第十七章 ソーラーチャージャー
翌朝、ご住職のもとへ古倉さんと共に報告へ行く。益翁さんも同席した。荒浜屋との話し合いの経過と結果を中心に述べた。府中の今町にある荒浜屋の別宅を借りられる話になると、安心したのかとても喜んでくれた。檀家総代へは荒浜屋の話しの結果によると考えて、未だ相談していないとのこと。
「荒浜屋も商売人とあって、先を考えて思い切った決断をしたものじゃのう」
「はい、頭も切れますが肝のすわった人物とお見受け致しました。利と利の付き合いだけでなく、もっと深いお付き合いができればと思っております」
「そうじゃ、お互いの目標をたかく掲げて力をあわせて進んでもらいたいものじゃ」
「お二人のご期待に背かぬよう精いっぱいがんばります。ところで、虎千代さまの日取りはお決まりになったのでしょうか?」
「うむ、十五日と定まった。そこで今後はどのように進めてまいろうかな?」
「ご方丈さまの胸の内しだいでございますが、私の考えを述べて宜しいでしょうか?」
「うむ、そなたの存念を聞きたい」
「将来、戦の神と崇められる虎千代さまであっても今は六才の幼児。体も頭脳も成長の途中でございます。過度な鍛練をすると体を損ねてしまいます。そこは医者である妻の方が専門です。わたくしは十才まで林泉寺で、伸びやかに、また健やかに養育することが大事なことと考えております」
「武士としての修行はあとでも良いと申すか?」
「午前中は寺で修行いたします。心の拠り所となる仏教の真髄をまなぶ。そして武士としての嗜みと所作、和歌や書道などひと通りの教養を身につける。これらは私にはできません。ご方丈さまの薫陶が虎千代さまのご人格をさらに磨きをかけるものと信じております」
「将たる者は部下を戦で率いるだけでなく、部下を愛し労る心がなくんば、部下は付いてこない。その心を養うことに拙僧も異存はない」
「わたしは午後からお相手をつとめさせていただきたいと思っています。これまでの歴史のながれ、これからの時代の趨勢をお教えいたします。私が関わることによって、将来は歪んでくるでしょう。将来の歴史を知っているからといって、史実どおり歴史が動くとは思いません。私にとっても未知の世界が待っております。しかし時代の大きなウネリは変わることがないでしょう。それを信じて、平和な社会を造る夢にむかって進んでまいります」
「そのような世界が実現できるよう拙僧も及ばずながらお手伝い致そう」
「ご方丈さま、虎千代さまは生涯、女性を近づけませんでした。いろいろな説が流されています。お子さまを得られませんでしたので、お亡くなりにあったのち、後継者をめぐって大きな争いがおこりました。あちこちの町や港が内戦に巻きこまれ、民は塗炭の苦しみをあじわい、国も衰微いたしました。私は家庭的な潤いの体験が少なかったのも大きな一因と考えております」
「僧なら
「それを回避するため、我が家にも来ていただき、夫婦のしあわせ家庭の楽しさの一端を幼きころより体験させることも重要と考えております。そうじゃな、亜希子」
とつぜん話しをふられて一瞬ことばに詰まったようだったが、そこはドクター臨機応変の体験は慣れている。
「左様でございます。幼きころ見聞きした経験は心の奥底に沈んでゆきます。家庭という拠り所、安心できる場所があることが、いかに精神の安定と発達に寄与するかは幾多の症例が証明しているところです。虎千代さまにも女性の素晴らしさを是非お伝えしとうございます。私も力ございませんが、お手伝いさせてください」
「お主たちの考えは承った。益翁の意見も聞きたいので、この場はこれまでにしょう。明日は昼から今町へ出発だな。行く前までに結論を伝えよう」
「改めましてこれまでのご厚情に感謝もうしあげます」
と二人で両手をついて頭を下げた。
昼から益翁さんに浴堂の話しを聞いた。寺の
そうなると古倉さんも大勢の者と一緒に浴びたのか? 荒浜屋の別宅に風呂の設備があるかどうか知らない。五右衛門風呂の話しは聞いたことがある。弥次喜多道中記で、蓋を底にしずめるのが分からず火傷をするエピソードがあった。風呂が無かったら、古倉さんの為にもぜったい調達せねばならない。朝シャンを欠かさず励行してきた。頭を洗ってサッパリしたい。これも布団と重要度は変わらない。
一度まえの世に戻れたら、何を持って帰るか。しょうもない考えを夢想する。
納戸にもどると
「あらっ! 水浴びしてきたのね。さっぱりした顔になってる。汗臭さも消えているし」
と鼻をクンクンさせている。
「残念ながらつめたい水で、石鹸がないから気分は半分だけど...... 」
「わたしもシャンプーで髪を洗いたいわ。自慢できるのは髪くらいだから」
「ご謙遜でしょう。上下左右どこから眺めても、欠点らしきところはどこも見当たらないよ。モテていたんだろうなあ」
「うーん、ピンとくる男の子に出会うチャンスがなかっただけ」
「考えてみると、前の世では二人はぜったいに会わなかったと思う。ドクターなんて
高嶺の花で縁のない人種だし、ぼくは技術者として好きな技術が発揮できる会社のサラリーマンなると思っていたから」
「そうねえ、考えると不思議な縁よね...... だけど新一君で良かった。中年の親父さんや、あたまの薄い人だったら、どうしていたかしら? ウフフ」
うーん、これは俺が合格点をもらっていることだろうか。まだまだ手探り状態だ。
「それからスマホ充電しておいたから。中は開いてないから安心して」
「ええっ、どうやって?」
「ソーラーチャージャーを持ってるの。一度バッテリーがあがって往生したので、旅行のときは必ずバックパックに入れているわ。五つの面を折り畳んで一枚にできるし重量も気にならないほど軽くて重宝している」
「スマホが使えるとは思いも寄らなかった。この世界にきっと役立つデータが保存してあるんだ」
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