宇治晴也
「……は、晴也っ…!?」
「いかにも。正真正銘本物の、宇治晴也だよ」
そう答える晴也の表情は、仮面を被った様な、何処か遠い笑顔だった。
正直俺は、こんな事になるとは予想だにしていなかった。
何故?……何故、晴也はここに居るのか。その目的は………?
それを考えた瞬間、俺の全身を、得体の知れない悪寒が襲った。
(いや、まさかっ……!?)
そんな筈ない、と思ったが、先日の記憶を引っ張りだして、いや、それしかない、そう結論づけた。実際もう友好的ではないし、何より今は彼にとって絶好のチャンス。
まあ用は、こういうことだ。
「……俺を殺してどうするんだ?」
腹を探ろうとした、しかし分かりやすい俺の言葉に、しかし敵は丁寧に答えてくれた。
「ご名答。100点だよ、宗一。訳は言えないが、俺はお前を殺さなければいけない」
時間稼ぎに『理由は何だ?』と聞こうとした俺の考えを読むかのように、晴也は先打ちして来た。
ならば、これならどうか?
「……そうだなぁ。じゃあ、俺が『グランマ』と繋がっている、と言ったら?」
「………なに?」
怪訝そうに、しかし少し驚きを混ぜた顔を一瞬だけ見せた晴也は、しかし今は無表情。
実は、出張に行く前に、花織が残してくれたデータに、この『グランマ』に関する情報が載っていた。
……まあ十中八九、彼女は分かってはいたんだろう。俺が襲われるとしたら、花織が俺の側を離れるこの2日間のどちらかだろう、と。
話は変わるが、釣りのお話だ。餌を付けて釣り竿を投げると、魚がいる所なら引っかかる。上手く餌に掛かった魚は、その後、罠まで誘導して捕獲するなり、釣り上げるなりすれば捕獲出来る。
俺は、実は釣りは苦手なのだが、人の釣りは上手くいくらしい。
「……『アイゼンヘクトの丘で待つ』から、どうか、『狂乱の復讐神ベルゼナブルの加護のあらんことを』」
魚ってのは単純で、食『欲』という本能に従って動く。そして、その裏に、釣り人という操り人がいる事に気付かないから、いとも簡単に捕まってしまうのだ。
だが、人はそこまで単純ではない。故に、釣り人の存在を危惧し、そう単純にはひっかからない。だが、今回の場合は、少々事情が特殊だった。
「………して、やられたな。お前の方が、一枚上手だったか」
「……まあな」
「……仕方ない。お前の味方に着くとしよう。まあ今回だけだがな」
そう言って、晴也は俺の元に紙を放り投げてきた。
(名刺…?)
そこには、住所と思しき地名番号と、080から始まる11桁の番号が載っていた。
「俺のだ。それはフェイクじゃないから、……そうだな。俺がお前に敵対の意思がないことの証明だとでも思ってくれ」
どうやら、賭けには勝ったらしい。晴也を味方につけることが出来た。
不意打ちとはいえ、この晴也という脅威を取り除けたという事実、更に味方に引き込むまでできたことは、とんでもなく大きい。
そして、晴也が実質味方になったことで、戦況は大きく傾いた。俺達が、優勢になる方へ。
「どういうことか、さっぱり分からんが、要するにその男は敵になったわけだな。ならば倒すのみ、このザインが倒してくれるわっ!」
そう言いながら、炎暑のザインは、炎を紅蓮の炎を身に纏い、超猛突進してきた。
そして、殆どノーモーションで、炎弾を放つ。
「…はっ!」
それを、完璧に見切ったハルカが防ぐ。同時に、脇をすり抜けるようにして、晴也がハルカの前へ躍り出た。
「貴様の相手は俺だ」
「…望むところよ!」
そう言うや否や、身に纏う炎の一部が変形し、剣の形を取った。
「ハアァァァァァッ!」
そして、そのまま振り下ろす様に振りかぶる。
対し晴也は、その剣を右にずれて躱すと、そのまま体を戻しつつ回し蹴りを放つ。
しかし、ザインがそれをまともに受けるはずもなく、軽く跳躍し足を避けると、空中で体を捻りながらその勢いで今度は回転斬りを放つ。
しかしそれも見切っていた晴也は、回し蹴りを終えそのまま右足を踏み込んで、無駄のないブローを見舞う。
バコォォォォォ!と、まるで本物のCG映画の様な音を立てて、ザインが吹っ飛んだ。
「……甘いな。攻撃はともかく、動きがまるでダメだ」
50メートルはありそうな廊下の端から端まで飛んだザインは、しかしまだ戦意を喪失したわけではない様だった。壁に凹みを残しつつ、しっかりと立ち上がり、再び此方へと向かってきた。
そして、綺麗な軌跡を辿りながら、此方へ詰めてくる。
「まあ、自画自賛だが根は真面目なんでなァ!」
その瞬間、俺をふと、何か良くない風がよぎった。
思えば、動物は身の危険や仲間の危険を、気で感じ取るらしい。まさに、俺はその危険を身を以て感じていたんだろう。
