第二章 話し合い
あらためて彼女を見つめる。体をわななかせ、まぶたがピクついている。思わず
手を握りしめ囁く。
「ここに居ては人目に付く。あそこの木立へ入って話し合いましょう」
手をつないだまま木陰に座り込む。ショック状態から覚めつつあるように感ずる。「なにっ、これ! 夢なら覚めて......」
古倉さんがつぶやく。こちらも絶叫したい気分だが、震えている女性を見て冷静になってきた。両手で彼女の両手を包みこみ、右手でそっと甲を叩く。
しばらくして
「ドクターの私がこんな様では患者を治すなど出来っこないわね」
と寂しげな笑顔を浮かべる。
「いやぁ、僕だって泣きたい」
「泣いても現実は変わらない」
やっと自分を取り戻したようだ。落ち着いた声に変わっている。
「少なくとも寺のなかは安全と願うしかないわ。パンフでは曹洞宗とあったね。曹洞宗は女性禁止?」
歴史オタクを自称する身として、フル回転して断片を呼び出す。
「宗教は表面の知識しかありませんが、何代目かの後継者が、女性の住職を認めた、はずです」
「ほう、曹洞宗もやるね。住職を認めるくらいだから寺の片隅に居場所を見つけられるかな?」
「そうですね、ましてや古倉さんはドクターなんだから、きっと重宝されるはずです」
「そうなると良いんだけど...... まあ、あれこれ悩んでも仕方ないわね。どうやって話を進める?」
「やはり、このパンフを活用すると理解が早いでしょう。住職に会って、パンフを見せて反応を探る」
「どこまで真実を打ち明けるべきなのか? できれば正体を知る人は最小限にしたいわね」
「未来を知る人など、敵からすると拉致してでも獲得するか、不可能なら抹消すべき存在でしょうね。さらに味方でも安心できないのが、この時代ですから。いつも最悪の状態を想定しておくべきでしょうね」
「新一君、大学生にしては落ち着いてしっかりしてるわ。もっとチャラチャラして
いるイメージがあったけど」
「古倉さんだって、二・三年前は現役だったんでしょう」
「父がお堅い仕事についていたから贅沢できなかったわ。遊ぶひまがあったら、はやく一人前のドクターになろうと必死で勉強していた」
真面目な性格は、よく分かる。
「話を戻すけど、住職に会うにしても徹底的な身体検査をうけるでしょうね。武器
らしき物は持ってないけど、怪しまれる物は身につけたくない。時代を考えると、
女性の古倉 さんは一緒に面会できないと考えた方が良いと思う。それでスマホ・
鍵や身分証は預けます。時計はどうしよう? これも隠した方がいいかな......
しかるべき時に、しかるべき場所で披露します」
「そうねえ、男女同権など通用する時代でないわね」
「そう言われて気がついたけど、我々は夫婦者として名乗った方が良いと思う」
と小声になった。ちょっと赤くなる。
「もちろん形だけで、それ以上すすむことは絶対にありません」
きっぱりと断言する。
「そうねえ。恐ろしい目にあわずに済むには、そうした方がいいかな? 君ならコントロールできそうだけど、暴力をふるわれたら身を守る自信がまるっきり無いわ」
と身を震わせた。
「古倉さんに危害がくわれないよう全力で守ります」
言うのは簡単、どうやって対処してゆくか心が折れそうになる。深呼吸をくり返して落ち着きを取り戻す。
「相手にたいする態度だけど、こちらが卑屈になることはしない。尊大になる必要はないが、ペコペコするのもいただけない。自然体で立ち向かいます」
「どのような名乗りにする?」
「お寺に重要な情報を得たので、ぜひ住職にお目にかかりたい、から始めます。パンフレットを見て住職がどう反応するか?」
「にわかには信じがたい話しでしょうね。神隠しにあって、ここに飛ばされてきた、の方が受け入れやすいかも」
「迷信ぶかい時代だから、案外いいかもしれませんね。俵屋 送達の「風神雷神図屏風」は江戸時代の作品だけど、信ずる土壌があったらからこそ、誕生したとも言えますね。僕もその説を受け入れたいくらいです」
「ウフフ、私もよ」
二人でふくみ笑いを交わす。やっと現実をうけいれる余裕がでてきた。
「考えてみると曹洞宗が女性に寛容な宗教だとしても、この寺がそうだとは限らない。寺自体のしきたりや地方の風習で、独自の規則を作っている可能性はあります。万が一の危険を考慮すると、まず僕一人で訪問します。驚かすタネは少ない方が話しを付けやすい。良い返事をもってきますので、心細いでしょうが、この付近で身を潜めていてくれませんか。ぜったい戻ると約束します」
「ウーン、材料をすべて出して勝負をする手もあるけど、徐々に受け入れる範囲を広げる方法もあるわね。新一君の判断を尊重する。必ず帰ってくると約束してね」
取りあえず身につけていた物を古倉さんのバックパックへ移す。いつでも取り出せるようパンフレットはポケットに折り畳んでしまい込む。あらためてお互いの手を握りしめ覚悟を決める。ひとり本堂へゆっくりと向かう。
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