第十一章 商売のネタ


 思わず目がパチクリしてしまった。

「蔵田 五郎左衛門は祖父の代から襲名して府内で商いを営んでおる。その名は、越後はもとより遠く京まで知られておりますぞ。越後の青苧を掌握している越後苧座の管理のすべてを担っておる。集めた青苧は天王寺苧座が一手であつかい、独占して買い上げと販売を握っている。その上に京の三条西家がいてのう、上納金を得た見返りに 誰も手が出せない、お墨付けを与えておる」

「青苧がそのような仕組みで動いているとは...... 」


「ここに為景さまがご介入なされた。上納金を大幅に減額させ、さらに越後苧座が京へ搬入できるよう認めさせた。そのうえ青苧を購入するため、港を訪れる船に対して課税して交流の支配権を確立なさった。この裏に蔵田 五郎左衛門が大きく関わっているのは間違いない。長尾家の財政を支えている大きな収入源となっておる。某も一角に食いこもうと手をうってきたが、未だ柏崎周辺しか力が及んでおらん」

「為景さまも中々の遣り手ですね。さすが越後の国をまとめ上げた一廉の人物は目の付けどころが違う」


「五郎左衛門は伊勢神宮御師の出ともいわれておる」

「どのような手づるで越後に根をはったのでしょうね」


「こう考えてゆくと、お名前を出さなかった理由は晴景さまに、はばかったのか......

評価がどうあれ、晴景さまは歴とした長尾家のご当主でござる。長尾家の財政を支援している大事な金づるに、謀反とも取れかねぬ発言する人物を紹介するわけには行かぬであろう」

「なるほど林泉寺は長尾家の菩提寺。ご住職の立場として蔵田の名前を出すのは難しいことが分かりました」


「某も一介の商人風情にすぎぬ。頼み甲斐があると見こまれたのなら男 意気に感ずるというものじゃ。はっ!はっ!はっ!」と豪快に笑った。

「私も感心しています。青苧の裏の仕組みまでつかむ情報力と、私の正体まで見破る

洞察力、常人ではできません」

「いくら褒めても何も出ぬぞ。話しは長くなりそうじゃのう。今夜の宿は決まっておるのか?」

「伴の彦兵衛に心当たりがないか、後ほど聞こうと思っておりました」

「それでは気に召すかわからんが拙宅ではご不満か。朝まで語り合いたい心地じゃ」

「滅相もございません。荒浜屋さんが宜しければ、お言葉に甘えさせていただきます」

「そうと決まったら今夜は歓迎の宴でも催そう。寺のしんき臭い精進料理では若い者は元気が出ぬぞ」


 さっそく手代をよんで、あれこれ料理の指図をしている。この時代の料理について興味がある。前の世と比べて、どんな違いがあるのか。思わぬ発見があって、商売のネタが見つかるかも知れない。前の世では新潟県は有数の米どころとして有名だった。来る途中でみた関川のようすは、干潟や池沼がいたるところにある湿地帯だらけだ。新潟では深田といって胸まで浸かって田植えをしている写真を見たことがある。これでは田んぼとして、どれだけ有効な土地があるのか心配になる。


 重機がない時代に大規模な河川改修や灌漑を施工するには人海作戦しかない。

常設の戦闘集団と、インフラ整備に割ける人員、新たな鉱山に携わる人間、新規産業に従事する人々、さらに農作業をいとなむ人数をどう割り振りするか? 富める国を造ることで人を呼び寄せる政策と、幼児の死亡率が下げることで人口を爆発させる医療政策の両だてしかない。戦場で傷つく人の治療と回復で、損傷を最小限におさえる。ここは古倉さんの得意の分野だ。


 夕食は三時すぎに始まった。女中がお膳をはこび、置いてゆく。二つの膳がならんだ。港町とあって新鮮な魚介類がとれる。中皿に盛られたヒラメと思われる白身魚、タコとアワビの刺身。大根の細切りとシソの葉が添えられている。小ぶりの鯛の塩焼き。里芋、ゴボウ、大根、青野菜の煮物。大層はりこんだのか、この時代にきて日が浅いので判断に迷う。ただ精いっぱいのおもてなしとの誠意は感ずる。


 お膳が並んだところで、神社で神前に供えられている白磁の瓶子へいじと盃が運ばれた。まだ徳利は出回っていないのか?

「邪魔者はいらぬ。今宵は二人だけの宴にしようぞ。無礼講でゆこう。さあさあ、

盃を満たせ。乾杯しようぞ」

と手酌で酒をつぎ始めた。こちらも瓶子をかたむけ盃に注ぐ。うーん、濁酒である。

ああ、まだ清酒は開発されていないのだ。

「では二人の出会いと、今後のよしみを願うて。乾杯!」

「乾杯!」と声をあわせて盃をあける。


 酒に甘口と辛口があるが、味はまちがいなく辛口でちょっと酸味まで感じてしまう。前の世ではつきあい程度に飲むくらいで、下戸の部類にはいる。謙信の酒豪ぶりは知られているところ。酒のつきあいは無理っぽい。


 久しぶりに新鮮な魚をたべて生き返った思いがする。古倉さんに申し訳ないが箸がどんどん進む。なにかお土産を見つけて帰らなければならない、と心に刻む。ただ刺身につける調味料はショウガ酢、まだ醤油は製造されていないようだ。造り方がわかれば新製品として開発できるのだが...... 味噌のたまり汁が始まりは覚えている、研究する価値はある。


 うん、これで幾つ製品化のネタを発見したのか? 徳利、煮物に入っている椎茸も人工栽培が可能。煎茶があったし清酒もそうだ。醤油もまだ使われていない。謙信といえば「敵に塩をおくる」エピソードが有名だ。製塩の効率化も冬期間をのぞいて可能だろう。どれも手法は分からないが、製品は目にしているのだ。特産品を開発し産業として育成する商品はたくさん見つけた。


 荒浜屋さんも飲み食い健啖ぶりを発揮している。酒がはいって、ますます上機嫌に

なってきた。なにか屈折した思いが晴れた様子がみえる。将来のあかるい展望が見えてきたのだろうか。商人なら利にさとい。損して得とれ、元々は損して徳とれ、が正しい用法だったとか。これから数年、十年、数十年の付き合いになるかも知れない。

利と利だけの関係なら、いつしか馴れと甘さが芽生えてくる。


どちらに向かうか、常にタガを緩めず向きあってゆかねばと心に決める。



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