第七章 協力者その一
先立つものがない。衣食住に欠かせぬ出費をどう捻出するか、自問自答する。
知識をいかし武家の子供におしえて授業料をいただく方法は、目立ちすぎるとの恐れが大きい。虎千代さまは、あくまで僧として修行する立場にある。
晴景さま一派の懸念材料をふやすことは得策でない。お寺には長尾家から菩提寺としての扶持を貰っているだろうが、修行僧もかかえ寺のやり繰りは厳しいと思われる。
こうなると、外部の有力者から援助を受けるしかない。金を持っているのは商人。
長尾家の御用商人がいるか分からないが、軍団の経済を支えるのは金と青苧とおぼえている。
青苧はイラクサ科の多年草で、茎の皮からとりだした繊維で織ったのが越後上布。木綿が普及していない戦国時代では、一般庶民の衣料として多用され人気があった。青苧をあつかう商人に利をといて金をださせる。説得材料はいくらでもある。
「方丈さま、私どもの今後の身のなりふりを思案しました。衣食住の糧を得るため、ご紹介していただきたい人物がございます。この辺りで長尾家にも顔がきき、物産の商いなど手広くあつかっている商人をお教え願います」
「お寺に迷惑をおかけできませんので、私どもの才覚で自分たちの生計をたてます。どなたか、お心当りございませんでしょうか?」
住職と益翁さんが無言で顔を見合わせた。二人が深刻な顔で考えこんでいる。
やっと益翁さんが住職へむかって
「方丈さま、うちの檀家で柏崎にすむ荒浜屋は如何でしょうか。青苧を手広く商っており長尾家に顔つなぎしていると聞き及んでおります」
「そうそう、荒浜屋がおったな。金もうけも上手だが、面倒見がよくて商人らしからぬところがあると評判だ。良い返事をもらえるやも知れぬ。どれどれ一筆認めてあげよう。元より素性をあかす積もりはない。拙僧が保証する男なので話しをきいてくれ、との紹介状だ」
「はい、わたしが荒浜屋の利を訴え、きっと術を見つけます。もちろん、お二人が推薦するお方、人物に間違いないと存じます。私の素性を明かすに足る人柄かは確かめさせていただきます」
「柏崎まで十一里ほどある。五刻ほどかかる。寺男に案内させるが、話しが長くなると帰りは夜道になる。明日の朝はやく立った方がいいじゃろう」
「かしこまりました」
益翁さんが廊下にでて人がいないと確認してから、納戸に戻った。納戸の戸はぴっちり閉めないで廊下から明かりをとる。
「きっと荒浜屋から金を引き出します。紹介状だけでは信用されると思えないので、隠し球を持ってゆきます。バッグから腕時計を出してくれます?」
「見せてこちらの正体がバレないかしら?」と眉をひそめる。
「もちろん見せるだけで、持って帰ります。こちらの話しを信用させ、手を組ませるネタのようなものです。きっと食いつきますよ」
「気をつけて話しを進めてね」
「そうだ、ボールペンがあったね。このくらいなら置いてきても大丈夫と思う」
「古倉さんも閉じこもったきりで、外出できず気もふさぐでしょう。僕だけで申し訳ない気分です」
「女の私が行けない訳はわかっているから気にしないで。良い返事を楽しみに待っているわ」
「十一里ほどの距離といっても、橋はないから裾をまくって川を渡る。道路は整備されてないので、雨がふると泥んこ道。スニーカーは着物に合わないから草履を履くとおもう。剣道で鍛えている僕でも十一里を歩く自信がありません。たぶん豆だらけになって帰ってくるでしょう。キズ絆がないから手当もできませんね」
「雨が降らないよう祈るしかないわね」
祈りが通じたのか薄曇りの天気となった。朝食を食べたあと、すぐ旅姿に着替えた。益翁さんが昨日のうちに準備をしてくれていた。腕が七分丈の小袖を着る。裾は膝とくるぶしの半分くらいまでかかる丈がある。
その上に墨染めの
これに墨の
下駄など数えるくらいしか履いたことが無い。鼻緒が指のあいだの皮膚と擦れないか心配だ。もちろん着替えは益翁さんが手伝ってくれた。芭蕉の旅姿像と似ている。
人目が無いのを確認して古倉さんが玄関の板敷きまで見送ってくれた。益翁さん、
気が利く!玄関を開けると、寺男がすでに待機していた。
「永倉と申します。今日はよろしく」と挨拶する。
「彦兵衛と呼んでおくんなまし」と腰をかがめて答えた。
「これを使わなし」と竹の杖を渡してくれた。うーん、いつの間にか姿をみて危うんでくれたのか。用心に越したことはない。ありがたく受けとる。
はじめて山門をくぐり林泉寺のそとへ出た。思わず両手を斜め上にあげて深呼吸した。狭いところに閉じ込められて気が滅入っていたのだろう。秋冷の空気がすがすがしく何度も繰りかえす。古倉さんを思うと可哀想になるが、それだけ結果を出そうと気合いがはいる。西南西の方角に春日山城が見えた。
あれから二日経っている。前は山頂には山肌しか見えなかった。いまは山頂に塀をめぐらして天守閣、その脇に一段ひくく本丸の建物が塀越しに見える。この山城の構造は、一キロ以上にわたる尾根を利用したもの。
尾根を何層にもわたって平地をつくり郭を構える。すべてが完成するのは謙信時代で、千平方メートルをこえる郭が十二もあった。麓から山頂まで比高差は百五十メートル、直線距離で一キロメートルに達する。
いまの時点で二の丸と三の丸が完成している程度。中腹から山頂は、切り立った崖面が立ちはだかって威圧感を与えている。細い山道がクネクネ曲がりながら繋がって、攻めにくい城との印象は素人の僕でも浮かんでくる。
為景が万予の軍勢が押し寄せてもビクともしないと豪語したのも頷ける威容である。天守閣の裏側に丸井戸まであるので、食糧さえ保てれば年をこえてもビクともしなかっただろう。
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