そして、俺の予感は、良くも悪くも的中した。
ザインは、生成した炎の剣を、今度は短刀二つに分裂させて、《ハルカに向かって》投擲したのだ。
気付けば、体が勝手に動いていた。
「ハルカ、危ないっっ!!」
俺は、ハルカを抱きしめながら、彼女ごと地面に転がった。
ヒュンッ、バフンッ、と音を立て、俺達の横を通り過ぎた炎は、壁にぶつかるとそのまま床に落ち、タイルを焦がして鎮火した。
その瞬間、近づいたザインに、晴也が仕掛けた。
「……お前は甘い、と言ったのは、動きが単調だという意味じゃない」
「……なに………ッッッ!?」
その瞬間、なにが起こったのかは俺には理解出来なかった。ただ一つ言えるのは、ザインの体に、突然直径物差し一つ分の穴が空いた、その事実だった。
「か、はっっ………」
炎暑のザインが、血反吐を吐いてその場に倒れる。そして、彼は二度と立ち上がることは無かった。絶命させられたのだ。
(……何のためらいもなく、殺したんだよな……)
俺は、目の前で殺人が起こったその事実を前に、少しは冷静でいられる自分に、正直驚いていた。
そして、自分が倒した炎の使い手の亡骸を睥睨し、晴也は口を開く。
「俺が甘いっつったのは、攻撃が単調だという意味じゃない。…相手の特性を十分に理解せずに、敵の懐に潜り込んでくるのは、考え無しのただの馬鹿だ、という意味だ。意味を履き違えたのが、彼の運の尽きだったか」
「………」
やれやれ、と溜息までついて、呆れる晴也の姿は、俺にとっては何度見直せど、虚像にしか見えなかった。要は、彼に対する信頼がまるで無いのだろう。
「んじゃま、俺は退散させてもらう。上への報告とか、やる事山積みなんでな」
そう言って、晴也はじゃな、と軽く手を振りつつ、あっという間に去っていった。
しかし、一難去ってまた一難、とはよく言ったものだ。
そういえば、さっきザインの攻撃を受けてから、俺はハルカの上に、丁度四つん這いになる形で………。
「…………っ…、は、恥ずかしい……」
「――ッ!?」
顔を赤らめ、俯きながら目だけは僕の瞳を見つめてくるハルカ。そして、その小さな口から溢れる、艶かしい吐息。
彼女は、反則級に可愛かった。理性が無かったら、そのまま襲ってしまいそうなくらいに。
(……よく考えたら、これは一難では無いな。寧ろご褒美じゃないか)
そんな風に考えるも何とか理性を保ちつつ、俺はハルカの上からどく。
「ご、ごめん……」
「……ううん。庇ってくれて、あ、ありがと…」
(うぅ……!か、可愛いっ……!)
動作の一つ一つが、彼女の可愛さを、存分に引き立てていて、もう可愛さのオンパレード。
その赤らめた顔が可愛いし、ぷるん、とした艶のある唇も可愛い。身を包む戦闘服は、肌の露出こそ少な目なのに、その華奢な体のラインが強調されて、なんかかわエロい。
胸はそんなに無いし、世に言う『ぼんきゅっぼん』では無いけれど、それが逆に彼女の少し幼い顔立ちとマッチして、とっても可愛い。
なんだか可愛いがゲシュタルト崩壊しそうだ。
「……その、守ってくれて、ありがとな」
俺が、素直にお礼を言うと、彼女は、ううん、と首を横に振った。
「宗一が危ない目にあってた。だから、助けた。それだけだよ」
そういった彼女の周りに、少しずつ光の粒子がちらつき始めた。
どんどん光は増していき、やがて彼女の全身を包み込んだ。
俺がその光景に見惚れていると、彼女が口を開いた。
「……大丈夫。私はいつも、貴方のそばにいる。だから、安心して」
(……っ!?)
その放たれた言葉を聞いた瞬間、俺の脳に雷が落ちる様な衝撃が走った。
(なんだっ……!?……前にも、おんなじこと言われた様な、……既視感、デジャヴか……?)
それを引き起こした原因の言葉が、頭の中でエコーする。
『貴方の側にいるから。いつまでも、一緒にいるから。だから、安心して……』
何故だろう。デジャヴでもあり、何処か懐かしい感じがある。
……そう、そうだ。
ハルカは、彼女に……………。
「…………はっ!?」
気がつくと、目の前には、鳩尾に穴の空いた男の子と、閑散とした廊下があった。
「……報告して、帰るか」
冷静になった俺は、携帯でコクトクに今日の詳細をデータ化して送り、帰路に着いた。
(なんか、ほんの数十分なのに、何時間もいた様な、変な気分だ)
今日はゆっくり風呂にでも浸かろう、と考えながら、俺は自転車のペダルを踏みしめたのだった。
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