千年王国

第2話因縁の場所

 扉の向こうは二十畳程の広さで石壁に囲まれた密室だった。中は暗く装備がいくつと、椅子と蝋燭ろうそく立て、それ以外物は何もない。革張りの高級そうな椅子に腰を下ろしたメフィストは足を組み、頬杖をつくと仮面をとったその美しい素顔で暗闇を照らす蝋燭の淡く弱々しい灯りを静かに見つめる。

 素顔を現した二人も間違いなく世間でいう美男美女と言っても何ら遜色はないだろう。

 静寂のあまりにも重い空気が漂うこの空間で、レクトはいつも通り地面に寝転がって寛いでいるが、ユリアはメフィストの右側に立ち両手をヘソの下で合わせて付き従うメイドの如く不動の姿勢をとっていた。


「見てください、今の私を…見てください、我々の現状を…」

「メフィスト様の心情を察する事しか出来ない無能な私をお許しください」

「えっ?何が?」


 突然、悲しそうな声で嘆くその姿にキョトンした顔で理解出来ないと首を傾げるレクトとは違い、ユリアは悲痛な表情を浮かべては顎を落とす。

 そんなユリアの細く小さな体を膝の上に座らせたメフィストは優しくその頭を撫でる。


「大丈夫ですよ、私はもうひとりではない。ユリアさんがいますからね」

「見に余る光栄です…」


 小さな頬を紅色に染め、体をよりメフィストの方に沈めさせる。


「メフィスト様、俺は?俺もいるけど?」


 ユリアは自分を退かして膝に座ろうとするレクトに鋭い眼光で睨みつけるが、ヤキモチによる暴走は止まらない。


「やれやれ…成人した男を膝の上に乗せる趣味はありませんよ。でも、あなたがもう少し利口になったら考えて見ましょう」

「それって俺がバカって事か?酷い!」

「そうよ。今気付いたの?」

「何?!もういっぺん言ってみろ!」

「何度でも言ってやるわ。バ・カとね」


 二人の喧嘩にメフィストは額に手を当て首を横に振る。


「やめなさい。レクトさん、あなたは好戦的過ぎる傾向があります。それは長所でもありますが、姉に取る行動としては相応しくありませんよ」

「ごめん、メフィスト様」

「ユリアさんも弟をあまりからかわないでくださいね」

「申し訳ございません…」

「わかってくれたようで何よりです。では、次はどうするか考えるとしましょうか?」


 数日後、街に行くためレクトは戦士のように銀色の鎧に身を固め漆黒の大剣を背負い、メフィストとユリアは魔導師のようなローブ姿をしていた。


「行きますよ」

「畏まりました」


 十三程の少女の姿ではなく、大人の姿に変えたユリアが壁を撫でると扉が現れた。扉をくぐると、人気が少ない街の外郭の風景が視界に広がる。

 ここはブリュレ王国最大の規模を誇る王都。人口は四百万人を超え、治める百以上もの領土の総人口を合わせると二千万を優に上回る。そして、一番の特徴は千年王国と呼ばれ、世界で一番古い歴史を持っていることだ。

 これがどれだけ凄いことかというと、一般的には建国して百年を越すことすら難しい。魔物の襲撃により滅ぶ事もあるが、一番の要因は巨大国家同士の争いの犠牲や侵攻により滅ぶ事である。そのため、力無き小国、新生国家は大国の従属国となる事でその国の庇護を受け、国力を増やして行くのがセオリーである。

 しかし、従属国になったが最後、永遠に滅ぶまで従属国でいるしかないのだ。理由としては、どう踠いても既存の巨大国家との差を埋める事が出来ない。何故なら小国が国力を増すスピードの何倍、何十倍もの速さで大国は進化するからだ。

 結局のところ、既に存在している全ての大国が滅ばない限り小国や新生国に明るい未来は無い訳だ。


「まずは、冒険者ギルドに行きます。大きな枠は変わりませんが、状況に合わせて遊動的に対処していきましょ」

「はい」

「おうー!」


 メフィストは大通りの整備された石畳の道を歩きながら、辺りを見回しては眉をひそめる。


「直接この目にすると、気に入りませんね…私が苦しんでいた間に千年王国とかいう大それた名前で呼ばれる程にまで成長しましたか」


 賑わう人々、平和そうな面で道を闊歩する人々、綺麗な街並み、活気に満ちた商店街、目に入る全てが癇に障る。極め付けは、王都の名物である英雄広場だった。

 広大な広場では数百体にも渡る、ブリュレ王国の歴史に名を刻んだ王族や騎士の石像が王城に続く道までずらりと並んでいた。

 広場の真ん中には初代英雄王ジオルグの石像がデカデカと建てられ、人々がそれを神のように崇めている様はメフィストの怒りを極限まで引き上げるものだった。


「忌々しジオルグ…死んでも尚、私を…」


 ジオルグの石像を遠くから殺意に満ちた目で眺めていたメフィストの後頭部に衝撃が伝わる。その影響で頭部が意図せずとも、面白可笑しく動かされてしまった。


「おい、お前。こんなところに突っ立ってんじゃねーよ。どけ!邪魔だ」


 文句を言ってきた声の主は、屈強な体付きに首の後ろには木材を背負い、その両端には布を取り付けた紐を垂らした荷物運びと思しき男だった。謝るどころか、逆に上からの物言いにメフィストは怒りを抑えきれず、男の顔を鷲掴み持ち上げる。

