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エピローグ

第1話動き出す悪意

 事の発端は一本の矢だった。


「ローマン隊長!大変です!敵の襲撃です!」

「何?!」

(ここはそこまで戦略価値がある街ではない…金銭的利益にもならない…一体どこの国だ?)


 慌てて入って来た兵士の口から出た衝撃の一言に、机に向かって事務作業をしていた中年の男は詳しい状況説明をするよう促す。


「て、敵の数凡そ百!南門が攻撃を受けております!」

「はぁ?百?」


 この街の規模はさほど大きくないが、街の位置や価値などを考慮しても十分に余りある程の兵力を保有している。人口五万に対し兵がその十分の一である五千もいるのだ。百程の敵など、どう考えても脅威になり得ない。


「驚かしよって…馬鹿者めが!で?敵の武装は?盗賊団か?」


 敵の数を聞き安静取り戻したローマンとは裏腹に、兵士の顔は穏やかではない。


「そ、それが…敵は身なりからして東方の聖職者と言われる僧侶の格好をしていて…それが…二級賞金首、破壊僧鬼童丸との事です!」

「何だと?!何故それを早くいわん!誰かおらんのか?急いで緊急事態を知らせる鐘を鳴らせ!」


 この街は山の中腹に位置し、本国に向かう道のり以外は開拓がされていないため自然に守られた要塞という感じで、他を差し置いても安全である事だけは自信があったのだ。駐屯地の司令官として十年前に赴任して来たときは、こんな辺鄙な所で自分は終わるのだと嘆きもしたが、同期が小競り合いがよく起こる周辺街に赴任し、小競り合いに巻き込まれ戦死したという噂を聞くと、むしろここで良かったと今は感謝しているくらいだ。

 何の心配もなく過ぎ行く日々の中でまさか、こんな事が起ころうとは夢にも思わなかった。


(まずい…まずいまずい!ここの兵はかなり使えない…となると、何とか和平を申し入れないと…)


 兵をかき集め、急いで南門に向かう。街では前例のない事態に住人達が心配そうに通り過ぎる兵を見つめているのがローマンの視界に入る。

 ローマンとて逃げ出したい気分だ。この街が建てられてから数十年、一度も敵の襲撃を受けた事がないということで、兵士は週に一度ある定期訓練だけさせて他にはまともな訓練をさせた事がない。兵士が勤務中に居眠りするのは日常茶飯事、警邏中に酒場で軽く一杯している姿も街の住人には見慣れた光景だ。

 それでもやって行ける程犯罪も少なく平和であったため、兵士の行動に文句を言う住人はいなかっかた。

 そんなだらけきった生活を送っていた兵士では二級賞金首には到底太刀打ちできない。


「爆葬」


 手を合わせた百八人の僧を率いる、首に大きな数珠をかけた二メートルを超える巨漢が、錫杖で地面を力強く叩き、音を鳴らすと兵士の周辺に大きな爆発が起きる。爆発に巻き込まれ、体の上半分が吹き飛んだり、爆風に飛ばされ壁に激突するなど兵の被害は益々増える一方だった。反撃しようと震える手を抑えながら弓で矢を放っても、錫杖を怪力に物を言わせ一振りするとその風圧の影響で矢が鬼童丸に届く事なく勢いを失う。


「化け物め!」

「どうすんだよ!逃げた方がいいんじゃないか?」

「逃げてその次は?この街には家族や友達、長い間一緒に過ごした住人達がいるんだぞ!」

「でもよ…俺たちじゃ敵わねーよ…」

「少しの辛抱だ。鐘の音が聞こえるだろう?隊長も他の兵もこちらに向かっているはずだ!」


 南門は爆発で吹き飛び、もはや門としての役割を果たせない。その上、南門を守っていた兵の半数以上を失い、残りの兵達は動揺や恐怖、不安や絶望といった負の感情に支配され戦意はゼロに近い状態だった。


「おいっ!見ろ!隊長が来たぞ!」

「他の兵も全て来たようだ!助かったー!!」


 ローマンの気持ちを知らない兵達の士気は徐々に回復傾向を見せていたが、当の本人は冷や汗で武装した鎧の中に溜まった汗が馬から降りるとチャプチャプと音がするのではないかと心配になる程調子が良くない。それでも乗り切るしか道は無いのだと自分に言い聞かせる。

