第四十六章 棹銅と山師

「次ぎに銭をかせぐ方法でございます。ご承知のとおり明への輸出品は銅、硫黄や刀剣で、輸入品は明銭の永楽通宝と生糸でございます。まず銅は日本の技術が低くて、粗銅と硫黄を分離するていどしかできません。

この粗銅のなかに銀がふくまれております。明は分離して銀を抽出して技術をもっております。これで銅にしては高いが銀にしては安い価格で取引されております」


「これを解決したのが五十年後に大坂の商人で、南蛮吹きを開発して銀と銅の分離できます。この南蛮吹きを越後で行います。この明へ輸出する銅を購入しますと、黙って銀が手に入ります。

輸出用の銅のかたまりは棹銅さおどうとよばれる棒状の塊です。越後で棹銅を買い付けますと、当然ながら明は購入価格をあげてきます。価格競争がおき値段は上昇します。

さいごは輸送費の勝負となりましょう。ただ、銅は次の一手にぜひ必要な物です」


「永楽通宝は明では生産を中止しています。正規の通貨として使っている銭は入ってこなくなります。通貨は不可欠ですので、模造した私銭が各地で鋳造されるようになります。

これらは品質がおとって鐚銭とよばれますが、素材は銅ですので通用はいたします。幕府や大名が撰銭令をだして、良銭と悪銭の交換レートを定めたり、製造を禁止していることはご存知のことと思います」


二人はだまって聞き入っている。

「最終的に、貯まった銅をつかって銅銭を発行しようと考えております。永楽通宝より質のたかい銅銭、さらに銀や金の通貨をはっこうして、まず領内に流通させます。これまで出回っていた銅銭を回収して、それを溶かして原材料に変えます。きちんと品質管理さえすれば、きっと全国にひろまる通貨となりましょう」


徳川幕府は千六百三十六年に「寛永通宝」を発行して、外来銭を一掃させた。本音は紙幣の発行だが、今の段階では時期尚早だろう。


「蔵田氏、あなたで無ければ博多や堺など明と交易している湊と手づるがとれません。貴殿のはば広い人脈がぜひ必要なのです。もちろん青苧の決済は、従前のやり方を踏襲されて結構でございます。棹銅は別ルートの取引となります」


「棹銅が手に入りましたら、荒浜屋をとおして銀の分離をさせます。南蛮吹きは今のところ私の頭にしか存在しません。蔵田氏は晴景さまのご関係で、この作業には関わりを持たぬ方がよろしいかと思考いたします。為景さま、如何でありましょうか?」


「銭を鋳造すると申すのか。恐ろしいことを考える奴じゃなあ。通貨の発行は、もう少し考えさせてもらおう。幕府や朝廷との兼ね合いもある。長尾家だけの判断で出来るものなのか即答はできぬ。

銅から銀をひねり出すとは面白い発想じゃ。長尾家にとって損な話しでない。棹銅から手をつけるに異存はない。五郎左、晴景に内緒で動いてみろ」

「はっ、ご隠居のお許しをいただければ、拙者さっそく手をうちまする」


「製造する場所は何処がよろしいでしょうか?」

「荒浜屋は柏崎だったな。湊から離れるのと運搬が大変だろう。柏崎からすこし内陸に入ったところにある北条城や安田城はわが陣営だし、長岡近くの栖吉城や栃尾城も味方だ。まわりに味方が多いので、防御も楽じゃ。あの辺りで良いと思う場所をお主が選定すればいい」

「はい、かしこまりました。候補地をみつけて判断を仰ぎます」


「では三つ目でございます。蔵田氏、山師を紹介していただきたい。鉄の鉱山が越後にございます。たたら製鉄は砂鉄から製造します。鉄の塊が眠っている山がございます。その場所は知っておりますが、どのように採掘するか、どこに鉱口を設けるとか専門的なやり方までの知識はございません。

山師が現地を見て採掘を指導する必要があります。武器にもちろん使えますが、農機具をはじめ様々な分野に鉄は必需品でございます。豊かな越後を造るためにも、ぜひ採掘しなければなりません」


「ほう、鉄のかたまりを山から掘り出すというのじゃなあ。砂鉄を集める手間はたいへんじゃ。かたまりになっているなら掘るのは大変じゃろうが楽なものだ。鳴海金山も軌道にのっている。その手をまわすことは可能じゃろう」


「山師は隠れた鉱物をさがすのが元々の仕事でございます。場所が特定できるなら、鉱脈を見つけるのが苦労せずに済みます。さっそく手配いたします」


「ただ場所が加治川の上流にあたります。揚北衆の本拠地あたりに有るのが危惧されます」

「そうか、ただ鳴海金山も入り口は揚北衆の勢力範囲にある。いずれにせよ、彼らは頭の痛い問題だな。」


 この鉱山は赤谷鉄鉱山、最盛期には年間十万トンの生産量を誇っている。新発田駅から赤谷まで国鉄赤谷線が走っていた。東赤谷まで加治川の流域を走るので、道もそれなりに整っている。城や砦も散在している。いずれも反対派の勢力下にあるが...... 東赤谷から鉱山までの四キロほどを整備すれば鉱石を運び出せる。


 虎千代さまが独り立ちするまでに、揚北衆の一角だけでも切り崩したい。その為にも軍師どのの招聘をどうしても成功させねばならない。


 夜は為景さまが気を遣ったのか、席をもうけてくれた。城主の山吉 政久さまも同席したので、こちらも緊張して聞き役に徹する。為景さまは晴景さまの振る舞いを気にしてか五郎左衛門にさかんに質問している。


 虎千代さまの存在が頭の片隅に入って比較対照しているのだろうか。蔵田氏も一応 主君の評価はあからさまに言えないのか、当たり障りのない返答をしている。 



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