第一部 越後の国へ

第一章 二人の出会い

             


 はっ!と気がつく。まだうずくまった姿勢のままだ。不思議に体は濡れていない。横にかがんだ姿勢でいる女性も意識がもどってきたようだ。

「大丈夫ですか?」と思わ手を伸ばす。


「ええ、どこも痛みはないわ。 貴方のお陰で雷の直撃はまぬがれたのね。命拾いさせていただきました。ありがとう」


 はじめて顔を合わせた。切れ長の目だが細くない。まれに見る美人顔でツンデレなら嬉しいが、こちらの正体を見定めているのか目力が強く、射すくまれてしまいそう。 


 思い浮かべたのは、NHKドラマの柴咲コウ。彼女は三十代中頃だろうが、こちらは二十代中頃と思う。俺より二・三才 年上に見える。誰にも言っていないが、ひそかに憧れている女性はいる。


 明治一の美女といわれ、鹿鳴館の華とよばれた陸奥 亮子。斜め前を向く横顔の写真が有名だが、斜め上を見上げるポートレートにすっかり心を奪われてしまった。今のところ心を惹かれる女性に出会っていない。


「ええ、僕は長岡高専の五年生で永倉 新一です。おたがい無事で何よりでした」「申し遅れました。研修医で勉強中の古倉 亜希子と申します。改めてありがとう」にっこり笑ってくれてほっとする。矯正したらしく整った歯並びが見える。すてきな笑顔の女性だ。


「濡れてません?」さっきから疑問に思っていた点を問いかける。 

「おかしいわね。あれ程の土砂降りだったのに......」と衣服を確かめている。


 俺はTシャツにアメ横で買った中古の黒フライトジャケットを羽織っている。パンツは、わざとほつれさせたデニムのジーンズ。靴はスニーカーと定番のアイテム。


 彼女も高価そうな黒のライダース・ジャケットにボーダーラインが入ったTシャツ、パンツはデニム、そして黒のハイスニーカーと活動的なスタイル。小さなバッグを背負っていた。なにか微妙にカブってる。

 

 いわし雲が広がった空は、雨雲の気配など見当たらない。日が大分落ちてきた。

周囲をみると先ほどの景色と違和感がある。鐘撞き堂の屋根が茅葺きに変わって

いる。落雷の直撃をうけた様子など微塵もない。離れた先に見える本堂も瓦葺きでなく、木の板状なものが一面に葺かれている。


 さっきまで観光客があちこちに散見していたが、境内はひっそりと静まりかえっている。腕時計をみるとそろそろ午後四時に近い。ちなみにセイコー五の耐水耐ショックの自動巻きタイプ。バイトして奮発して買った。 


 スマホで親友に連絡しようとしたが、電波強度のマークは×印。メイルも発信できない。彼女もあわててスマホを操作しているが同じ状況のようだ。サイトにつながらないのが痛い。彼女も辺りを見わたして眉をひそめている。


「さっきと光景が違いますね?」と話しかけてきた。

「気がつきましたか...... 場所は同じ林泉寺のようですが、別の寺のように感じます。それにスマホも使えないし、どうしちゃったのかな?」


 そのとき鐘撞き堂にちかづく若い僧侶に気づく。頭を剃っているのはわかるが、

着ているのがマンガの一休さん、に そっくりだ。僧侶だから不思議はないが、何か違和感がある。とつぜん頭のなかにアラームが鳴る。


「急いでそこのツツジの陰に隠れましょう」

と かがんだまま、こんもりとしたツツジに身を潜める。彼女も黙って従ってくれた。


 その僧侶は鐘楼の階段をのぼり、一呼吸おいて「ゴヮーン」と鐘を突き出した。

間近に聞こえた鐘の音におもわず飛び上がりそうになる。それは七回なり響いた。


 うん、これは七つ刻ということ? 童謡の「夕焼け小焼け」に「山のお寺の鐘が鳴る」昔からある童謡なので太平洋戦争前? 無意識に時計をみると十六時〇四分。

秋分の日から半月も経っていない、こんなものか。 


 僧侶は打ちおわると戻っていった。何時の時代なのか、じっと考えこむ。絞り込む手立てを見つけた。ここから見える山門へむかう。そのまま進むと山門の裏側に着く。そして...... 見上げる。二層目の屋根の下に、金箔で飾られた額が斜め下向きに掲げられているはず。


 それは謙信の直筆で「第一義」と、したためられた文字。それが無い。うむむ! 念のため表にまわる。正面の対になる位置に「春日山」と金箔で装飾された大額もない。なんの変哲もない楠の大板に「林泉寺」と墨汁で書かれているだけ。たしかスマホで撮ったはず。二人で無言のまま確認する。


 「少なくとも謙信はまだ書いていませんね」あわてて拝観料五百円を払ったときに貰ったパンフレットを取りだす。そこに千四百九十七年の創建。 四十年後に謙信公が六世 天室光育てんつこういく 大和尚より学問を学んだとあった。


 あっ、思いだした。三年生のとき林泉寺を参詣している。宝物館に本物が収められている。住職に、いつごろ謙信が書いたか聞いたことがあった。確かな文献はないと前置きして、三十六才のとき高野山へ出家する騒ぎがあった。


 家臣たちが誓詞をさしだして一件落着したが、戻ってから林泉寺へ奉納した確率が高いとのお話しだった。すると創建から八十年近くの間の時代となる。 ええっ、戦国時代!


 建物の外観は古色蒼然といかないまでも、素人目にも相当な年月が経っているのが分かる。事実を見せつけられると、なぜか知らぬ間に戦国時代に飛ばされた、と考えざるを得ない。


 べつな解釈があるのか? 戦国時代、それこそ弱肉強食の世界。平和な時代に生きてきた自分、力と知略のかぎりを尽くしても生き残る確率は限りなくゼロにちかい。ましてや女性の身では考えるだけでも おぞましい。


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