぜったい必要なもんじゃ。これを見事に作り上げてみろ。日の本一の職人と、もてはやされて、末代まで名を残せるのじゃ。金ん玉をもってるなら、気張ってやってみろ!」


「そこまで言われて断ったら、俺の名がすたる。よし、承知した。かならず物にして見せるわ。じゃあ、この履き物は借りてゆくぜ」

「引き受けていただき、まことにありがとうございます。こちらも出来るだけ木型を早くお届けいたします」

「おお、合点の承知の介よ。帰ったら、さっそく革の手配をしておくわ」


 次の日から城に詰める百人の採寸に取りかかった。手分けしてやったので、一週間で終わらせた。集計した結果、亜希子の話では女性サイズの三種類となった。Sサイズは長さ 22.5cm 幅 22.0cm、Mサイズは長さ 23.5cm 幅 22.5cm、Lサイズは長さ 24.5cm 幅 23.0cm に統一した。これ以外のサイズは特注品として別あつらえになる。


 すぐMサイズの木型を大工に依頼して三日後に親方へ届けた。あれこれ試行錯誤を繰りかえして、仮縫いの靴が完成したのは、ふた月後であった。その間、九郎殿は職人の手配や見習いの募集、そして工房の立ちあげに走りまわった。



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