第四十五章 木 綿
寺泊へ直行でなく、柏崎の九郎殿の本店に寄る。
「これは、これはお揃いで。なにか、ござったかな?」
えへん、と咳払いをして打ち明ける。
「本日は九郎殿にお願いのすじがございまして、まかり出ました。あのう、そのう」
もう一度、ゴホンと喉の風通しをよくする。なにか、声がスムーズに出てこない。
九郎殿も不審げな顔を向けてくる。
「じつは結婚式のことで...... 」
「結婚式? だれの結婚式だ?」
もっともな質問だ。となりで古倉さんが焦れったそうに視線を送ってくる。
「ええと。某と、こちらの女性ということで」
「何じゃと! お前さん方、夫婦じゃなかったのか?」
「ええ、早い話しがそういうことで...... ]
「早いも遅いも、そんな話しがあるってかよ?」
「知り合って、まだ二十五日しか経っておりません。昨日おたがいの気持ちを確かめ合って、結婚する意思を固めました。ぜひ彌彦神社で誓いの式をあげたく、九郎殿に一肌ぬいでいただこうと、お願いにあがりました」
「そりゃあ、めでたいことだから、いくらでも手を貸すけれど。フーン、お前さん達、そんな仲だったんだ。そういえば、お浜が妙なことを言っていたな。あの二人、まだ体の関係はないよってな。そんな馬鹿な、と笑って一蹴したけど、女って鋭いもんだな。こりゃあ奥が浮気をみつける勘をバカにしちゃあいけねえな」
そうか、お浜さん見抜いていたんだ。
「それで、いつ式をあげたいんだ?」
「こうと決まれば、早ければ早いほうが良いんですが...... 」
「そうか、そうか。その気持ちは、よう分かる。こんなイイ女が横にいて、手出しができねえ辛さ...... 俺なら、すぐ押し倒してしまうけど、先生はよう我慢したな」
横で古倉さんがプーと吹き出してしまった。
盛大な三人の大笑い、ぼくはすこし情けない笑いだが......
「明日、為景さまと蔵田氏の話し合いがあります。その日に帰れるか城で一泊になるか分かりません。遅くとも次の朝には出発できると思います。準備があるから、その日は彌彦神社の近くにある宿をとって、次の日に式を挙げるのはどうでしょうか?」
「式に参列する人はどうする?」
「だれも知りませんので二人だけの式にします。できれば九郎殿にはぜひ参加をお願いしたいのですが」
「もちろん喜んで参列させてもらうぞ。先生こうしたらどうだ? 先生は大事な会合があるから、このまま寺泊へ出発する。ご内儀とお菊は支度もあろうから、ここに残って準備をする。明後日の晩は彌彦神社の宿で合流する。
寺泊の店の者に、彌彦神社へ行って、しあさっての式を段取りするように指示する、手紙を書くから店の者に渡してくれ。
それにしてもバタバタして、せわしない結婚式じゃのう。まるで出来ちゃった婚みたいだ」
この時代にもあるんだ。もっとも人間の営み、時代が変わっても、することは同じだ。
「まあ、先生とお内儀の晴れの舞台じゃ。ほんに善は急げ、のとおりじゃ」
「本当にこちらの我が儘で、お手数をおかけいたします。このとおり」
と古倉さんと揃って頭を下げた。
「良いって事よ。かたくるしい挨拶など水くさいぞ。この九郎殿に任せておけって」
と胸をポンと叩いた。
そのような次第で、一人で寺泊へ出発。九郎殿の手紙を店の者へ手渡す。その晩は前回の宿で一泊した。
三条城は昼まえに着くよう見計らって出発する。午後と言われたけれど、時間はあいまいだ。前の世は昼休みがあるから午後といえば十三時からになるが、昼休みの習慣があるのかも分からない。
早めに行くに越したことはない。先日の対面所に通された。しばらくして四十代前後の恰幅の良い男性が入室してきた。これが蔵田 五郎左衛門か? 紹介もないので、かるく会釈に留める。
襖が開いて為景さまが入ってきた。二人が並んで平伏する。
「おお、揃っておるか。五郎左衛門、こちらが永倉と申す者、虎千代の教育係の補佐をしておる。永倉、お主が五郎左衛門を指名したのだ、顔はすでに知っておるじゃろう」
「永倉と申します。お名前はかねてから伺っておりましたが、お目に掛かるのは今日が初めてでござります」
「蔵田 五郎左衛門でございます。お初にお目にかかり申す。今後とも、よしなに」
「よし挨拶が終わったところで、お主の希望でもうけたこの席じゃ。その方から話しを進めてもらおう」
と、こちらに話しを振ってきた。
「では三点ほど献策させていただきます。いずれも越後の国を富ませ、財政を潤してくれるものでございます。是非おきき届けて下さいますようお願いします。
まず第一点は木綿でございます。越後の国は、青苧で大いに豊かでございます。さらに木綿を生産しますと、より以上 国力が潤沢になります。この木綿は三河の国で栽培が始まっております。この良さが各地でわかって、全国あちこちに広まってゆきます。ここは先手必勝でございます。蔵田氏の手づるで、ぜひ種と栽培法を取得していただきたい」
「木綿とやら?」
「はい、これから取れる繊維は麻より柔らかく水を吸い込む力も各段でございます。
すぐさま麻にかわって席巻するでありましょう。この繊維は戦にも様々に貢献してくれます。必ず手に入れなければならぬ物です」
「五郎左、お主は伊勢神宮御師を今でもやっておるのう?」
と為景さまが問うた。
「はい伊勢神宮への参詣の案内や祈祷のお世話をしております。そうじゃ、伊勢の蔵田紀伊守が某の縁戚でございます。さいわい伊勢と三河はとなりの国、彼に頼めば何とかしてくれるでしょう。さっそく文を送ってみます」
「そう願えれば大変ありがたい」
「承知つかまつった」
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