初めてのお仕事
「か、花織…!?なんでここに!?」
俺は、この光景は夢だとさえ思う程に、驚愕していた。
なぜ彼女はここにいるのか。
この数日、音沙汰も無かったのは何故なのか。
俺の、花織に対する疑問が、俺の脳内にまるで洪水のようにあふれかえった。
「君は、宗一と同じクラスの大島海斗くんだね。君には悪いけど、これから彼との予定が入ってしまったの。だから、今日はどうか、宗一を貸してくださらないかしら?」
「…あの、俺はデリバリーされる様なお品物じゃない…」
「……そうか、宗一にも遂に出来たのか…。しかも可愛いし…。…ああ、どうぞ、宗一は遠慮なくお貸しするよ」
「ん?なにか違うような……まあいいか。ありがと、借りてくね!」
そういって、花織は俺の手をぎゅっと握ってホールドしてくる。
うわあ完全に物扱い。ひでぇ。
しかし、海斗も海斗でどういう意味だ?何を考えているのかさっぱり分からん。妙にニヤニヤしてるし。なーんか余計なこと企んでそうな顔だけしてる。
何だかんだもないが、海斗は俺らを妙に生暖かい目で見送ってくれた。
しかし、振り返ると、やたら含みのあるその笑顔と視線を思い起こし、なんか無性に腹立たしく感じる。
そんな事を考える俺の手を引き、花織は迷いのない足取りで進んでいった。
△△△△
なんかそれらしい木製の戸棚と、そんなにいらねぇだろと思ってしまう少し広々とした空間に佇むテーブルとそれを挟むように設置されているソファーを見下ろすかのように佇むのは、彼女の体躯に似つかわしくない大きなチェアに座る花織と、彼女が足を乗せている、どう考えても使われ方がおかしい書斎机。
そんな佇まいの彼女は、神妙な面持ちで呟いた。
「これからするのは、とっても大事な話よ」
「…ってことは、この前の…」
「…そういうことになるわね」
学校で突然起こった不可解な事件。それは、恐らく”フェティス”と呼ばれる怪物の仕業らしい、というのが花織と俺が話し合った結果だ。そして、その怪物を巡って、俺らは謎の多い同級生の晴也と対立。花織が禁装を使用したおかげで、彼との戦闘らなんとか難を逃れたが、依然として彼の正体や動機などは掴めず、事件についての有力な情報もなし。
俺らはまさに、ブラックボックスの中を覗いている様な状態だった。
しかし、彼女曰く、「この事件について、分かった事がある」と。そして、先ずは、起こった事、経緯から話すこととなった。
こほん、と軽い咳払いを入れてから彼女は語った。要約すると、こうなる。
あの晴也との戦闘後、彼女は晴也の発言なんかと絡めて、事件に引っかかりを覚え、それも踏まえて調べていた。
その途中、ミノタウルスがいるとの情報を入手して、これを追跡。
すると、俺が普段通っている教室で、なんとミノタウルスを操る少女と対面し、対話を試みるも攻撃され戦闘をした事。そして、そのミノタウルスを、容姿を見れば、人形めいた端正な顔立ちの美少女が、連れ去った。そんな感じである。
「これを踏まえて、今捜査を継続しているわ」
花織は姿勢を変えずに話す。
一方の俺は、さっきからずっと立ちっぱなしで、ちょっと疲れてきた。座ろ。
「それで、今日呼び出したのは他でもない。手伝って欲しいの」
小柄で、正直小学生でも通じそうな容姿だが、そのオーラは本物だった。彼女が真剣な表情で話すと、自然とこちらの身も引き締まった。
「勿論。なんだって花織のチームメンバーですし…」
と、俺が了承すると、彼女はホッとした安堵の表情を浮かべながらも、内心不安そうに、そわそわとしていた。
「…こんな事を急にこのタイミングで言うのはね、ちょっと事情があるの」
「事情?」
「そう、事情。それが、私が明日と明後日、東京へ出張に行かなきゃならなくなって…。その間、この紙に書いてある事をしておいて欲しいの。やって欲しい事は全て纏めてマニュアル化したから、大丈夫だと思う」
ふむ、と俺は紙に視線をおとす。
確かに、箇条書きされた大まかなやる事の見出しに、そんなにも要らないのでは?と思うほど十分すぎる説明が添えられていた。
まあ、特に自分には絶対に無理!とか言う程の内容でもなかったし、俺は引き受ける事にした。
「分かりました、やります」
俺がそう言うと、彼女は自分の周りに花を咲かせた様に、「ありがとう!」と喜んだ。
僕の勤務先、ゴトクの所在である国家特務機関は、警察なんかと同じで、基本的に縦社会だと花織は言っていた。しかし、受験勉強を手伝ってもらったり、そのお礼に(公費で)遊びに行ったりしたおかげか(偽装書類は俺が作ったが、割と通ったって、ガバガバ過ぎんだろ)、花織とはとても仲良くできている。おかげか、一部では「白の恋人」なんていう風に呼ばれているらしい。花織がなんか迷惑そうに愚痴っていた。なんか、縦の中の横のつながりって、恋人みたいじゃない、という意味らしい。なんで白いのかは知らない。
今回、俺が代理で受けた仕事は、花織の担当している地区の見回りと、防犯カメラの映像データの回収及び提出だった。因みに見回りは、「やった」とだけ書いて報告書を提出してもOKらしい。ちょっろ。
しかし、自分の身に、禁装が絡む事件が起こったり、通う学校に怪物が出現したりと、不可解なことばかり起こっているのも事実だ。なので、やれることはしっかりとやっておこう、とは自分の心に固く誓う。
危ないことはしちゃだめよ、と花織に言われたことを思い出しながら、俺は家への道を歩く。
危ないことといえば、そういえば今日海斗をおいてゴトクに来たんだった。あー、明日、海斗に今日のことをどうやって誤魔化そうか…。
ひたすら考えるも結局何も思いつかなかった俺であった。
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