放課後リメンバー


教室での晴也と花織の戦闘事件から早くも一週間が経過した。


実際、時が過ぎるのは長い時もあれば、短い時もある。聞いたところによると、これには相対性理論が絡むとか絡まないとか。

まあその辺りのお話は俺には理解不能なので、すっ飛ばすとして。


あの事件以来、晴也は学校を休んでいた。

しかし、誰とも馴れ合わない彼の変わらぬ性格故か、特段彼の事を気にかける物は居なかった。


さらには、最近花織との連絡も途絶えている。

事件以来、彼女のSNSからの反応が、綺麗さっぱり消えてしまったのだ。

だが、俺にはどうしようもないので、泣き寝入りではないが、休暇だと割り切って学校生活を楽しもうと考えていた。


そんな時、俺は此処ではない、どこか遠くから、声をかけられた。

「おーい……」



「…おーい、宗一。起きろ」

「んん…。え、次の授業は?」


起きて慌てる俺を見て、彼はハァ、と溜息をつくと、俺にとんでもない事実を告げた。

「もう授業終わった。…周りを見ろ、みんな部活か、ごーほーむしてる。教室にいるのは俺とお前だけだ」


……えっ。俺そんなに熟睡してたのか。

「…なんだ、まだ夢うつつか?」

「…あぁ、まあ、そんなとこ…っ、かな」

「そっか。…なぁなぁ」

腕を伸ばし、硬くなった体をほぐしながら対応する。

「…ん?どうした?」

「今日カラオケ行かね?」


唐突で、突拍子もない誘いだ。

だが、特段用事もない。断る理由も無かった。


「…ん。わかった、行こーか」

「そうこなくっちゃ!」


ニッ、と白い歯を出してはにかむのは俺の中学以来の友人、大島海斗おおしまかいと

背丈はそこそこ高く、顔も悪くはない。髪は、パーマがほんのりかかったショートヘア。こいつ曰く、これはニュアンスパーマ、という名の髪型らしい。因みに俺はただのショートらしいのだが、髪型に興味もない俺にとっては心底どうでもいい話である。


なんというか全体的に見るとチャラ男だが、茶髪だが地毛、根はそんな見た目とは裏腹、真面目で誠実。

新しい学校、新しいクラスにまだ馴染みきれていない俺に、こうして構ってくれる。


なんというか、それだけでも俺は心が埋められた感じがする。何故なら、俺は元々友人が少ないのである。


鞄に荷物をしまいながら、俺は心の中で、ふと回想する。


今まで小中と過ごした中で、俺は「群れる」ことを嫌っていた。勿論、そんな奴らとは一切関わりを持たなかった。


しかし、こちらから関わらなくとも、否が応でもそのような機会は訪れるらしい。



それは、中学2年の時だった。


クラス一丸となって戦う、なんていうなんともお世話なスローガンを掲げられ、俺ら個人個人の意見を無視して進められる体育祭。

その最中だった。



俺は昔から、お世辞でも運動神経が良いとは言えなかった。


その為、俺は比較的楽な競技、そしてなにより、負けても個人の責任になりにくいため、綱引きを選びたかったのだが、「群れ」の連中が枠を根こそぎ占領したため、俺は他の競技に成らざるを得なくなってしまった。

しかし、残り物には福がある、なんて妄信的な言葉にすがるしか無いほど、残り物に選択の余地はなく、男子リレー、という一番なりたくない競技の、しかもアンカーに、強制的になってしまったのである。


そして迎えた当日。

男子400メートルリレー。

可でも不可でもない、変に騒がれない程度の記録を出したい、と思っていた俺は、幸か不幸か、2位というなかなかに有利な盤面でバトンを渡されてしまった。

それだけでもかなりのプレッシャーなのに、この時、俺にのしかかる重圧がもう一つあった。


この試合で2位以上が取れるかどうかで、優勝か、それとも4位かが決まってしまうという、イレギュラー中のイレギュラーな事態となっていたのだ。

クラスにとっては、表彰台に立てるか、名前すら呼ばれないかの分極点。クラスの奴らの絶叫にも近い応援は、俺にとっては重圧、雑音ノイズでしかなかった。



俺は、もうただひたすらに、順位をキープすることだけ考え、必死に走った。人生で一番、速く走った。

その努力は功を成し、2位をキープし続けて、ゴールの30メートル前。


ゴールの証である白いテープ。これが見えた瞬間、俺は更に加速した。

限界の、限界を超え、ただひたすら、がむしゃらに走った。


しかし、ここで命運が尽きた。

何もない平面。ただの砂利の上に石灰でラインを引いただけの、コースの上で。

俺は虚空につまづき、転んでしまった。


それだけならまだ、良かったんだ。

問題はその後だった。


俺は、その場で一回転し、寝そべるように背中から地面に打ち付けられた。

その時、俺は右手に持ったアンカーを手放してしまった。

更に、両手を広げ、大の字になるような形で着地した。



この時、放り出されたアンカーは一位の奴の後頭部に、広がった左手が三位の奴の右足を引っ掛けた。

一位の奴はそのせいで転倒し、四位に抜かされ、そして三位の奴は転び方が悪く、右足を骨折。

しかし、一番派手な転び方をした俺は、なんとも不幸な事に、打撲とすら診断されなかった。


そして、その二人は、俺の嫌いな「群れる」奴と、秋の大会を控える、サッカー部のエースだった。


それは、ただ「ついていなかった」、で済むような、生易しいものではなかった。

これが、俺の中学の暗黒時代の始まりである。

この事件が引き金となり、その後、俺はいじめられる事になる。


だが。


その間も、俺の味方であり続けて、献身的なサポートで俺を懸命に励ましてくれた奴が、二人いた。

その一人がこいつ、大島海斗なのである。


「なー、今日は何時までやってくよ?」

「…なぁ、海斗」

こんな俺でも、ここまで仲良く、付き合ってくれてさ。

「お?どうした?」

「なんというか、その、誘ってくれて、ありがとう、な」


そんな俺は、こんな風にしかお礼出来てないけど。


「そんなぁ、俺とお前の仲だろぅ?なんだよ、水臭いなぁ。」

「…ああ。それじゃ、今日は歌いまくるぞ!」

「おうっ!」

そう言って、 俺たちは教室を出ようとした。

その時だった。



「悪いけど、今日はカラオケは無理よ」

「え…?か、花織……!?」



扉を開けたその先に、なんと、俺の高校の制服を着た、花織が仁王立ちしていた。

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