第十章 管鮑(かんぽう)の交わり



「さて、お互いの品さだめも出来たようですので、用件に入らせていただきます。

二人だけの話として、私も腹をわって本音で打ち明けますので、覚悟をきめてお聞きください」と前置きした。


「長尾為景さまがご隠居され、長男の晴景さまが家督をお継ぎになられました。虎千代さまは林泉寺に入門し、仏道修行に励まれようとしております。はっきり申しあげますと、晴景さまの器量では、この弱肉強食の世界において越後を率いてゆく力はご無理と思われます。早晩ゆき詰まって越後は乱れにみだれてしまうでありましょう」


「晴景さまの噂はそれとなく伝わってきますが、病弱で気弱なお方と噂されておりますな」と声をひそめた。

「残念ながら家臣をまとめきれず、遠からず虎千代さまが後継者となられましょう。

林泉寺のご住職と相談いたしました。争いのない国作りのため武将として歩むべく定めなら、及ばずながら応援するとのご返事をいただきました。微力ながら私も虎千代さまが華も実もある武将に成長できるよう尽力する決意です。必ずや越後の当主として立派に育てあげる覚悟でございます」


「林泉寺のご住職は僧侶にしておくのが惜しいほど多才多芸のお方でござる。虎千代さまの精神的な支柱をしっかりと訓導なされましょう。しかし所詮は僧、軍事や政ごとなどお教えできないでしょう」


「虎千代さまは戦について、生まれつき具わった才能を持っておられます。これは

 教えたり勉強して身につくものではございません。まさに戦の天才とよばれる天稟てんぴんを示してくれましょう」

「それは越後にとって頼もしいこと、われわれ商人も安心して商売に励めますなあ」


「私は越後一国で満足すべき、お人と思っていません。この乱世汚辱の世界を一つにまとめあげ、戦のない平和な世の中をつくる使命をもったお方と信じております。天下をめざすには多種多様な人材が必要となります。侍だけで国を経営できません」

「そこに某が一員として手を貸せと仰るのか...... 」


「ひとたびこの世に生まれてきて、片田舎でくすぶって生きるも一生。天下を統べる人のため、自分の夢をたくして走り抜けるのも一生。荒浜屋さん、どちらをお選びになられるか?」


「面白きこともなき世を面白く生きる!まさしく男が命を賭ける生き方であるのう。

お主も若いくせに人の泣き所をつついてくれるわ。わあっはっはっ!」

 うん、どこかで聞いた文句、高杉晋作の辞世の句に微妙にかぶる。


「私は故なく、今のせかいに参りました。林泉寺には心細く妻が待っております。

ふたりで泣いたり嘆いたところで、ここで生きていることが変わることはありません。それなら自分たちが精いっぱい生きて、証を立てようと思いが定まりました。虎千代さまと出会う運命だとしたら、二人の夢をかがけて成就すべく頑張ります」


「最初の言葉が、どういう意味なのか分かりもうさぬが、話せない事情がお有りと察する。先ほどの時計とやら、あれを見せられたら今の世で作られた物とは思えん。

まあ某の曇りなき心底が見えたとき、打ち明けてくれることもあろう。これ以上は詮索せぬ。それで某に何を望まるるや?」


「荒浜屋さん、商売で困っているのは、どのような点でしょうか?」

「一番困るのは戦で町が焼き払われることじゃが、そのような分かりきったことを聞いておらんじゃろう。他にもたくさん有るが、一番というと港の整備や、物資や人が往来する街道が貧弱なことでしょうな」


「私もはじめて街道をあるいて柏崎まで参りました。さいわい天候に恵まれましたが

雨が降れば泥んこ道、道幅は狭く街道とは名ばかりですね」

「それで海運が盛んとなったが、内陸部の産物を港に集めるのに往生しとる。戦だけに金をつかわず、こちらにも廻してほしいと皆が思っとる」


「これらを整備するには公金を支出しないと出来ません。各地に産物をつくることも大事ですが、運搬する道がこんな状態では滞ってしまいます。民のための名目では公金を出すのは難しいでしょうが、大軍をすみやかに移動させると大義名分を立てると反対する者はいないでしょう」


「政ごとの駆け引きを心得ておるとは、お主もやるのう」

「天下をめざすためには国が富んでなければ頓挫してしまいます。国が富むとは民の暮らしが豊かになることです。策はたくさん有りますが、荒浜屋さんのお力添えがぜひ必要なのです」

「どのようなところですかな?」 


「この先の話しをする前に、断っておきたいことがあります。夢のような話しをした後に、実は、と願いごとを持ち出すのは、私の気持ちが治まりません。言いにくい事柄は事前に了解をえてから、先の話しを進めたいと存じます」


「うむ、詐欺師のようだとのお気持ちかな...... では某から持ちかけてみようか?

お二人の活計たつきであろう」

「たつき?」

「生計、家計といったところか」


「ええっ、何でお分かりになられた?」

「ふふ、召されている衣服がしっくり着慣れていない。そして先ほどの言葉。今までの話し方。そして時計とやら。虎千代さまは確か元服前のはず。その方が間違いなく越後の主となる、と確信している話しっぷり。あれや、これやと考え合わせてのう。

お主もしかして...... 」


「それ以上は止めてください。確かに言われてみると、私の話しは辻褄があわないところだらけですね」

「それで...... 」


「今のところ、ここまでで勘弁してください。二人が管鮑の交わりと思えたとき、真実を話すときが参りましょう。いま林泉寺に厄介になっております。女人禁制の寺に、妻とふたりが居候するわけにいきません。虎千代さまが家督をお継ぎになる時が、必ずやってくるでしょう。あと少なくとも数年の雌伏の期間がつづくと考えております。この間のご援助をお願いしたい」 

じっと荒浜屋の眼を見つめる。


 ふっと目をそらして荒浜屋が言った。

「なぜ、ご住職が長尾家の御用商人とも言える 蔵田 五郎左衛門の名前を出さなかったのだろう」


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