第三章 林泉寺


「頼もう!」

本堂の右手にある茅葺きの庫裡の正面で、気合いをいれて声を張り上げたら裏返ってしまった。これでは道場破りの口上だ。あらためて 

「お頼み申す」と大声でくりかえす。


「はーい」

 と引き戸を開けて若い小坊主があらわれた。こちらの姿を見るや、固まっている。「ご住職様にご面会たまわりたい」

 と頭をさげる。口を開けたまま呆然としていたが、われに返ったか戸を開けたまま奥へ飛んで行った。 


 まもなく青年の僧侶が、いぶかしげに近寄ってくる。こちらを一目みるなり、立ち止まってしまった。上から下まで何度も視線を巡らしている。

「何者だ!」

と声を張り上げた。


「ご不審な点は重々承知しております。こちらのお寺にとって、とても重要な情報がございますので、ご住職様にお目をとおして頂きたく存じます」

とパンフレットを差し出して頭を深々と下げる。武器など持っていないと確認したのか、両手からパンフが抜き取られた。

「ここで待たれよ」

と言い残して奥へ入っていく。


 吉とでるか凶とでるか。自分だけなら自己責任と腹をくくれば済むが、頼られる身となった今は良い結果を祈らざるを得ない。無限なような時間がすぎたあと、先ほどの僧侶が戻ってきた。


「会うとのご返事だ」

ホッと力がぬける。

「念のためだ」

と、衣服を改めようとする。革ジャンを着たままに気づき、礼を逸するかと脱いで手に持つ。十月初旬の夕方とあって、Tシャツ一枚は少し寒さをかんじる。


 両手を横にひろげ、検査に協力する。デニムのパンツは腰から裾まで手で撫でて武器の有無をたしかめている。わざと生地の一部をすり切らせたオシャレのセンスなど理解の外だろう。スニーカーと五本指カバーソックスも脱ぎ裸足になって立つ。

 

 革ジャンも渡して点検してもらう。無いと納得したのか

「ついて参れ」

と先導する。右手にスニーカーとカバーソックス、左手に革ジャンをかかえて、裸足のまま一歩なかに踏み入れる。冷たい土の触感で土間とわかる。 


 土間のさきに五十センチメートルほど高い板の間がある。手前に履き物をぬぐ踏み石があり、そばに濯ぎ用のまるい桶がおいてあった。

「しつれい」と声をかけ板間に腰掛けて足をあらう。


 当時タオルなど綿製品は普及していないのか、麻の生地らしく水の吸収性はおとる。念入りに水気をおとして板間に立つ。ソックスとスニーカーは踏み石の上に置く。

「こちらへ」の言葉に後につづく。


 中央が廊下でまっすぐ奥まで続いている。突き当たりに明かり取りの窓があり、

左へ折れ曲がっているので本堂へつながっているのだろう。板間からすぐ、左にある客間のような畳敷きの部屋へ通される。十四畳ほどの広さ、奥は全面がふすまで仕切られ、開放すると隣室と共用できるようだ。


「ここで控えておれ」

と出ていった。 踏み入れた近くに正座して待つ。まもなく正面右のふすまが開く。


 齢六十なかばと思われる老僧が足を踏み入れる。かくしゃくたる足取りで正面に

座る。思わず見入っていたら、いつの間にか入ってきた先ほどの僧侶が

「無礼者! 頭を下げんか」

と畳に頭を押しつけられた。


「まあ、良い。話し以上の面妖な若者じゃのう」

としげしげと見つめているようだ。

「はっ、まさしく。かたじけなくも方丈さまのお問いかけだ。面をあげよ」

と言って手を離してくれた。

「拝謁を賜りまして、まことに有難うございます」

と顔を上げた。


「賢げな顔つきをしておる若者じゃのう」

「ははっ、有難きお言葉」

思わず頭を下げる。目の前に座っている老僧が、こんご生きてゆけるか生殺与奪者、ふたりの命がかかっている。


「この小冊子じゃが、どう解釈すべきか説明できるのか?」

とパンフを懐から取りだした。

「恐れ多いことですが、人払いをお願いできれば」


「正体も知れぬ若者が何たる高言を!」

傍にいた僧侶が怒り出した。

「この者はわしの後を継ぐ者と思い定めておる。信頼できないとなると、お引き取り願おう」


「方丈さまが、そこまで おっしゃるお方なら一緒にお聞きください。ただ申し訳ないですが、廊下に誰もいないか、ご確認ねがいます」

と頭をさげた。しぶしぶながら襖をあけて確かめてくれた。


「では申しあげます。その前に、今の年号をお教えください」

「年号じゃと! その方、天文五年も知らないのか?」 

天文と言われても西暦に換算できない。

「あのう、春日山城の城主はどなたでありましょうか?」


「痴れ者! 越後の国主を知らぬとは何やつだ。方丈さま、こやつの話しなど、これ以上聞くことは必要ございません」

この人は、僧侶にしては気性が荒すぎる。

「落ち着け、この年令で年号を知らぬと、ほざくとは逆に面白いわ」

さすが住職、だてに年をとっていない。


「長尾 晴景さま、と言ったら どうする?」

「では為景さまのご隠居は、いつでございましょうか?」

「なるほど、質問に質問で返してくるとは、お主も問答に長けておるのう。この小冊子に『林泉寺の歴史』なるものが書いてある。ここに、わしの名前が載っておる」

ええっ、目の前の老僧が六世の天室光育てんしつこういく 大和尚?


「知らぬとはいえ、ご無礼申し述べました」

と両手をつき頭をさげる。

「この八月に為景さまはご隠居あそばされ、ご長男の晴景さまが家督をお継ぎになられた」 


「そうしますと虎千代さまは、すでにこの寺に?」

「むむ、その話しは限られた者しか知らぬ内々の情報、何故お主がつかんでおるのじゃ」


「その小冊子に記載されております。林泉寺の創建は明応六年とありますが、その下に千四百九十七年と括弧書きされております。これは舶来の暦で、前の時代では両方を併用し使っておりました。三行目に四十年後に能景公の孫 上杉謙信公は、とあります」


「この上杉謙信公こそ虎千代さまの未来のお名前でございます。その小冊子は凡そ四百八十年後の未来に作られたものです」

「ややっ、まさしく信じがたい話しじゃのう......」

と黙りこむ。パンフをひねくり回している。


「謙信公のお墓とあって、天正六年三月、四十九才で亡くなられた、とある。これが本当とすると、歴史では虎千代さまをどのように評価しておるのだ?」


「前の時代では人気のある武将で軍神といわれ尊敬されています。 神仏をあつく

信仰し、義を重んじて義理堅く、正義感の強い名将との評価は定まっています。 

しかし、なぜ天下を狙わなかったのだろうと、疑問の声をあげる人も少なからず

ございます」


「こころざし半ばで亡くなったと?」

「上洛をめざしたのか、関東へむかうのか出陣まじかにお倒れになられました」 

しばらく無言が続いた。


「この寺の絵は人の手で描かれたものと思えん」

「それは空をとぶ乗り物から撮した写真というものです」


「空を飛ぶ乗り物じゃと?」

「五百人をのせた乗り物が唐・天竺まで飛んでおります。鎌倉から京まで一刻あまりで到着する乗り物がある時代です」

「摩訶不思議な世界じゃのう......」



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