 人間とは思えない握力に頭部が潰れそうな男は、宙に浮いた体のバタつきで痛みを表現するしかなかった。


「ウッ…ぁああ…」

「に、兄様!ここでは…ちょっと…」


 ユリアの言葉で我に返り男を解放したが、地面に転がる男は死んではいないようだがピクリとも動かない。心なしか男の顔は大分変形してしまったようにも見える。

 いつの間にか集まった大勢の野次馬の視線を浴びながらも、メフィストは気にする事なくその場で異物感を感じる自分の手を冷たい視線でじっと見つめるだけだった。


「にい…様?」

「手が汚れてしまいました」

「あっ!申し訳ございません…」


 急いでハンカチを取り出したユリアが脂や汗、いろんな唾液まみれになった手を丁寧に拭きとると何事もなかったように歩き出す。三人は騒ぎがあった場所から少し離れた路地でメフィストの提案により軽く反省会を開くことにした。


「私としたことが…頭に血がのぼって要らぬ騒ぎを起こしてしまいました。反省します」

「いいえ、周囲に気を配れなかった私の責任です。まだ人間社会に慣れてないとは言え、不注意で人間如きがメフィスト様に恥をかかせてしまった事を深く反省しております。申し訳ございません」

「俺は…うんとね…なんかごめん!それにしても、メフィスト様も人の事言えないじゃん!俺に行戦……………なんとかかんとか言っときながらさ」

「バカ!」


 普通の人間と変わらなかった瞳が黄色く赤みを帯びた魔眼と変わり、その瞳に覗かれたレクトは芯が凍り付くような寒気に襲われ体を震わす。


「ごめんなさい!」

「今度からは言葉を慎む事ね。でないと、メフィスト様に見捨てられるわよ」

「わかった…」

「さて。反省会はここまでにして、二人ともわかっていますよね?」


 実は、ブリュレ王国に来る前に三人の関係やお互いの呼び方を決めていたのだ。

 三人は兄弟で長男であるメフィストはルシウス。

 真ん中の長女であるユリアはノア。

 そして、最後に末っ子のレクトはレオと名乗ることに。


「勿論、承知しております」

「わかっているけど、俺の名前なんだっけ?」

「はぁーあなたは本当にバカね。"レオ"」

「ねーちゃんの方こそバカじゃないのか?俺の名前はレクトだ!」

「呆れたわ」


 レクトにもう一度説明し直してから三人は本来の目的地に再び向かう。その道中、ある大きな建物の掲示板の前には人が沢山集まっていた。


「やだやだ、こわいわねー」

「本当よぉ!でも、私たちは王都に住んでいるんだし大丈夫だよね?」


 好奇心が発動したルシウスは雑談をしていたおばさん達に何事か尋ねる。


「失礼。何かあったのですか?」

「あらまぁーあらまぁっ!イケメン!それがね、数日前にこの国の領土である街一つが賞金首にやられたのよ!それで王様が怒ってね、国家指定の特殊賞金首にしたのよ!」

「賞金首?ああ、なるほど」


 口だけで礼を述べ、ノアが言っていた賞金首なるものを思い出す。数日前に二級賞金首、破壊僧鬼童丸を利用する際簡略に教えてもらったのだ。

 掲示板の方はどうなっているのか気になって近づいて見ると、そこにはよく知っている顔が貼ってあることにルシウスから笑みがこぼれる。


「この前は大変お世話になりました。しかしながら、この建物は他と比べると雰囲気が些か物々しい気がします。中はどんな感じなんでしょね?」


 鬼童丸以外にも一応目を通したが、他に見覚えのある顔があるはずもない。ということで二人を呼び戻し、気になる内部を確認しようと建物の中に入ろうとした瞬間、入り口の横に立っていた酒瓶を持つ男が道を塞ぐ。


「おめぇら!ケップ、ライセンス持ってねぇだろ?」

「ライセンス?」

「そうだ。ここに入るにはライセンスの提示が必要なんだよ。それに、ここはおめぇらのように虫一匹殺せそうにないボンボンが来るところーじゃーね」

「ここは一体なんです?」

「冒険者は魔物を専門とするがここ、ハンターギルドは賞金首を相手にする。ヒャック、簡単にいやぁー人殺し専門ってことだ。わかったらとっとと帰れ」


 人殺し専門と聞いたことでより中が気になってしまったが、ライセンスとやらが必要なら今は仕方ないと自分に言い聞かせる。


(残念です。しかし、物事の順序を踏むのもまた、一興というもの)
















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