ペットと女の子


〈20XX年4月2日―市街地〉


私は焦っていた。


ただ単に、私が『約束のデートに間に合わないっ!急がないと!』とか『〆切まであと1日しかねぇ!間に合うか!?』なんていう、如何にもありそうなシチュエーション(実際に遭われてる方、時間には是非、ゆとりが持てるように調整して下さいね)に置かれているわけではなく、こうさせているのはもっと別の要因である。


そもそもこんな状況は、私が仕事を始めた初期の頃から今に至るまで、一度も遭遇したことの無いものだ。そして、始めての出来事というのは、その手の対応についての経験不足が顕著である時、クリティカルヒットする。『どう対応すれば良い?』、『上司への報告、少しねつ造を加えて報告するか、それともありのままを伝える?』等々、頭の中で様々な意見や考えが浮かんでは消え、主張同士がぶつかり合い、実に混沌とした様相を見せている。


しかしながら、そんな事を考えているものの数秒足らずでも、時の流れや、まして、人間にははるかに及ばずとも、多少の知能は持っているモンスターなんかが、こちらの都合に合わせて待っていてくれる筈がない。もしそうだったら、今頃私はこんなモンスターなんかと戦っていなかった筈だ。


何故私がこんな苦境に立たされているのか、それには理由がある。

それは、つい先程の戦闘での事だった――――




「…ッ!」


一撃死とはならずとも、当たれば致命傷なり得る爪撃クローが、目の前の大気を揺らす。

ゴウッ!と、時期に相応しくない風が、私の体を叩く。


今回の敵は、聞いていた通り、”牛型”のモンスター。ただ、牛型といっても人の様に二足歩行をしており、表現的に「ミノタウルス」の様な呼び方が最適な姿形をしている。


そしてしかしながら、当然だがそれで終わりではない。

何処から沸いてくるのか、或いは無尽蔵なのか、はたまた体力という概念がそもそも無いのか……。

一撃一撃の繋がりは無いが、連続して技が迫り、私はただ避けていた。


けれどそれだけのモーションでも、体力は否応無しに削られていく。こんなのは非効率極まり無いが、それを理解しているのに何故今まで避け続けていたか、というとそれにはきちんとした理由がある。それは、敵の攻撃技や、速さを見て、接近戦に持ち込む為の布石とする為だ。


私は、切り札が少々特殊な為、敵の特性などを予め知る必要がある。それもあって、今まで数分、接近戦をしていたのだが……。


「ッ!!」


こちらが攻撃しようとした刹那、敵が今までにない速度で攻撃を放ってきたのだ。


振りかぶりが浅い分、攻撃も必然的に軽くなるが、だからといって怪我しない訳では無い。なんせそもそも怪物だ。軽いなんていったって、一般人がまともに食らえば肋骨の五、六本は軽く逝くのは目に見える。


そんな攻撃を、私はまともに受けた。

かのように、敵には見えたかも知れない。


私は、攻撃される寸前、一か八かの勝負に出た。自分の禁装を使ったのだ。そして、見事成功した。


敵の前から突然姿を消したのだ。


私が禁装の能力を使うのはとっても久しぶりだったけど、それでも禁装はやはり禁装。その性能は申し分ない。そんな風に思いながら、戸惑いながらも周囲を警戒する敵の背後に回り込む。

動きこそまだまだ未熟だが、今までの戦闘と何万回もの自主練の成果が、遺憾無く発揮された結果だった。


そして。

「…ってぇぇぁあぁぁっっ!!」

敵背後から、得意の回し蹴りを放つ。

すると、敵の頸椎と思しき部位に直撃。スパァン、という、爽快な音を上げ、敵は崩れた。


私の禁装は、「プリズム」という、光の屈折や反射といった、光を操る能力を持つ禁装。さっきの技は、自分の光の反射率と屈折率をゼロにする、いわば透明人間になる技。それと、接近戦でないと使えないカウンターを合わせた混合技を使った。


一見するとそれだけ?と思ってしまうだろう。でも、これが禁装扱いされているのは思いの外単純で、「光を操る」という点が脅威と見なされたからだとか。

しかしながら適合者である私は、使いこなせていないのが現状ではあるが…、それはさておき。


今まで見つけては逃げられ、見つけては逃げられを繰り返し、まともな戦闘すらしていなかった今回のターゲット。やっとの思いでこれを倒した。思わず、「獲ったどー!」なんて叫びたくなったが、そこはグッと堪えて、ミノタウロスを回収しようと転送装置を起動させた瞬間。


「………え、?」


思いの外素っ頓狂な声が出るくらい、びっくりした。

目の前の亡骸が宙に浮いた。否、言葉では表現し尽くせない、美しく可憐なの女の子が持ち上げていた。

そして、その女の子は、宙に浮かびながら、私を睥睨して、冷酷な声でこう言った。



「……このコ、私のペットなの。手を出さないで」



そして、その場から跡形もなく消えた。


こうして、必死に追いかけて倒した苦労は、少女とともに消え去り、残されたのは、重石の様にのしかかる経過処理と、虚しさと、疲労感だった。




〜〜〜


結局あの可憐だが冷たさを感じる女の子はあの後現れず、かといってミノタウロスは復活するもこちらが会うこと叶わず…、の状態が続いて、今に至る。


ここまで、何度も逃げて、倒しても現れ、を繰り返す謎のミノタウルスと、その使役者の少女。4月になって流れ始める学校の幽霊の噂。宗一に接触する謎の存在、宇治晴也。


ここ数日で私の人生にも久々に中々に充実した日々を過ごしてしまった。


この後、どうなるのだろう。



私、またあの頃の様に、戻れるのかな……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る