降臨せし白銀の天使


「大丈夫、あなたは私が守る」

言葉を紡ぐ時も、迫り来る限界。しかし、目の前にいる純白の天使は、柔和な笑顔を全く崩さなかった。

そして、彼女は微笑みながら、片手で炎の塊を打ち消した。


(なっ……!?)

火の塊、それもバスケットボールの2倍はあろうかという大きさのものだ。そんなものが、いとも容易く、霧散した。

…そんなこと、馬鹿げている。ある訳がない。正直、今の生温い平和なこの国に住む一般男子高校生には、刺激が強すぎた。


そんな軟弱な男には目もくれず、純白の少女はザインを挑発する。

「……無駄よ。私には、そんなひ弱な攻撃は通用しない」


すると、ザインを取り巻く雰囲気が一気に変わった。否、オーラがすざまじい程に増加した。

「……あぁ?そうか、生温いか。……ックク、ッハッハッハッハッッッッ!!!面白い、実に面白い!!こんな気分、いつ振りだろうか、なぁ!!??」

「………」

「後ろにそんな軟弱なお荷物を抱えて、この『猛炎のザイン』の攻撃をどれくらい耐え凌げるか、か…。クックッ、大層な見物だなァ、こりゃァ!!」


そういうと、ザインの体にも炎が纏わり始めた。

ザインを覆う焔は、純粋な赤色では無かった。闇のオーラの様なものと混じった、赤黒い溶岩の様な炎。全てを飲み込む、混沌の緋だった。


今度は、少女はこちらを振り向きもせず、俺に警告してきた。

「……宗一はそこを動かないで、大丈夫、私が守るから」


その言葉の節々からは、何か償わないといけないことがあるかの様な、使命感めいたものが感じられた、…気がした。

「……な、なぁ、……アンタは、一体」

「ハルカ」

「…え?」

「私の名前。アンタじゃなくて、ハルカって呼んで」

「お、おう」

「…………………には………ない」


ハルカが何か呟いたような気がしたが、ザインの炎が増したのをキッカケに、俺も警戒態勢に入る。


そうして、俺の運命がかかった、純白少女ハルカと猛炎のザインの、超常対戦が火蓋を切って落とされた。




△△△


「…始まったわねぇ」

「……」

「…『猛炎のザイン』って、初めて聞いたよボク」


体操座り、手すりにもたれかかる背筋のいい男、スカートなのに胡座座りの女。

そこには、側から見ても異色なトリオが佇んでいた。


「はぁ?アンタの所では、そこそこ有名だって聞いたわよ?」

「いや、それどこ情報よリューネ。少なくとも、ボクの所属してる”ネウロス”では、噂は聞かないなぁ」

「…任務中だぞ。リューネ、カーロウ、私語を慎め」


チッ、と舌打ちをするも、リューネとカーロウは黙る。

彼らが佇むのは、この瑞橋高校の屋上。

つい先程から始まった戦闘を、傍観する形である。


「…しかし、あの炎野郎は兎も角、奴は本気を出していない」

「……ええ、そうね。上からは『能力の詳細を報告せよ』とのお達しだったけど、無理そうね」

『分かりませんでした』だなんてこれ以上言い訳したくないわよ、とボヤくリューネを、背広姿の姿勢のいい男は横目で一瞥する。


「…問題ない。上には、『能力の無効化』で通す」

「…アンタねぇ、幾ら上が能無しの阿呆だからって、流石にそれは舐めすぎなんじゃないの?」

そんな苦言を呈するリューネを、カーロウが宥める。

「まぁまぁ、何だかんだでヴェルディの報告で問題が無いんだから、今はそれでいいじゃない、ね?」

それに同意する様に、ヴェルディと呼ばれた背広の男は軽く視線をリューネに向ける。


「…はぁ、分かってるわよ」

小さく嘆息すると、リューネは雰囲気を切り替える。

「それよりも、あの子……。…あの器は、はっきり言って異常。……大きすぎるわ」

「…恐らくだが、あれ程の物は、数百年に…いや数千年に一度レベルの逸材だな…」


そこへ、あっ!と思いついた様に、カーロウが口を挟む。

「確か過去だと卑弥呼の弟、なんて名前だったっけか…。…っとそれからイザベル・ロメ、織田信成、モンケ、だったっけ?」

カーロウの意見に、ヴェルディが首肯する。


「ご名答だ。因みに、卑弥呼の弟に名前は無い。というか、それに関する書物は、”アーケア”の中にも無い」

ヴェルディの補足にへぇ、と頷いてから、リューネが疑問を投げる。


「んと、イザベル・ロメって誰?」

「お前は勉強しろ」

「…ケッチい、ひっどい。……良いもん、どうせ私はバカだし」

膨れっ面になったリューネに渋い顔を向けていたヴェルディは、やがて諦めた様に溜息をついた。


「…………はぁ。お前はいつもそうやって…。…イザベル・ロメは、かのジャンヌ・ダルクの実母だ。宗教裁判にかけられた娘の無罪を、ジャンヌの弟と共に涙ながらに訴えた、との記録が残っている」

「じゃあモンケは?」

「モンケは、モンゴルに大国を築いたチンギス=ハーンの孫、フビライ=ハーンの兄だ。因みに、この頃はまだ『元』じゃなくて……」

補足にしては随分と細かな説明を、ヴェルディはリューネにする。

その後も、彼女の質問に、懇切丁寧に説明していくヴェルディを見ながら、カーロウは思う。


なんだよ結局教えてるじゃん激甘かよ、と。




△△△



戦いが始まってからというもの、戦況は防戦一方だった。


ザインが放つ炎弾を、純白の少女がひたすら打ち消す。最初の頃は、ザインも「爆裂炎弾エクスプ◯ージョン!」とか、「炎の財宝ゲートオブフォイア!」とかやってたけど、もう今はただ規則的に炎弾を放っているだけだ。純白の少女も、もう暗記したリズムゲームの譜面をクリアするかの様に、淡々と炎弾をさばいている。


ただの作業と化した戦闘をする双方には、最早闘気は無いのも同然だった。のだが。


「てえぇぇええやぁあぁあぁっっ!!!!」

突然、ブゴォォォァァォォンッッッ!!!、という大爆発が、俺たちを襲った。


「……な、なんだっ…?」

「…………ッッッ!!??」

衝撃による粉塵で辺りが晴れるよりも早く、異変に気が付いたのは、僕と彼女を包む様に防護障壁を展開する、純白の少女だった。

そして、彼女は額に脂汗を浮かべ、何か見えない力に押されるかの様に、ジリジリと後退し始めた。


「……よう、また会ったな、宗一」

「―!?」


その正体は、俺もよく見知った人物だった。

普段から少し浮いていて、時には殺す事も厭わない、そんな精神の持ち主。

煙が晴れ、夕陽に照らされる彼は、しかし此間殺されかけた時の比では無いオーラを、その身に纏っていた。


その男の名こそ、頭脳明晰運動神経抜群の、万人の理想像にして嫉妬の対象。

――宇治晴也だった。


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