 馬から降りたローマンは兵をその場に待機させると腰にさしていた剣を副官に預け、両手をあげては武装してないとアピールしながら鬼童丸の方にゆっくりと近づく。


「貴殿は噂に名高い鬼童丸殿とお見受けする。私はこの街にある駐屯地の司令官、ローマンという。一つ尋ねたいのだが、何故この街を襲うのかその理由を知りたい。私としては出来れば穏便に事を済ませたい。どうですかな?鬼童丸殿」


 犯罪者ではあるが、武力ではこちらの方が劣る。だからと言ってあからさまに下手に出る訳にもいかない。隊長としての最低限の威厳は保ちつつ、でもって相手の機嫌を損ねないよう丁寧な口調で話しかける。


「笑止」


 巨漢の鬼童丸から発せられた低く太い声の短過ぎる言葉とは違い、その黒目のない白い目は無表情のままで笑ってはいなかった。そして、再び錫杖を鳴らすとローマンから爆発が起き、体が木っ端微塵に吹き飛び跡形も無く消えてしまう。それを合図にでも決めていたかのように百八人の僧侶が兵士に襲い掛かり始める。


「クッソー!来るな!」

「こいつらは武器を持っていない!落ち着いて対処しろ!」


 死んだローマンに変わり兵の指揮をとる副官の声に、衝撃から目が覚めたのか兵の動きが少し良くなった様に見える。体制を立て直し危険性の低い雑魚僧侶から始末した後、その次に鬼童丸の首をとる作戦を立てた副官の顔は、実質的な敵は一人である事に笑みを浮かべる程余裕が出て来た。


「ここを乗り切ればこちらの兵は四千、向こうは一人!四千対一なら勝てる!」

「うおおおおおお!!!」


 雄叫びを上げる兵の先頭に立ち自ら一人目の僧侶の体を、ロマンが預けていた剣で心臓の方を目掛けて突き刺す。武器を持たず真っ直ぐ突っ込んで来る僧侶の体を貫いたまでは完璧だったが、剣で心臓を貫かれても止まる事なく近づいて来る僧侶に、嫌な予感がした副官は慌てて剣を抜こうとしたものの、時既に遅し。僧侶は体内に大量の爆薬でも仕込んでいるかのように体が破裂し、副官を含め、辺りの兵を巻き添えにし自爆した。二度も司令官を失ったことと死をも恐れぬ自爆僧に、四千の兵は烏合の集となり逃げ出す者が後を絶たない。


「面白い、破壊僧という名に恥ない破壊っぷりですね。しかも、自爆してもまた再生するとは…いやはや東方の国は恐ろしい魔法を使う。大変素晴らしい!」


 阿鼻叫喚と化した南門から少し離れた家の屋根から一部始終を眺めていた笑っている顔の白い仮面をつけ、黒い紳士服、そしてマントに身を包んだ男が、拍手をしながら楽しげに事の感想を述べる。


「メフィスト様、如何いたしますか?」


 全身をローブで隠し、泣いている顔の白い仮面をつけた少女がメフィストに話しかける。


「どうもしませんよ?ここはもう用済みです。本来の予定とは異なりますが、鬼童丸でしたか?」

「はい」

「その方のお陰でより面白いことが見れましたし、良しとしましょう」


 メフィストはこの辺鄙なところにある街を魔物に襲わせて自分達の存在のアピールと、それによる副産物を楽しむつもだったが、少し離れた場所にいた鬼童丸を発見したことで急遽計画を変更。きっかけ作りに兵士一人の家族を人質にとり、誰でもいいから矢を当てるように脅したのだ。矢は一人の僧侶の頭に見事命中し、矢を放った兵士は鬼童丸により爆散した。触らぬ神に祟りなし、思惑通り鬼童丸は街を襲撃し今に至る。


「なぁ、メフィスト様。俺の出番は?」


 怒っている顔の白い仮面をつけ、上半身裸に両腕には術式の刺青が描かれている青年が不満そうな声を上げる。


「レクトさん、今は我慢してください。次はもう少し大きな舞台で楽しむとしましょう。では、帰りますよ。ユリアさん」


 ローブの少女が空を撫でると上質な木で出来た両開きの大きな扉が現れ、三人が中に入ると扉は閉まり消えてしまった。


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